とりあえず、指定場所へと向かうために、僕は車に乗り込んでいた。エンジンをかけようとした時、スマホが鳴る。どうやらメッセージが届いたらしく、それを見た。
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桐月久嗣 様
春見ゆうさんが桐月さんに写真を送りたいとのことでしたので、送付いたします。
宮園撫子
☆☆☆添付画像☆☆☆
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SMSにて僕へと送られてきたメッセージには、そんな風に書かれていた。
添付画像は書かれている通り写真で、ゆうくんが手錠らしきもので振袖の女の子と繋がれているではないか。
「・・・・・・うん???」
何が起こっているんだろうか・・・?
今の今まで、僕は緊迫して、ふざけた招待状を送ってきた女をどうにか八つ裂きに近い状態にしてやりたいと思っていた。
が。
写真を見て、ますますと訳がわからなくなってきた。
何だ、これ・・・。送り主は宮園撫子。この振袖の子が宮園撫子だろうか・・・?
何、こののふわふわ手錠。可愛い。ゆうくんの細腕によく似合う。え、これ・・・僕も欲しいなぁ。うちにあるのは無機質なものだし・・・て、いやいやいやいや?!
僕も相当、頭の中がとっ散らかっている。
写真の中のゆうくんの表情は、仕方ないなあ、みたいな苦笑ーー可愛いーーにやる気のないピース・・・ーー凄く可愛いーーだ。
・・・写真とって遊んでる・・・?
いや、でも手錠だし・・・?・・・送別会って何?その子、友達?罰ゲーム中?
何だろう、これ・・・。
いや、まあ指定された場所に向かうけどね・・・。
ああ、そうだ。谷くんには連絡を入れておこう。出来れば部屋を空けてもらいたい。何せ谷の系列ホテルだ。
ひとまず谷くんへと連絡すべく、端末の上で指を滑らす。
谷姫鷹、と表示されてから僅か数コールでそれは通話中に変わった。
「あ、谷くんーー・・・」
僕がそう呼びかけたと同時に、
「桐月さん!!あなたの奥さん!妊娠してました・・・!!」
谷くんが喋り出す。
・・・うん?何だろう??随分と焦っているというか、混乱した感じだった。
「いや、確かにそんな感じで情緒不安定ではあるけれど、ゆうくんは男の子だし無理かなぁ・・・医学が発展すればあるいは・・・」
「何呑気なこと言ってるんですか!今、ですよ?!」
「えぇ・・・」
本当に、どうしたのだろうか、谷くん・・・。
そりゃ、一人や二人出来てもおかしくないくらいに、僕はゆうくんへ手を出しているけれども。僕は僕で谷くんの話に困惑していると、桐月!、と聞き慣れた声に電話が変わった。
「お前はこんなときに呑気すぎるぞ馬鹿め!この緊急事態にまったく・・・!」
大濠くんだ。え、何故大濠くんまで・・・。
「いや、ええと・・・話が全く見えないんだけどなぁ・・・僕の奥さんの妊娠はどこの並行世界の話?」
「並行世界?いや、そんな話ではないぞ!現状でだな・・・っ」
「勝手に取るな・・・!うちの馬鹿が本当に申し訳ない!あ、馬鹿は虎太郎です!いや、三成も馬鹿か・・・?」
虎太郎くんとは先日、谷家を訪問した際に車を動かしてくれた子だ。彼女さんにベタ惚れで明るい髪の容姿だったと記憶している。
なんでその子のことで、僕に謝るのだろうか・・・?ゆうくんを孕ませたみたいな??感じで・・・いやいやいや、さすがにないだろう。そんなことがあったら、桐月の権力をフルに使って虎太郎くんを沈めた後に、ゆうくんを監禁するしかなくなってしまう。まあ、そもそもゆうくんは妊娠しないしなぁ・・・。
そんな風に考えている間も、電話の向こうでは笑い声と泣き声とが聞こえる。
・・・・・・・・・・・・??
今日は一体なんなんだろうか。
「ええと、よくわからないんだけど・・・さっき、僕宛に怪文書が届いてね。宮園のお嬢さんから。それによると、ゆうくんが君のとこの系列のホテルにいるみたいなんだ」
「うちのホテルに春見が、ですか?」
僕が話し始めると、谷くんが少し冷静になった。
「そうなんだ。文書にはヴァル・ドルチャの1201号室、と書いてあるので・・・そこにいるんだと思う。確実ではないけれどね。ちなみに僕は招待客だよ」
「なんですかそれは・・・春見の携帯には繋がらないんですか?」
「それが、どうも置いていったのか落ちたのか・・・とにかく持っていなくてね・・・」
「なるほど。わかりました。春見を放ってはおけないですし、俺も向かいます。一応聞きますけど、警察に報告は?」
「一応ね。万が一を備えて、内部の知り合いにいれてはあるよ」
「まあ、そこが妥当でしょうね。騒いで刺激するのも良くない。春見は一番の関係者ですしね。今から出ますから、現地で落ち合いましょう。ほら、三成、行くぞ!え、あ、君も?!あ、あ、君は気をつけて!走らない!止めろ馬鹿太郎!」
そこで通話は切れた。
うん、なんというか・・・何が起こっているんだろうか、谷家。電話の感じだと、少なくとも二人以上で来るようだ。
いや、今日は本当に・・・何が何だかわからないまま、僕はアクセルを踏んだ。
※
車をホテルの人間へと任せて、ロビーへと向かう。
現在の時刻は19時15分。指定の時間まであと少しだ。
このホテルは谷家の長である谷虎道がこだわり抜いたもので、ヴェルサイユ宮殿を模したという内装はとにかく豪奢だ。ここまで金ピカにしつつも下品じゃないのが逆に凄い。
ロビーで辺りを見回していると、バタバタと走ってくる音が聞こえて、そちらを見る。すると、
「こっの、バカ嗣があああああああああああ!!!!!!」
ゆうくんとそっくりな、けれどゆうくんとは違う声をした、その子が僕に目掛けて飛び蹴りをかましてきた。もろにくらい、ドン、と当たって僕がよろけると、その細い手が僕のネクタイを掴んでぐいっと引っ張っる。
「あ、あーちゃん・・・・・・?」
唖然として僕は呟く。その後に、「あああああああああ!!!走るなって言ったのにいいいいいいいい!!!!」と誰かの叫び声が響き渡る。
僕の目の前には、あの日逃げた花嫁が眉を吊り上げて立っていた。
「ほんっと、馬鹿!!なんで、ゆうを守らないの?!久嗣は本当に馬鹿!!ねえ!!馬鹿でしょ?!馬鹿だよね!!だって馬鹿だもんね!!顔だけ取り柄の、この馬鹿っ!!馬鹿!」
僕のネクタイをぐいぐいとあーちゃんが引っ張る。え、てか、え?
結構な勢いで馬鹿を重ねられたけれども・・・。
「あーちゃん、どうしてここに・・・」
「あーーーーもう!なんで走る?!オレ、何度もダメだって言ったじゃん!!落ち着けって・・・!」
「君、本当に・・・!どうしてそんなに速いんだ・・・!」
興奮するあーちゃんを落ち着けるかのように声の主ーー虎太郎くんが、あーちゃんの肩を掴む。その後に続いて、谷くんが姿を現した。ここまで走ってきたのか、二人とも息を切らしている。
「こたも姫もうっさい!ほんっと、久嗣は馬鹿!こんなんじゃ、ゆうを任せた意味がない!!もう、お兄ちゃんの誰かにゆうを任せたほうがいい!!!」
「はぁ・・・おすすめは凪虎兄さんだよ。一番常識人で優しいし。とりあえず落ち着いて、あささん・・・」
「あー・・・まあ、3人の中なら、オレも凪さんは良いと思う」
うん?!?!いやいやいや!!!
どうして谷くんも虎太郎くんも続けたかな?!僕を置いていくのはやめてほしい・・・!!そもそもだ!
「ゆうくんは誰にも渡さないよ?!というかだね?どうして、あーちゃんが谷くん達といるんだい・・・?」
「それは、まあ・・・」
「それは・・・・・・」
僕の声に、谷くんと虎太郎くんがお互いに顔を見合わせた。少しばかり言いにくそうに、虎太郎くんが頭を掻く。そのですね、と続けようとしたところで、あーちゃんがもう一度僕のネクタイを引っ張った。
「こたとあたし、結婚するの。だから、一緒なの!」
「・・・ケッコン・・・」
なんだっけ?ケッコン・・・ケッコン・・・。僕は『ケッコン』という言葉がどうにも理解できず、呟いた後も頭の中で反芻した。そして唐突に理解する。
「え、ケッコンって、結婚?!?!まって、誰と誰が?!?!?!」
「あたしと、こた」
「こた・・・こたって・・・」
僕が側に居た二人を見た。谷くんが横を指差し、指を刺された虎太郎くんが、バツが悪そうに手を挙げる。
そうだ。彼の名前は谷虎太郎。こたろう、の、こた・・・。
「いや、本当に、そのですね・・・いや、本当に・・・ああっと・・・」
虎太郎くんは困ったように言葉を落としてはつまらせる。谷くんは横で呆れたように溜息を吐いていた。
ーー桐月さん!!あなたの奥さん!!妊娠してました・・・!!
不意に、谷くんとの電話が頭の中に甦った。
え、まさか・・・・・・。え、まさか?!まさか?!?!?!
「あーちゃん、妊娠してるの?!」
僕が目を見開いてあーちゃんへと視線を移すと、あーちゃんは頷いた。
「さんかげつっ!」
あーちゃんはピースサインで笑いながらそう言った。いや、それだと2ヶ月だけどね?!いやいや、それよりもさぁ!!!僕は前髪の生え際をが、っと掻いた後に髪を掻き上げ、息を吸い込んだ。
「あのねぇ!!なんで走るの?!?!初期だよね?!?!どうして、走るのかな?!しかも、君、飛び蹴りしたよね?!僕に!!どうして飛ぶかなぁ・・・!!お腹の子に何かあったらどうするの・・・?!」
「おっと・・・久嗣がまともなこと言ってら・・・やだ、こわぁい。こたぁ・・・あさ、こわいぃ・・・」
あーちゃんはいきなり態度を豹変させて、僕のネクタイを手から離すと、代わりに肩にあった虎之助くんの手を取り、抱きついて上目に虎之助くんを見る。
あ、ちょっと嫌だな、これ・・・いや、あーちゃんがどうのと言うことではない・・・ゆうくんが虎太郎くんに抱きついてるように見えて、モヤッとするのだ。
虎太郎くんはデレっと一瞬したが、谷くんに背中を叩かれて咳払いをした。
「ん、いや・・・で、でもさ。走るのは良くないだろ?オレ、あさも子供も無事がいいよ。じゃないと、あさが行きたい家族キャンプも行けないじゃん?」
な?と言い聞かせるように、虎太郎くんは首を傾げた。あーちゃんは、頬を膨らませたが、はぁい、と小さく返事をする。
うわ、すごいなぁ・・・言うこと聞くんだね。あの、あーちゃんが。あの、あーちゃんが!多分僕だったら無理な気がする・・・。
「でも、久嗣はあとでもっかい殴るから!!ゆうが無事じゃなかったら、首ないから!!」
そこは流石、笹之介さんの娘だ。虎太郎くんの腕の中から僕を指差しながら、あーちゃんが凄む。
あああ、というか、ゆうくんだよ!!色々と重なりすぎて、一番大事なゆうくんが後回しになっている。いっそのこと、今、あーちゃんに殴られた方がいいんじゃないか、僕は・・・。
「おい、お前ら・・・騒ぐな・・・!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる僕らを制したのは、大濠くんだった。
呆れたように溜息を吐いている。
「三成。キーは?」
「ここに」
す、っと大濠くんが谷くんへとカードキーを差し出した。
その様が若様と従者という感じがしたが、黙っておこう。
大濠くんはそのまま僕を見て、また溜息を吐く。
「お前はもう少し年長者としてゆとりを持て。一緒に騒いでどうするんだ」
「面目ない・・・」
確かにその通りだ。本来であれば僕は嗜めなければならない立場だ。僕もまた溜息を吐きながら、大濠くんへと頭を下げた。
谷くんが、まあまあ、と手を振る。
「色々とありますしね・・・。それで春見ですが、間違いなくここにいるようですよ。宮園の従者がちゃんと報告に来たようですね。ここに来るまでに支配人から連絡を受けましたから」
仕事が早くて助かる。僕が、ありがとう、と告げると隣の大濠くんが自慢げに鼻をフフンと鳴らした。いや、君じゃないけどね?まあ、でも恋人が褒められるのは嬉しいよね。さて。
「じゃあ・・・」
「いくわよ!!!みんな!!」
行こうか、と繋げようとした僕の声はあーちゃんのそれにかき消された。
もう、なんというか・・・・・・早く、ゆうくんを連れて帰りたい・・・・・・。一緒にお風呂に入ってゆっくりしたい・・・。