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第三十八話 side:H 帰宅と嵐と

「浮かれた鼻歌やめろ」


本日何度目だろうか、大濠くんにまた注意されてしまった。

それも仕方ないことで、今日ようやく、僕は長かった出張から解放されて家に戻れるのだ。鼻歌どころかスキップしたいくらいだがそこは抑えているのだから、許してほしい。

それにしても一週間は長かった・・・禁欲生活はプラスアルファでムラムライライラが凄まじかった。とはいえ、仕事は実に手応えがあって、大濠くんにしろ僕にしろ上々だ。やはり、ゆうくんがいないのが辛い。どうもそれは表に出ていたようで、


「靴先で床を叩くな」

「指をトントンするな」

「目がギラついてるぞ。鬱陶しい視線をしまえ」


と、色々と注意されたし、反対に僕も注意した。大濠くんも僕と一緒で恋人の顔が見れないのはきつかったようだ。お互いにそう言う姿を顕にするのは珍しいと思うので、僕らは脳内が春だなぁ、と思ったが言うと五月蝿そうなので、そこは黙っておいた。

禁欲生活はなかなかに辛いと実感した一週間だった。それが!漸く!解放される!ルンルン気分とはこのことだ。


「だから、そのだらしない顔と歌はやめろ」

「・・・歌ってた?」

「ああ、だらしなくな」


書類を揃えて、トン、と鳴らしながら大濠くんが立ち上がり、僕のデスクから書類を取ると、オフィスの出口を顎で示した。


「帰っていいぞ。これは俺が提出しておく」

「え?それは悪いよ。一緒に行くよ?」

「鬱陶しいから御免被る。まあ、それに俺は待ち合わせまでの時間潰しにもなる。故に気にする必要はない」


ああ、なるほど、恋人さんと待ち合わせデートか。僕の業務まで担ってくれた大濠くんの口元が、心なしか緩んでいる気がした。そのまま、じゃあな、と言葉を残し大濠くんはオフィスの奥へと向かう。その後ろ姿に、ありがとう、と声をかければ振り返らずにひらりと片手を振った。

有り難い話だ。仕事自体、予定よりも早く終わったので早めの新幹線に変更できた上に、大濠くんのおかげで更に早く帰れる。

弾む足取りで、オフィスを出ると、マンションへと歩く。

街中を横切っていく中で、ジャケットのポケットを確認した。その中には小さな箱に入った、リングがあった。細いプラチナ台のもので、裏側には小さなダイヤが一つ埋まっている。

今日は僕の誕生日でーー今日というこの日に、ゆうくんへと告白をしようと、少し前から決めていた。なので、出張先で仕事の空き時間に宝石店を見回り、昨日ようやく気に入ったものを見つけて、購入したものだ。

今、ゆうくんが学校に行く以外でしていてくれる指輪はあくまで、あーちゃんように誂えたものであって、ゆうくん用ではない。男の子なのでリングもどうかとは考えたが・・・薬指に嵌めて貰うのは他への牽制にもなると、実に自分勝手な考えも含んで、結局リングを用意した。

告白が失敗しないとも考えれば、若干、怖いが・・・落ちるまで頑張るしかない。大丈夫とは思いたいけれど。

そんなことを考えていたらいつの間にか、自宅へと着いたーーが、室内はシンと静まり返っていた。


「ただいま。ゆうくん・・・?」


リビングにも、他の部屋にもその姿はない。どうやら出かけているようだ。

キッチンからは良い香りがするので、食事の準備をしてから出たようではあるが・・・。試しに電話をしてみたが、充電が切れているようで繋がらなかった。実はゆうくん、侭にこういうことがある。充電すること自体を忘れてしまい、電池残量わずかで登校・・・なども結構あったりもした。モバイルバッテリーを持たせるべきかもしれない。

外を見れば夏ということもあり、まだ日は残っている。

待っていればそのうち帰ってはくるだろうが、早く会いたいという気持ちが急いて、近くまで探しに出てみる事にした。・・・行き違いにならないといいのだが。

じんわりと暑い空気の中を歩く。二人で行ったスーパー、コンビニ・・・いない。本屋かな?と思って近くの書店にも寄ったがいなかった。

だんだん嬉しかった気持ちが萎み、代わりに心配からくる苛々と、禁欲生活によるムラついた気持ちがごっちゃになってきていた。

気持ちは焦るばかりで、深呼吸を一つする。すると、唐突に以前行ったカフェが思い浮かんだ。それは直感のようなもので、そちらへと向かう。

ちょうどカフェの前へと辿り着いた時、女の子姿のゆうくんを見つける。

夏らしい青のブラウスに白のフリルのついたロングスカートでーー愛の力って凄いな?!と浮かれたのも束の間、その腕を知らない男が掴んでいた。ゆうくんは困った顔で、手を振り払おうとしている。


「離してください・・・!」

「ちょっとそこまで!ね、付き合ってよ、オレ、足悪いからさ、そこのトイレまで連れてって、ね!」


小競り合いが聞こえてくる。周囲もちらちらと見てはいるが、いかんせん男の姿は見るからに大昔の映画にでも出てきそうなチンピラ風だ。どう扱っていいかわからないようで、誰も声をかける人間はいなかった。自分の力に自信がなければ、そんなものだ。誰だって迷惑は被りたくない。それにしても・・・随分と酷い誘い文句だ。ついて行ったら乱暴して終わりだろう、それ。しかし、ゆうくんは、


「え、足が・・・?」


と首を傾げた。嘘だろ・・・引っかかるのか。ゆうくんが振り払うことをやめたことで、注目していた周囲も興味を失ったかのように歩き出した。男はそれを見計らって、強引にゆうくんを引っ張り、歩き出そうとした。僕はその場へと足を急がせる。


「僕が連れて行きますよ」


ゆうくんの腕を持つ男の手の上に、自分の手を置いて、僕はにっこりと笑いかけた。声だけを聞いた男は「ああ?」と声を上げたが、僕を見上げると分が悪そうに眉を顰める。ゆうくんは、驚いた顔で僕を見ていた。

幸いにもその男は僕よりも背が低く、小柄だった。それでもゆうくんよりは体付きも大きいし、力も強いだろう。僕は男の手の上に置いた自分の手に力を込める。すると男は思い切り僕の手を振り払い後ずさる。それなりに僕も鍛えてはいたのが功を奏したようで「あ、よ、用事が」と下手な言い訳を残し、小走りに去っていった。しかし、あれで足が悪いとはよく言ったものだ。チンピラ風であって、本職でもなかったようなのは良かったが・・・。


「大丈夫だったのかな・・・あ、お帰りなさい嗣にぃ・・・」


呆れて眺めていると、事態に未だ気付いていないゆうくんが僕へと声をかけてくる。嬉しいはずのゆうくんの声に、僕はモヤっとしてしまった。

可愛い姿で見知らぬ男に腕を掴まれ、下手すれば強姦されそうになっていたのだけどなぁ・・・しかも僕に挨拶するよりその男の心配が先?ゆうくんが優しいのはわかるよ、わかる。でも、なぁ・・・。いやいや、会えたのだし、何もなかったのだし・・・大人気ないな。

僕はゆうくんの手を取って、自分の方へと引っ張った。


「・・・ただいま。家にいなかったから、探しに来たんだ。どうしたの?そんな格好で」

「あ、えっと・・・その・・・・・・買い物に、出てて・・・・・・」

「・・・・・・そう」


ゆうくんの手には荷物らしきものはなかった。小さなバッグがあるだけだ。その中に何か入っているのかもしれないし、下手に疑いを持つのは良くない。出てきそうな負の感情を噛み砕きつつ、息を吐いた。


「帰ろう、ゆうくん」

「あ、でも、・・・・・・うん・・・・・・」


歯切れの悪い返事に、苛立ちが募ったが、それも飲み込む。僕の心配なんて理解できていないのだろうな。でも、せっかく会えたのだから、難癖はつけたくないし、喧嘩もしたくない。でも、危機管理が出来ていないのも事実だ。それはちゃんと教えるべきなのだろう。

ゆうくんの手を引きながら、マンションへと帰る。握る手には知らないうちに力が入り、歩幅も大きくなっていた。

マンションに着くまで、僕は無口だった。ゆうくんは何度か僕の名前を呼んだし、手を引く力に「痛いよ、嗣にぃ」とも訴えてきたが、全て無視して、足早に帰路を進んだ。玄関の扉を潜ったところで、ゆうくんの手を離して、後ろを振り向く。オートロックの扉がゆうくんの後ろで閉まって、鍵がカチリと鳴った。


「・・・ゆうくん、さっき、自分が危なかったことは理解してる?知らない人にはついて行かない、小学生でもわかることだよ。ましてやその格好・・・・・・」


僕が大きく溜息を吐くと、ゆうくんは眉を顰めた。


「何それ・・・子供扱い、やめてよ。人助けって悪いことじゃないよね?足が悪いって言ってた」

「人助け?」


はは、と嘲笑が漏れる。どう見たって、あれは駄目な輩だ。善人に見えるものではない。その見分けが付かないのは優しい空間で育ったからだろう。僕にしても良い環境で育ったが、社会人を何年かしていれば悪い人間にもあたるし、汚い部分もそれなりに見て来た。それでもまだ若輩に変わりはないが、ゆうくんはさらに僕よりも年下だし、経験が少ない以上わからないのは、仕方ない話なのかもしれないが・・・。

それでも騙されていたことにも気付かず、あまつさえ知りもしない男を庇うようなゆうくんの発言に、呆れと共に怒りが湧いた。純粋さも行きすぎると愚かでしかない。一度離したゆうくんの腕を、再び掴んで引き寄せる。


「君は何をどうやって助けるつもりなの?」


苛つきで声が低くなっていたのかもしれない。ゆうくんは、ビクッと身体を震わせた。僕を見上げながら、息を呑む。


「何って、だって、足が悪いって・・・」

「逃げる時に走ってたよ、さっきの男。見てた?」

「それは、だって・・・」


僕から視線を落として、ゆうくんは俯いた。僕が言っていることも飲み込めているようではあるが、得心がいかないといった様子だ。自分が何をされようとしていたか、教える必要性はある。空いている手でゆうくんの腰を掴む。


「ゆうくん、仮について行ってたら性的暴行をされていたと思うよ?」


思いもしなかった言葉だったのか、ゆうくんは顔を上げた。ゆうくんの顰めた眉の皺が深くなる。


「そんな、でも、俺、男だし・・・だいたい、わからないよね、そんなこと」

「わかっていないのは君の方だ。自分がどんな格好だか覚えてる?」

「そ、れは・・・でも、俺は女の子じゃない!自分の力でなんとかできるよ・・・!」

「へぇ・・・」


聞き分けのないゆうくんに苛々は増していた。自身が男であることへの自負がそうさせているのはわかるが、現実はもっと残酷だ。ゆうくんの手を引き上げて、腰を強い力で掴む。


「ちょ・・・っ・・・!」

「振り払ってごらん?出来るの?君に」

「・・・っ!!できるよっ!!」


元々僕とゆうくんには背丈の差が20センチと少しある。僕の目元まで引き上げる手をあげれば、その身体が簡単に浮いて、ゆうくんは爪先立ちになった。それでも身を捩るが、重心が不安定なのだからうまく行くはずもない。体幹があれば別かもしれないが、ゆうくんはスポーツをしていたわけでもなければ、自分で鍛えるようなこともしていなかったので、弱い。僕の腕から逃れることができず、唇を噛み締めていた。


「無理だよね?それとも、お望み通りその身体を使って慰めてあげる気?」


ゆうくんを下ろして、そのまま肩を押し、細い身体を玄関扉に押し付けた。僕の言葉にゆうくんは目を見開いてから伏せ、その瞼を上げた時には、僕を睨んでいた。

こんな姿は初めて見る。けれど危機管理は大事な話だ。ましてや容姿を気にしていないのが危ない。どうにかわからせなければ、と思っていた。けれど、


「・・・それは、嗣にぃじゃん・・・」


思わぬ言葉がゆうくんから飛び出した。僕は目を瞬かせる。

彼は今、なんと言った?


「・・・どういうこと?」


問い返す僕の声は先ほどより低くなっていた。


「さっきの人が悪い人だとして、嗣にぃだって同じだろ・・・?!俺の身体、好き勝手にするじゃん。それとどう違うの?」


問いかけに、声が出なかった。ざっくりと心が切られたようで。確かに、多少強引に事に及ぶこともあったし、ゆうくんが不本意だと思うこともしてきたのかもしれない。けれど、まさか、そんな風に思っていたとは、僕は露程も思っていなかった。

押し黙った僕に向かって、ゆうくんは続けた。


「いつもいつも、まずはセックスだよね。好きなようにしてさ・・・!奥さん役?本当に?都合良いだけのセックスフレンドってやつなんじゃないの?」


僕を睨め付けながら、ゆうくんはそう言った。


ーーセックスフレンド。


よりによって、なんという言葉を選んでくれたのだろうか。

冷や水を浴びせられたようだった。あの結婚式が終わった最初こそ色々と混乱していたことは間違いがない。その中でちゃんとした手順を踏まずに彼へと手を出したのも、僕自身の不徳の極みでしかない。・・・けれど、まさか、そんな風に思っていたとは。ちゃんと告白をしていなくとも、多少は伝わっていると思ったのだ。愚かにも。

怒りや焦り、そして理解がしあえていない悲しみと、様々な感情が一気に混ざり合い、僕の中からドロリとした黒い感情が吹き出した。ゆうくんに対して、冷たい感情を初めて感じた。

ゆうくんの身体を押さえていた手を一旦離し、その両手をそれぞれ掴んで扉へと押しつける。顔を近づけて、


「君がそう言うなら、そうしようか。存分に犯してあげるよ?僕のセフレさん」


そう告げる僕を、ゆうくんは青ざめていく顔で見上げた。



「やぁ、もう、や・・・はな、してっ・・・あ、あっ」


床の上で、後ろから僕に犯されながら、ゆうくんは泣きながら喘いでいた。

久々に僕を受け入れるそこは狭くはあったが、心地よく僕のものを包む。

心中では嵐が渦巻いていて、泣いていて可哀想だと思う気持ちと、もっと泣き喚けば良いという気持ちが交互にせめぎ合っていた。


ーー俺の身体、好き勝手にするじゃん。


その通りだな、と思う。今だって、そうしている。自分がしたいように、自分が思うままに、ゆうくんの弱い場所だけを攻めて攻めて攻め上げた。

強制的に快感を拾わせて、何度も達することを強要したし、自分も一度は中で果てた。


「・・・セフレなんだしゴムいらないよね?妊娠しないし中に出してあげる。安心して、掻き出してあげるから」


そんな最低な言葉と一緒に、ゆうくんの中へと精を吐き出した。


「ひぅ・・・やだやだぁ、あ、あ、あ・・・」

「・・・よく言う。こんなに悦んどいて」


残滓まで出し切ってから、まだ硬さの残るそれで中を掻き混ぜるように抽送する。

ゆうくんの背中がびくびくと震えて、快感に耐えているのがわかった。それと同じように中の肉がうねる。

一度引き抜いて、ゆうくんの身体を転がす。表を向けると、泣き顔がよく見えた。足を抱え込むと僕を受け入れる入り口からは、とろりと先ほど出した白濁が溢れる。その中へと、また自身を一気に突っ込んだ。


「やああ・・・っ、も、いや、ぬい、てぇ・・・っ、やだぁ・・・」


嫌がる言葉とは裏腹に、慣らされ切ったゆうくんの身体は、僕が挿れただけでも中は達してしまう。ゆうくんのものも、いつの間にか達していて、腰に残ったままのスカートを汚していた。

上半身を乗り上げて、ゆうくんの身体を折り曲げながら、深いところまで埋める。射精で多少柔らかくなっていたそれが、中の肉に絞られてまた硬くなるのがわかった。抱え込んでいたゆうくんの足が小刻みに震える。


「・・・はは、メスイキってやつだね。足が痙攣してる。挿れただけでイっちゃうなんて、淫乱ぽくていいじゃない。さすがセフレくんだ」

「・・・っふあ・・・き、らい、つぐにぃ、なんか、きら、ぃ・・・・・・」


ぽろぽろと涙を流しながら、ゆうくんの唇がそう刻み、近くなった僕の胸を弱い力で押し返しながら、引っ掻いた。・・・嫌い、か。そりゃそうだろうね。年甲斐もなく、大人気もなく、自分の感情と性欲だけでこんな行為に及んでいる。

僕が再び腰を動かし始めると、ゆうくんから泣き声と嬌声が混じったものが漏れた。

泣いている顔が可哀想でならないのに、自分が自分でないように止まらなかった。

冷静な自分もどこかにいて、


ーー何してるんだ

ーー大事な子だぞ

ーー告白して思いをつげるんじゃなかったのか


と責め訴えて来るが、どうにも止まらなかった。

無我夢中でゆうくんの中を貪り、喰らい尽くす。時折、酷い言葉を浴びせながら。ゆうくんはずっと泣いて『きらい』『やめて』『離して』を繰り返していた。

甘い声を聞きたいのに聞けずに、それに苛ついて犯し続ける。柔らかい肌の至る所に、強く齧り付いて痕を残した。ーーただの荒れ狂った獣でしかなかった。

ゆうくんの意識が飛んでも、僕は続けた。

中へと好きなように射精して、また抽送する。それを繰り返すうちに、ぐちゅっと泡だった精液がゆうくんの中からこぼれ落ちていく。

気の済むまでそうした後、息を吐きながら、身体をあげてゆうくんを見下ろした。

生気を失ったような瞳にはまだ涙が残って、下肢は白濁に塗れていた。細い身体の上には、無数の噛み痕とキスマークが散っている。

指先で痕を辿りつつ、ああ、今日はキスをしていないな・・・とどうでもいいことを思った。

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