『今日は飲み会があって少し遅くなるから,先にご飯を済ませて休んでていいからね』
そんな言葉を残して嗣にぃが出社したのは朝で、今はもう日も沈み夜の時間だ。
1人ならコンビニ弁当で良いか、と判断した俺は大学の講義終わりに弁当と気になっていたスナック菓子を購入しマンションに帰った。
広い空間に一人で居ると多少寂しく……感じる暇もない。
なぜなら15分おきくらいに嗣にぃから連絡が来るのだ。
『もう大学は終わった?』
『夕ご飯はちゃんと食べるんだよ』
『マンションにはついた?』
等々……俺だって成人式が済んだそれなりの年齢なわけで。
そりゃぁ、嗣にぃから見ればまだまだ経験の浅い子供かもしれないが、内容があまりにも子供扱いじゃないですかね。ロクでもないこと(意味深)はひたすら教え込んでるくせに。てか、側から見てスマホばっか触ってるように見えないだろうか、これ……いや、あの桐月久嗣のことだ。上手くやってんだろうなぁ。
……ともかく、まあ……これも愛が深いと思えば良いのだろうけど。
そうこうしているうちにツラツラと時間は流れていき、あっという間に時計の針は23時を指していた。
惰性で眺めていたテレビ番組にもそろそろ飽きてきていて、あくびを一つ噛み締める。
嗣にぃの方はそれなりに盛り上がっているらしく、もう少しかかりそう、とのことで、既にシャワーも済ませている俺はリビングにランプシェードの光だけを残して、その場所を出る。歯磨きやらをささっとすませて寝室へと移動し、広めのベッドの上へと転がった。
俺の部屋は別個にあり、そちらにはシングルベッドが用意されているものの、未だかつてそちらを使用したためしはなく、俺が寝るのは常に主寝室であるこちらのベッドだ。
ちなみにこのベッド、美女達とのめくるめく愛を育んだものかと思いきや、結婚式の前にちゃんと新調したものらしい。そういうところはちゃんとしているものなんだなー、と無駄に感動した。
相変わらず俺が来た時と同様に室内は小洒落ている。
恐ろしいのがその室礼もそのままというわけでもなく、季節ごとにカーテンだの飾っている絵だの小物だの細々としたものは変わっていくのだ。ほんっとすげーな、桐月久嗣……実家にある俺の部屋なんて、年に数度カーテンを洗ったりするくらいで基本的に変わり映えはない。リビングなどは母さんの趣味でちょこちょこっと変わったりはしていたように思うが……ほんっとすげーわ(二度目)。
そんなふうに思いつつ、ベッドに寝転がったまま室内を眺めていると、一つのものに目が止まる。
それはベッドサイドテーブルの上にある、陶製の小物入れのようなものだ──後で聞いたところによるとボンボニエールというらしく、あの結婚式の時の引き出物に出された物らしい──。
手のひらに乗るほどの大きさで、派手な細工はされておらず白色に花の絵が描かれていた。
なんとなく気になって、寝そべったままの身体を横に向けて手を伸ばす。特に触ってはいけないようなことを言われた覚えはない。
小さな蓋をずらすと、その中には幾つもの丸い粒が入っていた。
「なんだ、これ……?」
中の一粒を指にとって眺める。鼻を近づけてみると、微かに甘い香りがして──それがラムネ菓子だとわかった。
「あっ」
というか、これ……あれだな!嗣にぃがアレやコレやの最中に俺の口の中に放り込むやつだ。何故だかはさっぱり分からないが、嗣にぃはアレコレ……所謂セックス中に俺の口の中にこのラムネを放り込んでくる時が多いのだ。毎回ではないものの、新婚旅行中からはじまり、実に現在に至るまでそれは続けられていた。
この奇行──俺からしてみれば──が何を意味しているのか俺にはさっぱり分からない。考えつくことと言えば、嗣にぃに比べて体力少なめな俺への栄養補給とか糖分補給くらいなものだ。
それはともかく、なるほど……あのラムネはここに保存されていたらしい。やはり意味がわからんな、と思いながら手に取った一粒を口の中に放り込んだ。
あ、歯を磨いた後だわ……と思った時には既に遅くラムネはシュワっと溶けて馴染みのある味が口内に広がった。
俺はどちらかと言えば酸味はあまり得意ではなく、小さな頃からラムネよりもミルク味の飴やチョコなどを好んで食べていたので、嗣にぃから食べさせられるまであまり食べつけていなかった。
少し酸味のある甘さが舌の上に残る。
もう一つ食べようか?と思った時にそれは起こった。
「……え……?」
ずくん、と大きな何かが腹の奥を叩く。病的な痛さではない。けれど、ずくんずくん、とそれは続く。一度、二度三度……その衝撃が下腹を制するまでに時間はかからず、同時に息が緩やかに上がり出し、俺は身体を丸めた。
全身の体温が上がってきているのかなんなのか、額にじんわりと汗が滲む。そして疼く下腹の先──俺のものが硬さを持ち始めている。指先を伸ばして股間に触れると、やはりそこは反応を示していた。
「ちょ、え……ぁ、う……」
唐突に変化していく身体に思考が追いつかず、けれども下半身を占領していく熱に我慢ができず自身のものをパジャマの上から握り込む。思わず漏れる声を抑えるために、もう片方の手で口を覆う。
──嘘だろ……勃ってる……?
何か刺激的なものを見たわけでもなければ想像したわけでもない。ただラムネを口にしただけだ。ただそれだけなのに、何故。
……いや、まてよ。そうだ、俺は何をしたわけでもない。ラムネを食べただけだ。となると、ラムネが怪しいわけだが……。
ぎゅ、っと身体を丸めなおす。
しかし、本当におかしい。熱はますますと昂る気さえする。いや、確実に昂っている。
回らない思考で俺は懸命に考えた。
怪しいのはラムネだ。ただ、思い出す限りで食べさせられた際にはこんな効果は出なかったように思う。怪しいけれど怪しくないラムネ。
小さな陶器に目をやる間にも、熱はどんどんと身体を支配していた。
「……っう、ぁ……」
指先でそれを揉むと腹の奥が疼く。
正直、嗣にぃと触れ合うとき以外は自分でどうこうすることはほとんどない。
というか皆無に近い。元々、性欲が薄い方ではあって、嗣にぃとのセックスを知る前も自慰に耽ることはあまりなかった。
そんな俺なので自分で、アホになった嗣にぃの求めに応じて披露──断じて自分からはしないが……!てか俺の自慰を見て興奮する嗣にぃはマジで変態だと思う──するだけだ。
「あ、うぅ……つぐ、に……」
布の下で硬くなるそれを強めに撫でながら、思わず呼んでしまうのは愛しいあの男である。
あああああ……筋金入り過ぎる、俺も。好きでたまらないってのをどうにかしたい……。
これ、収めるだけでどうにかなるのだろうか……嗣にぃとのセックスでは俺は受け入れる専門──嗣にぃとのというか、嗣にぃしか知らんけど──というのもあり、昂ってしまうと後ろのほうもそれなりに疼く。
指先に一層力を込めたとき、
「かわいい声で僕を呼ぶね」
俺の頭の中にいた男の声が、リアルで響いた。
思わず振り返ると──上機嫌な嗣に行ぃが、居た……。
う、えあああああああああああ?!