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第五十九話 side:U 送別会会場と不憫な兄と

ここはヴァル・ドルチャ1201号室ーー混迷を極める部屋・・・。


いや、本当に・・・混迷だ。何がどうなっているのかを説明しなければならない。

まず室内だ。室内には彼女が『送別会』と言っていただけあって、色とりどりの風船と花で飾り付けしてるうえ、薬玉みたいなものがぶらさがっていた。・・・なんの薬玉だ、あれ・・・。

そしてその上、何故か福引機ーー所謂ガラポンというやつだーーまである。プロジェクターまで完備されているのだが、何が流れてくるのか、ちょっと興味をくすぐられる。


「さあさあ、そのソファへお座りになって」


俺が座らされたのはふかふかのソファだった。手錠で繋がれているその人も俺の隣へと座る。もちろん最大限に離れて。

この室内、アホな装飾はされてはいるが、元は高級な部屋のようで調度なども安物ではなさそうだ。まあ、ホテルに入る時からそれは感じていた。

何せこの部屋まで来るホテル内も海外のお城みたいだった。


「えーと、それで、の・・・今から何を・・・?」


宮園さんとその隣に立っている男をと、俺は交互に見遣る。

宮園さんは、うふふ、と微笑んだ。


「まずはお飲み物でもいただきましょう?ここまでの移動中、何もお出ししなかったから・・・喉が渇いてますでしょう?ねぇ、空。お水はあるのかしら?」


ソラ、と呼ばれた男が頷く。お待ちを、と言って側から離れた。

てか室内なんだし、サングラス外したらいいと思う・・・。

少しもせず、ストローがさされたペットボトルが俺と宮園さんの前に置かれた。


「さあ、どうぞ。お召し上がりになって?市販品ですけれど・・・その中でもわたくしが好きな銘柄ですのよ?」

「あ、はぁ、どうも・・・?」


水に市販以外があるのか・・・初めて知ったわ。汲み水とかだろうか?・・・いやぁ、金持ちってわかんないなぁ・・・。俺が置かれたペットボトルに手を伸ばしたとき、


「な!ん!で!や!ね!ん!」


男が、怒声を飛ばしながら室内へと入ってきた。

俺が吃驚してそちらを見ると、俺をほんのわずかな時間で地獄に突き落としたあの男だった。

昨日とは違うが、やはりヨレッとしたアロハシャツを纏っている。

俺を見ると、男は頭を掻きむしり、だん、と足を踏み鳴らす。


「あ、あ、ああああああああ!大人なのに地団駄踏みそう!いや、踏んだわ!!今、踏んだ!!こんの、アホどもが!!!!」


今にも誰か殺さんばかりの形相だが、宮園さんとそお付きは気にした様子もなくのんびりとしていた。


「あら。大ではありませんの。お静かになさいませ。ゆうさんが驚くでしょう?見てご覧なさいな!ゆうさんを誘拐いたしましたのよ!」


ふふんと得意げに宮園さんが笑う。すると「お嬢様はさすがだろう」ともう一人が言った。

宮園さんが、俺の方をじっと見ている。ああ、えっと・・・。


「うわあ誘拐されてしまったぁ(棒)どうしようー(棒)こわいよぉーたすけてー桐月さーん(棒)」


とりあえず、俺も乗ってやった。俺は演劇なんか小学校以来したこともないので、棒読みしかできないけど。宮園さんは、ご覧なさい!と言わんばかりである。

アロハシャツは、はああああああああ、と大きな大きな溜息を吐いた。・・・まあ、気持ちはわかる。だって、明らかにおかしな状況だ。誘拐であって誘拐じゃない。


「なんでお前ら、そうやってぶち壊すん?なんなん?なぁ?ええわ、まあ、うん。二人とも正座せぇ。お嬢はベッドの上、空は床や。な?せぇ」

「なぁに?どうしたの?先にお水でも飲んで落ち着くといいわ。暑いから気が立つのよね」

「違うっちゅーねん!!俺が怒っとんのは間違いなくお前らのせいや!」


近くで出された怒声に俺はビクッとしてしまう。が、当の二人は矢張り気にした様子もない。


「俺な?結構上手くやってたやん?それお前らにも話したやん?なぁ?聞いた覚えあるやろ?それをなんで誘拐とかするん?警察沙汰やん?な?後始末誰がするん?これ。俺も恫喝かもしれんけど、ギリギリの線で攻めたやん?なぁ、春見くん」


アロハが急に俺へと話を振る。いや、え。何故俺に・・・。あ、俺が当事者だからか。


「ま、まあ・・・そうですね・・・えげつないというか」

「せやろ?!興信所もつかわんと、張り付いて頑張ったんやで?それが、これや!!全部おジャンやないかいっ!!おい、聞いとるんか、このアホ弟がっ!!お嬢は兎も角、なんでお前が止めんのやっ!!!」

「せやかて、兄貴・・・」

「お前、しかも室内やぞ?!サングラス外せや!こんのうすらトンマ!どーせこのあっついのにずうううううっとその不審者ルックなんやろが!」


お付きが言葉を漏らしながら、すごすごとサングラスを外す。

サングラスのなくなった顔は、アロハと瓜二つだ。この二人、俺のところと一緒で、双子か・・・!!しかもソックリなところを見ると一卵性だ。うちみたいに二卵性でありながらソックリも稀に、極々稀にありえるが。


「あ、だから・・・」


俺が言葉を落とすと、なんや?とアロハがこちらを見る。


「あ、いや。俺の女装がわかったのって・・・」

「ああ、それか?まあ、双子のカンみたいなもんや。そこのアホと俺もソックリやけど、君なら見分けられるんちゃう?同じ格好でもなぁ。まあ、言うて俺は本物のおねぇさんを見たことはないんよ。なんで、もう一つの確信としては見張ってた結果やな。単純に女の子が出てくる頻度が低すぎるんよな。軟禁レベルでしか出てこんし。そんな状態やから、ずっと見張ってれば・・・予想つくやろ」


見分けにしろ予測にしろ、言われてみれば、と思う。俺も嗣にぃもつくづく、詰めが甘い・・・まあ、表面上取り繕うのが目的ではあったが。


「どれくらい見張ってたんですか・・・?」


単純に好奇心で聞いてみた。一日、二日では野生の双子のカンによる見分けは兎も角として、統計的なものは出ないはずだ。一週間か二週間か・・・もっとだろうか?


「九十日や。しんどかったでぇ・・・あの辺、ホテルもないやろ?しかもお嬢をあのアホ一人に任せんといかんかったしなぁ・・・」

「う、わ・・・・・・」


想像したものより随分と長くて、思わず声が漏れた。脅されるのは不本意だし、嗣にぃと別れるように仕組んでいた人間ではあるが、現状を考えると哀れとも思える。


「あの、そもそもなんですが・・・なんで俺と桐月さんなんですか・・・?」


目的がそもそもわからない。俺と嗣にぃが別れたところで、どうなるのか。俺は社交界とか全く知らないので、そのせいもあるのだろうが。家同士の勢力図なんてのはまるで覚えていなかった。


「あー・・・手前勝手な話ですまんのやけど、うちのお嬢、後妻に出されそうでな?しかも相手は五十過ぎたおっさんやで?いくら関西の重鎮言うてもな・・・ないやろ。お嬢、まだ二十歳やぞ?なんでそんなヒヒジジイに大事なお嬢を嫁がせなアカンねん。俺もそこのアホ弟もちーさい頃からお嬢と一緒でな。ほんま、そんなの許せんかったんや。・・・言うて使用人の俺らには権力なんてのはないからなぁ・・・それでも頑張ったんやで?こっちの良いお家柄さんのボンと見合い仕組んだりな・・・。でもそのボン、きゅーに見合い断ってきよったんよ。もうそうなったら、どうしようもなくてなぁ・・・。で、調べたら一般家庭の嬢ちゃんと桐月んとこのが結婚しよったわけよ」


それは、うん。嗣にぃとあさのことだな。俺だけど。


「家柄から言えば、すまんけど一般家庭のお宅さんとこと比べたら宮園の方が格上や。桐月の力にもなれる。何より、桐月相手ならお嬢の親父を黙らせることが出来るんや。それで、まあ、な・・・」

「俺を排除して、嗣にぃ・・・桐月さんと宮園さんを結婚させる、と・・・?」


アロハは何度目かの溜息を吐いた。


「いや、手前勝手な話なのはわかってるんやけどな・・・宮園のおっさんが、ああ、お嬢の親父な?あのおっさんが話を聞いてくれるような人間やったら良かったんやけどな・・・一度見合いが壊れただけで、すぐに嫁がせるって言い出しよってな・・・なんでも、若い女が好きなんやと。五十のジジイが。まあ、それでもお嬢の兄弟が味方してくれたおかげで期限が少し伸びたんよ。今年の九月までな」

「九月・・・・・・」

今は八月・・・。


もう少しあるとは言え、かなりギリギリだ。


「あの、でも・・・例えばですよ?俺と桐月さんが別れても、桐月さんが結婚しなかったら一緒じゃないですかね?」

「そこはな。すまんけど、君を使わせてもらうつもりやった。桐月への脅迫材料としてな。命を脅かすようなことはせぇへんよ?いくら宮園と言ってもリスクが高すぎるしな。でもこの日本じゃ、結構な醜聞やろ?君と桐月さんのことは」


違うか?と首を傾げられると、俺も溜息を吐いて頷くしかなかった。


「まあ、もう、ぜーんぶ無理やけどな。誘拐なんか、ほんま・・・どう収拾つけっろちゅーねん・・・おいアホ」

「なんやねん」

「脅迫状は出してないやろな?」


アロハこと高木兄がお付きこと弟に聞くと、宮園さんが繋がれていない手を挙げた。


「招待状しか出してないですわよ!!」

「招待状・・・ってなんやねん。この子を誘い出すやつか??」

「まあ、何を言っているのかしら、大ったら!招待と言えば桐月さんに決まっていますでしょう?だって送別会ですのよ?」

「はぁ?はあああああ??」


俺も宮園さんと弟を交互に見る。いや、車内で桐月さんをお招きして、とか言ってたか・・・?高木兄は信じられないものでも見るような目で、宮園さんを見る。


「そんなら、あれか、今から来るんか・・・?桐月が来るんか?ここに来るんか・・・?」

「そのはずですわね!!」

「あ!ほ!か?!うっわ、もうアカンやん・・・警察にも話がいってるやろ、こんなん・・・・・・」


見るからに高木兄は項垂れて、ベッドへと座り、頭を抱える。

まとめるに、脅しまで完璧だったのに、なぜかお付きの弟と自称悪女なお嬢様が、俺を誘拐してしまったようだ。

あいつのせいでひどく悩んだけどお付き兄が可哀想に思えてくる。


「大はいつもああですのよ?カルシウムを摂取させるべきかしらね?」


のんびりとお嬢様に聞かれたので、


「いや、まあ・・・悩みというか何というか・・・」


と、言葉を選び選びに答える。ぽん、と宮園さんが手鼓を打った。


「まあ、悩み?大にも悩みがあるということですのね?そうよね・・・誰しもが持つものだわ。わたくしも幼い頃からそれなりのお家の方へ嫁ぐのだと言い聞かされて育ちましたけど、殿方って少し怖くて・・・。お姉様は結婚して幸せそうかしら?あの、夫婦ですることがあるでしょう・・・?わたくし学校の保健で習いましたけれども・・・出来る気がしないわ・・・」


夫婦ですること・・・ああ、セックスのことか。俺もあんまり知らなくて、ほぼほぼネットでしか情報は得られなかったし、実地では嗣にぃしか知らない。

話を聞いていくと、この箱入りの悪女には上に兄が2人ーー優秀らしいーー、姉が1人ーーこれまた優秀らしいーーで宮園家は安泰らしく、政略結婚用の駒として男が好むよう純粋培養されてきたようだ。

駒だの政略結婚だのと宮園さんは言わなかったが、先ほどの高木兄の話からしても、それは明白だった。良い家もいろいろあるんだな、令和なのに・・・良い家だからこそ、というものかもしれないが。

そんなお嬢様なので、ちょっとした悪戯心が俺に生まれた。


「あの、宮園さん、先生が持つような棒・・・わかりますか?」

「え?あ、ええ、わかるわ。指示棒のことでしょう?」

「あれで奥さんの胸とかつついて遊んだりしますよ、夫婦って」

「な、な、な?!そ、そんな無理ですわ!!破廉恥な・・・!!」


うっわ、面白い。破廉恥、なんて言葉が普通の会話に出てくるのは初めてかもしれない。いや、もう色々と俺も疲れていて馬鹿なことしてるな、とは思ったけど。


「いやぁ、他にも色々とするかもですよ?こう、短いスカート履かせられたり・・・それを旦那さんが捲ったり・・・指示棒で」


みるみるうちに、宮園さんの顔が真っ赤になる。

俺もよりによって一番か二番に頭が悪いプレイのこと言っちゃってるな。


「な、なぜ・・・?聖職者が使う物を、そ、そんな・・・。それ、お姉さんにお聞きになったの?双子だとそこまで話してしまうのね?」


そういえば、この人は俺とあさが別々だと思っているな。

高木兄はそこまでは話してないのか、聞いたようで聞いていなかったのか。

うぶなお嬢様をますます困惑させたくなって、俺は首を横に振った。


「ええとですね、俺が姉のあさのふりしてたんですよ。俺と久嗣さんは愛し合ってるけど男同士なので結婚できないんです。なので、胸をつつかれたの俺ですね」


スカートを捲られたのも俺だけどな?そこは黙っておいた。

キャパオーバーだったのか、宮園さんの動きが止まった。零れんばかりに目を見開いて俺を見ていたが、大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。・・・やばい、女の子泣かした。弟があたふたとあわてはじめた。高木兄は相変わらず頭を抱えて何か考えている。


「そ、そんな・・・性的なマイノリティを抱えて懸命に生きてらしたのにわたくしったら・・・。ご、ごめんなさい」


振袖の袖で涙を拭いつつ、申し訳なさそうに俺を見る。

こう・・・心の振り幅がすごいな。申し訳ないけど、面白い。


「高木達が絶対に桐月さんがいいと言うから・・・桐月さんしかいないと言うから、信じてしまったわ・・・実を言うとわたくし悪女を嗜むのが初めてなの・・・」


知ってる、というか嗜むものなのか、悪女。高校の授業とかになかったと思うけどね?


「まさかあなた方にそんな事情があっただなんて・・・・・・本当にごめんなさいね・・・」


俯いて今度は静かに涙を流し始めた。どこが琴線に触れたのか、さっぱりわからないが、揶揄りたいとは思っても泣かしたかったわけではない。しまったな、と思いつつ周りを見る。ああ、そういえば・・・。思い出して俺はポケットからハンカチを取り出した。


「あの、これ・・・すみません、泣いちゃうとは思わなくて」


謝りながらそれを差し出した。宮園さんが受け取ったその時、


「たーーーーのーーーーもーーーーー!!!」


聞き慣れた声が室内に響き、全員が一斉にそちらを見た。


ところで、俺がこの時に話したことを元に、宮園さんは見事に『愛しあった旦那様は指示棒で胸をつついてくる』と間違った認識を脳に刷り込んでしまったのだ。この後、宮園さんは幸せな結婚をするものの、指示棒で胸をつつかれない日々に怯え、愛されていないのではないか・・・と不安で枕を涙で濡らすことになる。

それはまた別のお話。ごめん、宮園さん。

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