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第79話 黄昏

 その時、西の果てから眩い光が迸った。


 太陽が二つに増えたかと誤認するほどに凄まじい光量の輝きが、列島全域を容赦なく照らし出し、あらゆるものを晒し上げた。


 善人と称されるものから邪悪のレッテルを貼られたものまで、何もかもへと無常な光を降らせ続ける。 この地球上に逃げられる場所などないと宣告するかのように。


「何だよあの光は!? また新手の神話級害獣の仕業だってのかい!?」

「俺にだって分からない! そもそもあれは何なんだ!? まさか……、あいつらの身に何か起こったとでもいうのか!?」


 雪兎を送り出してそれほど間を置かず引き起こされた異変に驚き、ミシカが食ってかかるも馳夫も状況をあまり把握出来ないまま返答に窮し、急いで状況の把握に勤めた。


 爆発の際に生じた成分を次元亀裂に潜んでいた生体戦艦に回収させ、何が爆発したのか、誰ならばその原因物質を用意することが出来るのかを探らせる。


 誰もが予期せぬ事態に戦闘が滞る中、3人を相手に逃げ回っていたサンドマンだけが唯一余裕綽々に迸った光を眺め、朗らかに笑う。


 まるでその時を待っていたと言わんばかりに晴れ晴れとした邪悪な笑みを浮かべて。


「おやおや、あの馬鹿共ついにやっちまったなぁ。 俺はおすすめしないと口を酸っぱくして言ったんだがね。 まぁこれも素晴らしい人間惨禍の結果ってやつだなぁ」

「なんだと? やはりテメェの仕業か! テメェ一体何を仕込みやがった!?」

「俺は何も仕込んでない。 俺の大好きな働き者が勝手に疑心暗鬼に陥って大仕事をやってのけたってだけさ。 もっともその働き者の頭には“無能な”って修飾語がつくんだがな」


 激昂した馳夫によって次元亀裂越しに銃剣を叩き込まれ、サンドマンの意識を宿した天使の顔上半分が綺麗に切断されて飛んで行くも当の本人は全く意に介さず、第三者の苛立ちを買うような気色の悪い動きを繰り返しながら一方的に語り続けた。


「成長金属争奪戦線、対世界樹戦争、そして今回のくだらないチョンボ。 全部お前等人間様の身から出た錆びだよ。 なぁジャスティス、人間って奴はいつまで経っても学習しないくだらん生き物だよなぁ」

『…………』


 サンドマンの問いかけに何か思うところがあるのか、話を振られたジョンが苦み走ったような表情を浮かべたまま沈黙に徹すると、横から話に割って入ったミシカが幾筋もの熱線をぶちまけながら、無駄に偉そうなサンドマンに対して激しい嫌悪感を剥き出しにする。


「ヒトの形をした化け物が偉そうに嘯くじゃないか。 何があったか知らないが、人様に責任おっかぶせて説教とは笑わせるね」

「造り物の分際で失礼だな。 全ては力無き無垢なる人々とやらの夢と希望が無事結実したってだけの話さ」

「自分のことを棚に上げて屁理屈ばかり捏ねるな気色悪い。 たかがお坊ちゃん一人相手にみっともなく逃げ回り続けた寄生虫が何様のつもりだよ」

「勿論、ヒトというみっともない生き物のしょうもない歴史を見守り続けた慈悲深い観測者様だとも。 少なくとも俺は、お前等偽りの霊長がどれだけ馬鹿げた所業を繰り返してきたかよく知っている」


 残機に乗っ取らせた企業の備品に過ぎないミシカに対して、サンドマンはほんの一瞬だけ侮蔑の視線を浴びせるもすぐさま彼女から興味を失い、再び星海魔の眷属に成り果てた馳夫を見おろす。


 サンドマン自身の汚いパーソナリティが垣間見える下卑た笑みを見せながら。


「そもそも、君はあの坊やのことを何処まで知っているんだ? 君と出会う前の坊やが、力無き善良な人々とやらにどれだけ惨い目に遭わされたのか知ってて言ってるのか? 全てはヒトという生き物が積み重ねてきた業が裁きという形で顕現したってだけの話だよ。 別に不思議でも何でも無いのさ」

「何だと? テメェ一体何時から馬鹿共を煽ってアイツにけしかけてきやがった!?」

「さぁね、詳しくは坊やと直にツラを突き合わせて聞かせて貰えばいいさ。 もっとも、今のあの坊にそんな心の余裕が残っているとは思えないがね」


 馳夫から向けられる敵意をまるで心地よいと言わんばかりに浴びるサンドマン。


 しかし3人相手に遊ぶのもやがて飽きたのか、自分用の次元亀裂を生成して全身を突っ込むと、何処よりも危険な場所へと成り果てたこの星から一時的に消える。


「限りなく遠く、限りなく近い場所で見物させて貰うよ。 君達の素晴らしい人間愛って奴をなぁ」

「待てやゲス野郎!」


 置き土産代わりに捨て台詞を吐いて失せようとするサンドマンに馳夫が鉛弾を叩き込むも効果は無く、下品な引き笑いの残滓だけが残されるばかり。


「畜生が……」


 常々注意を払っていたはずだった。


 リンボから地上へ物騒なものを送られないよう、天使共が亀裂を開こうとする都度にオーバーライドして道を塞ぎ、それでも無理矢理地上へ侵攻しようとした連中も残らず始末してきたつもりだった。


 なのにこのザマは何だと、馳夫は顔に深い後悔を滲ませる。


 結局このまま何も出来ずに終わるのかと、この場に揃った三人の頭に最悪の未来が過った……その時だった。


「誰か聞こえる……? 誰か私の声が聞こえますか……?」


 無意識のうちに虚脱していた三人の意識の中に突然、穏やかながらも暗い女性の声が注ぎ込まれてくる。


 現実世界での物音や自分の心の声をも上書きし、脳に直接響いてくるような感覚。


 それは一人だけ深く事情を知らないミシカを大いに惑わせた。


「何だこりゃ!? 遂にアタシの頭も狂い始めたのか!?」

『心配するな俺にもハッキリと聞こえている。 ……だがまさか、あれほど憎んでいた父親の力を継いでいたとは。 人生何が起こるか分からない物だな』


 必死に声の正体を探ろうとコンソールを操作するミシカを、ある程度情報を把握しているジョンがやんわりと宥める中、唯一声の主と直に面識のあった馳夫が代表して意思疎通を開始する。


「ノゾミ? あの蛸野郎に匿って貰っていたんじゃなかったのか?」

「そうよ、でもそんなことを言っている場合じゃない。 今の真継君に呼びかけられるのは私の力を介してだけ。 私ばかりが安全地帯に篭もっている訳にはいかないの。 ……今の段階で止めなければ、彼は無意識のうちに何もかもを焼き尽くしてしまう。 私達人類の怨敵である世界樹どころか、地球上全ての生命、大気、水分、地殻すらも容易く。 後に残るのは完全に漂白された虚無の大地だけ」

『口で言うのは簡単だが今の我々にはその運命に抗う方法が無い。 一体どうしろと言うのだ? 分かっているからこそ、君はこうして我々に呼びかけてきたのだろう?』


 脅かすようなノゾミの言葉に対し、ジョンが早く本筋を話せと言わんばかりに催促する。 今は話す暇すら惜しいと言わんばかりに。 するとノゾミは自身なさげにおずおずと言葉を紡ぎ始めた。


「真継君の性格を考慮すると、もしかすれば貴方達なら彼を止めることが出来るかもしれないの。 死線で背中を預け合った貴方達の意思が伝わればきっと」

「かもしれないとは、随分と気弱な言い方じゃないか。 もうちょい確信が持てるポジティブな情報をくれないのかい?」

「そう言われても仕方がないとは分かってる。 でも今はそれに賭けるしかないの。 真継君があんなものに成り果ててしまった以上、彼を武力でねじ伏せることは絶対に出来なくなってしまったから」

『言いたいことは分かったが、それが上手くいくという根拠はあるのかお嬢さん? 下手すればろくに近づけず滅却されて終わるだけだぞ』

「でしょうね。 でも彼が本気で私達を滅ぼそうと考えているなら、大気圏外からブレスを地球に吐きかけるだけで全てが終わるはず。 それをやらないということは、彼を押し留めている何かがあると思うの。 私が父から授かった力がそう告げてくれている」

『……そうか、アルフレドの力がまだ未来を保証してくれているのか』


 希望的観測だらけのノゾミの言葉にそれぞれ異なる反応を見せるミシカとジョンだったが、雪兎という人間の人となりをよく知っていた馳夫が皆が鎮まるのを待つと、暫しの沈黙の後に覚悟を決めて切り出す。


「分かった、今はお前の言う可能性とやらに賭けよう。 だがその前に一つ教えてくれ。 欲に目が眩んだ馬鹿共は一体雪兎に何をしたんだ?」

「それは無事に生きて還った後に話してあげる。 だから今は彼を迎え撃つ用意を集中して。 彼が最も長い時間を過ごした街が、彼自身の手で焼け落ちてしまう前に」

「はっ!? おいちょっと待てよ!」


 あれほどタフだった雪兎の心が砕けかけるとはただ事ではないと、馳夫は少しでも情報得るべくノゾミに対して問いかけるが、当のノゾミは一切問いには答えず必要最低限の情報を伝え終わると一方的に念話を終える。


「クソ、どいつもこいつも自分勝手な真似しやがって」


 念話を切られる瞬間、馳夫がノゾミの語調から感じたのは極端なまでに大きな不安。


 伝えた瞬間、何もかもが終わってしまうだろうと言う強い懸念だった。


 それを認識した馳夫は地平線の向こう側から立ち昇る極光を見据えながら呟く。


「雪兎……、何があったんだよ本当に……」


 誰よりもお人好しだった馬鹿の心を根こそぎ吹き飛ばす程の愚行。


 それが何なのかも知らされることもないまま、馳夫は次元亀裂を展開してノゾミの思念が導く場所へと向かった。


 既に取り返しのつかないことが起こってしまっていたことなど、知る由もないまま。


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