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第六十話 side:H 誘拐と棒読みと

「走らないで!!あーちゃん!!!走らないで!!」

「君、ちょっと!!馬鹿太郎!!!!掴めよ!!!」

「あいつ早いんだよ!!あさ、走んなよおおお!!」

「貴様ら!!静かにしろと言うのに・・・!!」


エレベーターを降りた途端に、ガンガンと走っていく元婚約者を、それぞれ叫びながら追いかける。

走りながらも、懸命に落ち着こうと僕は努力していた。

あーちゃんが妊娠して結婚・・・なんというか、こう。唐突に妹を取られた感覚で、あーちゃんにお見舞いされた飛び蹴りを、虎太郎くんにお返ししたい気分だ。

いや、甚だお門違いは十分承知である。あーちゃんは僕の妹ではないし。

あ、でも、僕はゆうくんの夫だし、もうあーちゃんとは兄弟じゃないか!?ならば、飛び蹴りしても許されるな?!

・・・とはいえ、あーちゃんが幸せならそれが一番だ。僕では出来なかったことを虎太郎くんがしてくれるならば、感謝しかない。

でも、嫌味の一つくらいは言わせてもらおう。兄として。あ、弟になるのか・・・?

そうこうしているうちに、該当の部屋の前に辿り着くと、部屋の前には和服姿の男が立っていた。背丈は僕と一緒くらいだろうか。長めの髪を紐で束ねて肩へと流し、切れ長の吊り目が微笑みを浮かべながら、僕らを見た。あれは・・・。


「あ、鷹我おうがにーちゃんだー」


あーちゃんが、名前を呼びつつその人へと駆け寄った。そうだ、谷家の三男である谷鷹我たにおうがーー谷くんの兄弟でもある。ゆっくりとした手つきで、あーちゃんの頭を撫でる。挨拶をした程度ではあるが、見覚えがある。


「こらこら、走っちゃ駄目だろう?大事にしないとなぁ」


その人は、駆け寄るあーちゃんを嗜めるように首を傾げる。谷くんは、一歩後ろにいる大濠くんを睨んでいる。


「どうして、鷹我兄さんが先に着いてるんだ・・・三成、場所を言ったな?」

「さて・・・何の話か・・・」

「あーもー・・・とりあえず中に入ろうぜ?あさはこっちに来いよ、な?大人しくしよう?」


あーちゃんは虎太郎くんを見たが、側に行く気はないようで鷹我さんの近くから動かない。まあ、扉が隣というのも大きく関係していると思うけど、呼んでも来ない恋人に情けなく肩を落とす虎太郎くんの姿に、ややスッとする。嫌味はこれで帳消しにしてあげよう。いやぁ、双子に関すると心が狭いな、僕は。

とりあえず僕は社会人であって、何より現状は桐月の跡取りなので、鷹我さんを無視をするわけにいかない。あーちゃんの後ろまで行き、会釈をする。


「桐月です。お騒がせしまして・・・」

「ああ!そうか!君か!思い出した!桐月の跡目とはどこかで会った気はしていたんだが・・・あーの介から話を聞いても朧げだったんだ。そうかそうか、あーの介が言う通り、大層な美丈夫だね」

「あーの介・・・」


ちら、とあーちゃんを見ると、あたし、と言うように頷いた。

どういう経緯で谷家に行ったのかはわからないがーーいや、恐らくは十中八九・・・笹之介さんかな・・・ーーこの様子だと、既に、谷の家に馴染んでいるようだった。


「いやいや、しかし・・・今回はうちの虎太郎が不始末をしでかしてしまい申し訳ない。まさか結納だなんだの前に子供ができるとは・・・」

「ねー、久嗣はあたしの保護者じゃないんだけどー」

「でも家族みたいなものなんだろう?それにあーの介の大事な弟さんの伴侶なのだよね?ならばちゃんと筋を通しておかないと。あーの介が大事だからだよ?」

「いえ、元は私の不始末ですから。あさちゃんが幸せで大事にされているならば、私はそれで」


これは本心でそう思う。不幸であればどうにかせねばならなかったが、あーちゃんは谷で大事にされているようだ。それならば良かったな、と勝手に背負った肩の荷が置けた気持ちだ。鷹我さんは、鷹揚に微笑んだ。


「あーの介がうちに来て、うちとしては感謝しているんだ。何せ全員で可愛がっていた末の弟が一人暮らしをしてしまい寂しくてね・・・。あーの介は虎太郎と本家で暮らしてくれると言うし、俺達は大満足さ。桐月さんとは縁が深くなりそうだし、これからもよろしく頼むよ」


鷹我さんから手が差し出され、僕も握り返す。

後ろで虎太郎くんが「いつの間に本家に住むことに?!同じ敷地内のうちじゃねーのか?!」と小声で叫び、「可愛がりの押し売りだろ、あれは」と谷くんが小声で愚痴っていたが。

大濠くんが、こほん、と咳払いをする。


「そろそろ中に入りませんか?」


そう言うと、全員が頷いて、キーを持っていた谷くんが一歩前へ出た。

キーをかざすと、カチ、と施錠が解かれた音が響く。

入るか、と谷くんがドアノブに手をかけたとき、あーちゃんがその前に割り込んで少しだけあいた扉を蹴り開けた。


「たーーーーのーーーーもーーーーー!!!」


威勢のいい声と共にあーちゃんが部屋へと入った。室内の注目があーちゃんへと集まる。

ねえ、なんでかな?!この子、本当に・・・!危ない状態であったらどうするんだ・・・!

しかしあーちゃんは僕たちの心配なんて露にも気にせず、室内をどんどん進む。

虎太郎くんが両手で顔を覆い、谷くんは溜息をつき、鷹我さんは笑った。大濠くんは何とも微妙な顔だ。わかる。凄いんだよね、あーちゃんは・・・何と言うか、パワーが。


「あさ?!?!」


あーちゃんに続いて室内へと入った時、ゆうくんがあーちゃんを見てそう叫んだ。

するとあーちゃんが、座っているゆうくんへと飛びつく。


「ゆうーーーー!!会いたかったよーーー!!ゆうーーーー!!」


ゆうくんは片手であーちゃんを抱き止めていた。もう一方の手は振袖の女性ーー恐らくは宮園撫子ーーとフワフワ手錠で繋がれている。

その宮園撫子と思わしき女性は、ハンカチを片手に双子を驚いた目で見ていた。


「お。なんか可愛い子がいるなぁ・・・ああ、あれが宮園の?あんな子があの家のいたんだなぁ・・・へぇ・・・」


後ろから入ってきた鷹我さんがそう言うと、隣に居た谷くんが溜息を吐く。


「顧客名簿によると、宮園撫子さん、かな?多分ね。・・・兄さん、興味を持つのは程々にね・・・」


いや、しかし。室内はカオスだ。

随分と飾り付けられており、何をしようとしているのかさっぱりわからない。ああ、招待状にあった送別会か。

そしてゆうくん。久々に会う片割れに意識が行くのは仕方ないにしても、僕という恋人にも気付いてほしいなぁ・・・。

僕が改めて二人のところに向かおうとすると、アロハシャツの男と、スーツの男が目の前の土下座してきた。


「桐月さん、ほんま、すんません!!!何とか、何とか、警察沙汰だけは勘弁を・・・!!もしそれが駄目なら、俺だけで勘弁を・・・!お嬢はなんも考えてなかったんや・・・!!」


えええええええ・・・何だろう、これ。二人は頭を床へと擦り付けながら、僕の足を掴む。え、やめて欲しい・・・かと言ってこれを振り払うと、僕が逆に悪人のようだ。

何とも困っていると、鷹我さんが横へときて、アロハの後ろ頭を扇子で突いた。


「面白そうだ、俺が話を聞いてあげよう。俺は谷鷹我だ」

「ああああああ・・・俺は知らない、見てない、聞いてない」


後ろでは谷くんが声を上げた。その間も、双子はひし、と抱き合っているーー凄く可愛いーー。僕の意識はそちらにしか向いてなかった。


「ゆうが無事で良かったぁ。久嗣の首をかっ飛ばさなきゃだったよー」

「怖・・・。やめてよ、嗣にぃには生きててもらわなきゃ困る。それに、いなくなったのはあさじゃんか。どこ行ってたんだよ。心配した・・・てか、あさ?なんか、うーん・・・なんか、こう・・・あさだけど、違和感・・・なんだろう?なんか、いる?」

「えっへっへーわかる?さっすが片割れ。お腹に赤ちゃんいるよー」

「は?!はあ?!?!え、父親は?!?!え、まさか、え、嗣にぃ・・・」


ゆうくんの声に僕は慌てた。

待って待って待って!違う違う違う!!!!僕は誓って、あーちゃんには手を出していない!!そもそも時期があってないし、お腹の子の父親が僕だったらあーちゃんを隠していた挙句、双子を手籠にしたことになるじゃないか・・・!!

だが、僕が弁明することもなく、あーちゃんがからから笑った。


「まっさか!!ないないない!!久嗣はないわ!!あたし、今、谷さんとこにいんの。そこの虎太郎が父親だよ!!チャラそうだけどチャラくない虎太郎。だから、あたし、谷あさになるよ。ねー語呂、悪くない?タニアサって、どっかのテレビ局みたいじゃない?」


あーちゃんは楽しそうに笑いつつ、虎太郎くんを指差す。ゆうくんはあーちゃんから身体を少し離すと、側にあったクッションを手に取り、それを投げた。それは綺麗に飛んで、虎太郎くんにスマッシュヒットする。

そして、


「俺のあさに手を出すとは上等じゃねーーーか!!!そこの、明るいの!!!おいふざけんな!!どういうことだ説明しろこの野郎!!」


怒号が飛ぶ。そしてクッションがもう一つ虎太郎くんにぶつかった。

普段は絶対に見れないゆうくんのそんな姿に僕は目を瞬かせた。

虎太郎くんは青ざめて固まったし、谷くんは限界まで目を丸くしてるーー谷くん今日は人生で一番驚いた日なんじゃないだろうかーー。


「ゆう、怒らない怒らない。大丈夫だよ、こた、優しいし。お腹の子の父親なんだからそんなこと言わないの。あ、ほら隣の可愛い子が驚いてるよ」


ゆうくんはハッとして、隣を見た。

振袖の子も、あーちゃんが言うように吃驚して固まっている。


「あ、撫子さん、ごめん。その、大きい声だして・・・。怖いなら手錠外してもらおうよ?ね?」


気遣いながら首を傾げる姿は可愛い。が、そろそろ僕が限界だ。その子の名前を呼ぶ前に、僕じゃないかなぁ?ちょっとイラッとする。ちょっと。

僕はいまだに縋り付くアロハとスーツの手を取ってーーそもそも話しているのは鷹我さんだしーー、ゆうくんの方へと駆け寄った。そりゃさ、色々とカオスな状況だから仕方ないけどね・・・僕に目も向けないってどういうことだろうか。生きててもらわなきゃ、のくだりは嬉しかったけどね。

僕が側に寄ったことで、ゆうくんは初めて僕を認識したようだ。あ、と表情を動かした。


「つ、嗣にぃ・・・」


気不味そうにゆうくんは僕を見上げる。

一応微笑んで、ゆうくんの頭を撫でる。そうしてから、2人を繋ぐ手錠を手にとって鎖部分をぶちんと引きちぎった。所詮プレイ用の玩具なので、力を入れる場所を考えれば切れるのだ。

ずっと嫌だったんだよね、これ。ゆうくんに似合うけど、こういうのは2人きりでベッドの上がいい。

ゆうくんは、やべっ、て顔をしたがおずおずと切り出す。


「あ、あー、嗣にぃ・・・えっと、こちら俺の友達で・・・その、誘拐ごっこにつきあってくれた宮園さんで・・・」

「え、ゆうさん?!」


驚いて宮園撫子こと宮園さんがゆうくんを見た。それにゆうくんが、しーっとジェスチャーをした。・・・え、目の前だよ?僕、めっちゃ見てるよ?隠れてもないんだけど。え、可愛い・・・いやいやいやいや。

うーん・・・へー・・・そうしたいんだ。へー・・・。


「なるほどね。そっかそっか。ゆうくん、夜に話し合いが出来るならそれでもいいよ?朝までかかると思うけどね?ちゃんと付き合えるなら、いいよ?」


僕がにっこりと笑う。暗に朝まで可愛がるけどいいよね?性的に。ということだ。それくらいさせてもらわなきゃ気が済まない。

まあ、昨日も今朝もと続いているので、無理に今夜でなくとも構わないが。ゆうくんは僕の意図を汲んで、オゥフ・・・、と息を漏らして目を彷徨わせた後に、また息を吐き、頷いた。

そして今度は、


「み、皆来てくれて申し訳ないけど!リアル誘拐ごっこだったんだあ(棒)!あ、あはははははははは(棒)」


声高に見事な棒読み台詞を披露する。

まあ、僕はゆうくんがそうしたいならいいけどね。怪我とかもないみたいだし。

谷くんはどうだろうか?振り返ってみると、僕と目があい、肩を竦めた。あちらもそれでよろしいようだ。アロハとスーツはゆうくんを拝んでる。

すると、2人から話を聞いていた鷹我さんが、こちらに来て、手を伸ばし宮園さんの縦ロールを一房、その手に乗せる。流れるように、手に取った髪へと口付けた。

宮園さんが、身体を硬直させて目を大きく見開いた。


「話は聞いた。俺と見合いなんてどうだい?君と俺とじゃ、一回りほど違うが・・・その齢五十の御仁より見目も良いと思わないかい?君といると面白そうだ」


見合いとは何の話か・・・。まあ聞いたことだけで判断すると、谷くんのお兄さんなので、この人も顔は良い。その辺の人では、そりゃあ、圧倒的にこちらに軍配があがりそうだ。あーちゃんが鷹我さんの話を聞いて、いいじゃん!と宮園さんの肩を叩く。


「面白いよ!鷹我にーちゃん!おすすめだよ!顔もいいしね!!きなよ!ええと・・・」

「宮園撫子さん」

「なっちゃん!!!」


僕はこの宮園さんに何があるのかは詳しく聞いていないから知らないが、正直、本人達が良いならそれはそれで良い。もう、ぶっちゃけた話、僕は一刻も早くゆうくんをマンションに連れて帰りたいばかりだ。

しかし、当の宮園さんは真っ赤になって、ソファの上でパタリと倒れた。鷹我さんとあーちゃんが顔を見合わせ、ゆうくんが慌てて、ひぇ、と声をあげた。


「お嬢ー!!あかん!!急に男に触られたから、頭に血ぃのぼってシャットダウンしたんや!!!気を確かにー!!!」


僕を始め、大濠くんも谷くんも虎太郎くんも唖然とした後、溜息を吐いた。

・・・・・・早く帰りたい。

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