目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第四十三話 side:U 先輩と嗣にぃと

堰を切ったように泣きながら、俺は先輩に色々と話した。

まあ、大分、ぼかしてはいるけれども。

まさか姉の代わりの結婚して新妻やってる上に夫にセフレって言われました!とは言えない・・・。とんちきな状況すぎるだろ。なので、好きな人ではあるが告白もしないままそういう仲になってしまい行き違いがあった、と・・・そんな風に話した。

今まではあさだけと共有出来ればよかったが、あさがいない今、自身で解決しないといけないことは多い。だが、一人ではどうしても解決できないことも多い。

ましてや、心も体もうまく機能してくれない時などは、誰かに頼るのも大事なことなのだろう。現に今、全部ではなくとも誰かに打ちあけられた俺の心は随分と軽くなっていた。先輩が居てくれて良かった・・・・・・心からそう思う。

先輩一人頼みと言うわけにもいかないのだから、交友関係をもっと広げないとなぁ・・・。


「それで、春見はどうしたいんだい?その人と離れたいの?一緒に居たいの?結局はどちらかを選ぶことになるとは思うのだけれど」


先輩は俺の背中を相変わらず優しく撫でてくれつつ、問いかけてきた。

どうしたいか・・・そりゃ、まあ・・・。


「・・・好き、なんで・・・一緒に居たい、ですかね・・・・・・」

「なるほど。ならばそれはもう、色々と悩むよりも玉砕覚悟で伝えたほうがいいな」

「ああ、まあ、そうですよねぇ・・・そう、そうなんです・・・」

「俺にも経験あるよ?」


え、先輩が?美人で優しくて頭も良い先輩が?玉砕覚悟で?告白?

俄には信じ難い話で、俺は目を瞬かせて、先輩を見た。

先輩は俺の様子に一つ笑い声を漏らす。


「いやいや。俺にもそれぐらいの経験はあるさ。それこそ今の恋人だけれど・・・まあ、俺の恋人は随分と鈍感な人でね。どうアプローチしても気付かないので手を焼いたものさ。ようやく気付かせて一緒になったけれどね」

「へぇ・・・なんて告白したんですか?」

「シンプルに、好きだ、と。何せ鈍感だからね・・・情緒ある言い回しとかじゃ気付かないんだよ・・・だから、春見も言ってみるといい」


先輩が言うのも尤もで、もう言うしかないような状況にはなっている。

しかし、だ。ないとは思うが・・・。

『僕は誰にでも優しいよ?勘違いさせちゃったかな』等と言われたら・・・あり得ない話じゃないのが怖い。実際、嗣にぃは誰に対しても紳士だ。俺に対しては若干変態がかったところも否めないが。

いやぁ・・・もう刺し殺す勢いなんだけど?!嗣にぃ殺して俺も死ぬしかないんだけど?!

うううん、と唸る俺の背中をぽんぽんと先輩が叩く。


「まあ、無理強いはしないけれどね」

「いや、うん、いやぁ・・・せめて、俺が可愛い女の子だったら・・・」


まだいいんですけど、と俯きながら呟く。先輩には名前で相手が男ということもバレていて、思わず本音が漏れてしまった。あー、もう。本当にな・・・あさだったら良かったのになぁ・・・仕方がない話だけど。

先輩はもう一度、俺の背中を優しく叩く。


「男女なんて関係ないんじゃないかな?こだわりがある人はそりゃいるし、男と女が一般的ではあるけれど・・・それに、春見の相手は・・・大丈夫だと思うけれどね」


無責任なことは言いたくないけれど、と先輩は繋いだ。

大丈夫かな?嫌われてはいないと、思う。ずーーーーっと俺が引っかかってる『セフレ』だって売り言葉に買い言葉。言い出したのはそもそも俺だったと思うし。

ただ、でも、だって・・・。言い訳ばかりを頭の中でして、先延ばしにしているのは自分でも重々承知だ。


「ねえ、春見」


背中にあった先輩の手が肩を経て、俺の顎へと滑ってきた。そして、俺の顎を上げさせる。


「俺が春見を奪ってあげようか?」


ふふ、と先輩は嫣然と微笑んだ。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

なんて???

何を言われたか一瞬理解できず、俺が先輩の顔を凝視していると、ふは、と先輩が吹き出す。


「そんなまんまるな目をして・・・春見は可愛いねぇ」

「あっ?!」


揶揄られたのかーーー!

まあ、そりゃそうか。先輩はなぁ・・・。

俺は先輩をちょっとだけ睨む。ごめんごめん、と先輩が俺の頭を撫でた。


「まあ、でも多少は元気が出たようで良かった。ほら、横になって。まだ本調子なわけでもないのだから」


そう言いながら、俺を横にすると、タオルケットを上にかけてくれる。

胸の上をぽんぽん、と優しく叩かれると子供の頃に戻ったようだ。よく嗣にぃがしてくれた。・・・・・・・・・ああああああああ。こう言う時でも嗣にぃかよ、俺は。好きすぎるだろ、くそ。


「先輩、優しいけど、意地悪ですよね」

「えぇ?優しいだけの先輩だろ?今の恋人が嫌なら奪ってあげようか、まで言うくらいだよ?」

「先輩は先輩のその恋人さん一筋でしょう?俺、知ってますよ」


玉砕覚悟で落とした恋人さんしか目にないくせによく言う。


「はは、バレてるか。でも春見を可愛いと思うのは本当だよ?可愛い後輩は放っておけないだろう?」


まあ、可愛い後輩ポジションは素直に嬉しい。


「ここには好きなだけ居たらいいさ。俺も付き合うし。春見を見たら兄さんたちもゾッコンじゃないかな?何せ可愛いものが大好きな人たちだからね。虎太郎とも気が合うだろう。春見の一人や二人、うちにいたところで何の問題もない」

「いやいやいや・・・俺はそんな何人もいるわけじゃないですけど。・・・うん、でも、ありがとうございます・・・」


何せ交友関係の欠落が大きい俺なので、先輩の言葉は沁みた。本当に居座るつもりはないけれど、実家以外で逃げ場があると思うと、やはり安堵する。

嗣にぃ、今頃何してるんだろうか。ご飯とか食べてるのかな?それとも俺を探してるだろうか。どうなんだろう・・・。

そんなことを考えていると、障子を叩く音が響いた。先輩が静かな声で「どうぞ」と言う。誰だろう、さっきのお医者さんかな・・・?と思いつつ、障子の方を見る。

すると、その障子が開いた先にはーー、


「・・・嗣に、ぃ・・・?」


嗣にぃが立っていた。

は?!え?!いや?!ええええええええええええええ?!


「え、ちょ、え、えぇ・・・?!」


先輩は、嗣にぃの方をじっと見ていて、嗣にぃは俺たちの方を見ていた。

驚きは凄まじく、心の準備も何も出来ていなかった俺は、思わず目の前にいる先輩へと飛び付く。

先輩は少し驚いたように俺を見たが、ふふ、と微笑むと俺の背中に手を回す。


「ゆう、大胆だね・・・恋人の前で、いいのかな?ああ、元恋人・・・?」

「えっ?!いや?!恋人じゃなく、嗣にぃですね?!恋人じゃないですね?!あれ、嗣にぃ・・・!」


割と大きな声で俺はそう口走っていた。

何事何事何事?!?!?!俺は混乱しまくっていて、ぎゅ、と先輩に抱きつく。

いや、今か?!今なのか?!確かに、俺はさっき『嗣にぃは何をしているのかな』とか思ったけどさぁ?!噂すれば影ってこれか?!こう!もうちょっと時間が経ってからじゃないか?!迎えに来るのって。ドラマとかでもそんな感じだし?!こんな早く来ちゃうもの?!

慌てふためく俺に、先輩が吹き出した。

え、なになになに?!先輩が吹き出したことにも理解が追いつかず、きょろきょろとするばかりだ。嗣にぃの方を見ると、複雑そうな表情で俺を見ていた。


「ごめ、ちょっと・・・駄目だ、可笑しすぎる・・・そんな、はっきりと恋人じゃないと言われたら立つ背がないだろう。ははははは・・・!」


先輩は堪えきれずに、大笑いをしていた。俺は、え?え?とあたりを見回すばかりだったが、嗣にぃが大きく溜息を吐くと、


「そろそろ、離れてもよくないかな・・・?」


やや硬めの声で言う。

ああ!そういえば先輩に抱きついたままだった・・・確かに情けない。子供じゃないんだし。すみません、と謝りながら俺が手を離すと、先輩がまた俺の頭を撫でた。


「いいさ。可愛い春見だからね。さて・・・どうする、春見?話をするかい?帰ってもらうのも有りだよ?」


先輩は俺へと問いかけながら、首を傾げる。

俺は、嗣にぃを見た。嗣にぃは、複雑な中にもどこか不安そうなものを浮かべている。・・・・・・しかし、そんなに時間が経ってもいないのに、ここに辿り着いたということは・・・桐月の力を使ったんだろうなぁ・・・それくらい心配してくれたのだと、俺は自惚れてもいいのだろうか。

何も頭の中の情報は纏まっていない。うまく話せるかどうかなんてわからない。

少し迷いはしたが、俺は頷く。


「話して、みます・・・」

「大丈夫かい?俺が必要ならここにいるけれど・・・二人の方が話せるかな?」


どうだろうか。ただあまりにもあまりな状況ではあるし、こと、桐月にも関わってくるかもしれない。いや、そもそも俺とこう言う関係だとバレたのって大丈夫なんだろうか?先輩は情報を売るような人ではないと思うが・・・。


「じゃあ、あの・・・二人、で。ここで話してもいいですか・・・?」

「勿論。俺は向こうにいるから、何かあったら大声で叫びなさい。すぐに来るから」


先輩は立ち上がりながら、そう言った。

ああそうだ、と歩き出す前に俺の耳元に顔を寄せる。


「春見、絶対に大丈夫だから・・・言ってみるといい。頑張ってごらん」


小さな声で囁いてから、部屋から出ていく。

去り際に、可愛い春見を泣かせないでくださいね、と嗣にぃの腕を叩いた。

障子が閉められて、二人っきりになる。暫くの間、部屋の中は静かだった。

うう・・・緊張する。どう話せっちゅーんじゃ。これ・・・。

ちらちらと見る嗣にぃはやはり格好良い。スーツ着替えたのかな?俺が飛び出した時とは違う気がする。こうして見ると、改めて俺なんかを相手にする必要がないのでは?とマイナス思考が生まれてしまう。ふる、と頭を振ってそれを振り払った。いかんいかん。悩むと底なしだ。


「ゆうくん」


いつもの優しい声で俺を呼ぶ。そして、


「もう少し、近くに行ってもいいかな・・・?」


不安そうに眉を下げて、首を傾げた。そんな嗣にぃを見るのは、初めてだ。


「あ、う、うん・・・大丈夫・・・」


一歩、二歩、と嗣にぃがこちらへと歩んでくる。俺の居るベッドの少し手前で、嗣にぃは止まった。

遠いな?なんか遠いな?あと背が高過ぎて・・・近くで見上げると首が痛い。

いや、でも、俺に気遣ってだよな。俺逃げたしな。でも遠いのは・・・なんか嫌だな。俺の情緒、どうなってんだか。

俺は自分の座っているベッドの足元を指差した。


「・・・そこ、座って。・・・大丈夫だから・・・」

「え、近過ぎない?大丈夫?」


嗣にぃの方が当たり前だが、驚いて俺に聞き返した。俺は頷き、もう一度同じ場所を指差す。


「大丈夫。だから、そこに座ってよ」


あまり遠いのは嫌だ、とは・・・なんだか癪で付け足さなかった。

嗣にぃは頷くと、気を遣うように俺が指差した場所へと、ゆっくりと座る。

お互いに、そこで黙ってしまった。・・・何から話すべきなんだろうか。告白?は唐突すぎる?先輩は大丈夫だと言ってくれたが・・・どこでそれを判断したのだろうか?ああ、しまったな。それを聞けば良かった。


「ゆうくん」

「あっ、はいっ」


不意に声をかけられて、俺は反射的に敬語で答えてしまった。嗣にぃは、苦笑を零した。ふう、と息を吐くと、俺へと向き直る。


「謝って済む問題でもないけれど・・・昨日は、ごめん。僕はゆうくんに酷いことをしたし、酷いことも言った。その、身体は大丈夫・・・?」


別に殴られ蹴られをしたわけではない。まあ、大分手酷く抱かれはしたが、それも暴力が伴っていたわけではないのだ。精神的には最悪なものだったが。ああ、噛まれはしたか。脱水をおこしているのは、自身の不注意でもある。嗣にぃも悪いと思うけどな!しかしながら、全部が全部嗣にぃのせいでもないな、と思えて頷いた。


「そう。なら、うん・・・少しは安心した。ゆうくん、戻ってきてほしい。一緒に、帰ろう・・・?」


しかし、次に続いた言葉に、俺はもやっとする。苛立ちのような怒りのような、そんな感情が心に浮かんできていた。


「なんで?」


声がどうしても鋭くなってしまい、思わず口を押さえた。

いや、だってさ。謝って終わる話じゃないだろ、これ。そりゃ謝罪は大事だと思うよ。俺が悪かったところだってある。でも、違うだろう。


「俺って必要?嗣にぃなんか、よりどりみどりだろ?俺じゃなくてもいーじゃん!あさに似てるから、俺?偽装結婚しとかなきゃいけないから、俺?俺が引き受けたことだけどさぁ!じゃあ、なんでキスとかしたんだよ!セックスだっていらなかったろ?!」


後半はかなり叫んでいた。俺は後ろにあった枕を手に取ると、嗣にぃに投げつける。ああ、もう。こんなことをしたいわけじゃない。ちゃんと話をして、告白をしなきゃいけないのに。感情のコントロールが上手くいかなかった。

ああああ、もう・・・俺ってばさ・・・。しかも涙が出てくるではないか。ちょっとおおおおおおおお。


「ゆうくん・・・ごめん、ゆうくん、ごめん」


嗣にぃが何度も謝る。枕は嗣にぃが受け止めて、俺の足元に置いてくれていた。

しかし、その謝罪を聞いて、苛立ちが爆発する。頭の片隅では違うだろ、と思っているのに心の方が言うことを聞いてくれない。


「何の謝罪だよ、それっ。俺はいりませんごめん、ってやつ?!」

「ゆうくん・・・っ!違う!!違う・・・っ!!」


嗣にぃも少し大きい声で、頭を横へと振った。そうして手を伸ばして、俺の肩を掴むと、そのまま身体を引き寄せて、抱きしめた。いつもと同じ腕の中、いつもと同じ香り。ああ、嗣にぃだな、と思う反面、気安く触るな、という気持ちが出て身を捩る。嗣にぃが、ぎゅ、と俺を抱きしめる手に力を入れた。


「ごめん。違うんだ、ゆうくん。ごめん・・・僕が言い方を、言う順番を間違えた。本当にごめん・・・。ゆうくん、聞いてほしい」

「なんだよ、もう・・・!離せよぉ・・・聞きたくない・・・俺がいらないとか、聞きたくない・・・」

「違うよ、ゆうくん。僕にはゆうくんが必要だよ。必要なんだよ」

「はぁ?それって、奥さん役でだろ?!そりゃあさに似てるのって、俺しかいないもんな。そりゃ俺は必要だろうよ・・・」


自分の見方が捻くれているなんて、百も承知だ。でも止まらず、そんな風に言うと、嗣にぃの手がいっそうと強くなる。違うよ、と静かに言った後に、俺の身体から少し離れて視線をあわせてきた。


「奥さん役とか、もうどうでもいいんだ。そういうのを抜きにして、あさちゃんに似ているからとかでもなくて、ゆうくんじゃなきゃ駄目なんだよ。僕は、ゆうくん、僕は・・・ゆうくんのことが、好きなんだ」


真剣に真摯に、嗣にぃがそう言ったーー。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?