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第80話 七騎

「おい蛸野郎、聞こえてるなら返事をしろ! こっちは人手が足りないんだから至急余ってる部隊を寄越すんだ! ふざけた真似してるとかっさばいて干物にするぞ!」


 同族の血を持つ者同士にのみに対して繋がるテレパシーを利用し、馳夫は自分を勝手に蘇らせた挙げ句無駄な重荷を背負わせた相手に強く救援を要請するが、一切返答はない。


 理詰めの説得も、徹底して辛辣な皮肉も、やけっぱちの罵倒も虚空に消えるばかり。


「どう? 星海魔様から返答はあった?」

「駄目だ、あの野郎居留守を決め込みやがってる。 こっち側が見えてないなんて有り得ないのに一体何のつもりなんだ」


 直接意識に介入してくるノゾミの言葉に対し、馳夫は苛立ちと焦りが入り混じった表情を浮かべながら愚痴るように語ると、ついでに現在のスキュリウスで辛うじて展開出来るサイズの巨大次元亀裂を社付近に開き、シャチ型生体戦艦を転移させる。


 それは転移の弾みで豪快に頭から荒れ地へと落下していくが、現代を越える超科学によって建造されたのは伊達ではないのか傷一つ付かない。


「ほら、お望み通りお前が匿われていた戦艦をわざわざ転移させてやったぜ。 それで一体何をするかは知らんがな」

「ありがとう馳夫君、これで私も貴方達を間近でサポート出来る」

「サポートって、お前そのガラクタで戦うつもりなのか? ……死ぬぜ多分」

「心配無用。 その為に必要な人手だってもう確保してあるから」


 馳夫の忠告に対しノゾミが端的に返しつつ不敵に鼻息を吹いて見せた瞬間、遠方からオービタルリフターの飛来音が轟き、それが通り過ぎたと馳夫が認識した直後に二機のアーマメントビーストが降下してくる。


 多数の手駒を従える鼠と、燃える牡牛のアーマメントビースト。


 それらの機体が無事荒れ野に着陸すると、どさくさに紛れて生体戦艦と共に転移していたマサクゥルが、パイロットの感情を顕すかのように尻尾を大きく振りながら駆け寄っていった。


「デブ兄貴に髭のおっさん!」

「クラウスだ、トラブルになるから仕事相手はきちんと名前で呼べと教えたはずだぞ」


 わざわざコックピットを覆う装甲を展開しながら手を振って喜びを爆発させてみせたミシカに、クラウスは思わず苦笑しながら自慢の髭を撫で上げるが、すぐさま表情を引き締めて回線を開くと、共に運搬されてきた男に問いかける。


「大黒だったか。 せっかく安全圏まで逃げ延びた身で何故わざわざ死地まで戻ってきた?」

「責任だよ。 元を辿れば全ては彼を頼ってしまった私の責任だ。 私が彼をあんな姿に変えたも同然だ。 だから私には命を賭して彼を止める責務がある」

「馬鹿言うな、仮にもお前は一つの共同体の長だぞ。 万が一くたばってお前の大事な民草連中が路頭に迷ったらどうするつもりだ」

「……ここで我々が殺されるようなら、この星に住まう誰にも未来などない。 ならば私がやることは一つしか無いだろう」


 ゆっくりと迫り来る雪兎の殺気に気圧されているのか、大黒の顔は病的なほどに青ざめ、表情もぎこちなく固い。


 だがそれでも、憎悪に身を焼かれる雪兎を救わんとする意思はまさしく本物であり、その為に犠牲になる覚悟さえもあった。


 ……落ち着いた野郎二人の会話に、ノゾミが無遠慮に首を突っ込むまでは。


「大黒さん、貴方の勇気は賞賛に値します。 ただ、やみくもに戦う事がその機体の骨頂ではないはずです。 貴方には当艦に備えられた設備の稼働率向上に勤めて下さると助かります。 航行機関こそ修復が必要ですが、それ以外の機能は問題なく利用可能です。 貴方がサポートして頂けるのであれば砲台としての役割くらいは存分に担えるでしょう」


 ノゾミの淡々とした指示が大黒とクラウスに同じく届き、大黒は了解の意を表すかのように黙って頷くと、王鼠を墜落した生体戦艦の甲板上へ向かわせ、そこに鎮座しながら子機の増産を開始する。


 一方、その姿を横目で見ていたクラウスは、今回の戦闘の為に増設していた広域シールドジェネレータの調子を確認しつつ、今も自分を観察しているであろうノゾミと自ら意思疎通を図った。


「人様のお喋りを盗み聞きとは親子共々感心しないな。 まぁそれは兎も角、俺は何処でどうすればいい?」

「クラウスさんはミシカさんと共に艦艇付近に布陣し“真継君だったもの”から放たれる攻撃をひたすらいなし続けて下さい。 エネルギーの心配なら無用。 この戦艦の大規模グロウチウムリアクターから供給されるエネルギーを利用して頂ければ、機体自体がお釈迦にならない限りは常に最大出力を維持出来ます」

「簡単に言ってくれるな。 今の奴の手に掛かれば衛星だろうと惑星だろうとゴミ屑と大して変わらん。 下手すれば何も出来ずに塵になって消えるだけだ」

「それはどうでしょう? 私には貴方の命の刻限がまだまだ残っているのが見えていますよ」

「……何を言っているのかは理解出来んが、あまり期待はするな」


 ちょっと見ない間に厄介だった親父と同じような言動をするようになったとクラウスは愚痴りつつも、ノゾミが乗り込んだ生体戦艦内から射出されたグロウチウムケーブルの一つを躊躇いなく愛機に接続し、出力のコンディションを拠点防衛用に同期させる。


 その最中、クラウスはミシカと視界に入ったスキュリウスに回線を繋ぐと、急いで自身の後ろに下がるよう促した。


「気をつけな若者共、そろそろあの馬鹿が地平線の向こうから頭を出すぞ」

「分かってるよベテラン殿。 さて、今の俺達で何をどこまでしてやれるやら」

「やらなきゃ後悔するだけだろ。 だったらせめてみっともなく足掻いてやろうじゃないか」


 ブレイジングブルが身を挺して展開した広域Eシールドの影で、着実に戦闘の用意を進めていくパイロット達。


 しかし彼らから放たれる微かな気配を感じ取りでもしたのか、地平線の向こうより飛来した一筋の破滅の流星が、周囲一帯の地面を綺麗に漂白しながら迫った。


「来たぞ、全員俺の後ろから離れるな!」

「おほぁい!」


 せめて一撃でも耐えられることを願いながらクラウスがシールドの出力を急上昇させ、それに反応したミシカがビームやらレーザーやらの弾幕を撒き散らし、少しでもエネルギーの相殺を試みる。


 だが、シールドに直撃するはずだった光弾は自ら力場の表面に沿って進行方向を変えると、そのまま社を囲む隔壁へと向かっていく。


「馬鹿な! あいつ街を直接焼くつもりなのか!?」


 以前の雪兎なら絶対に行わないであろう凶行に馳夫は愕然としながらも、咄嗟に次元亀裂を展開して都市を護ろうとするが間に合わない。


 あわや直撃かと思われた瞬間、社を囲う隔壁内から突如として飛び出した大量のグロウチウムの粒子が光弾を瞬く間に分解し拡散させ、都市に住まう数多の命を守り抜いた。


 まるでダイアモンドダストの如く美麗に輝くその霞は、ノゾミが乗り込む生体戦艦の鼻先に集まると共に周囲の物体を吸収すると、瞬く間に砂色の艶めかしい猫神の姿を形作る。


 明らかに通常の機動兵器では有り得ない挙動だが、馳夫はその姿を知っていた。


「“パーティクルエルダー”だと? 鰐淵のクソジジイのアーマメントビーストじゃないか!?」


 何故こんなものがここにあると馳夫が叫んだのとちょうど時を同じくして、空の果てから飛来した漆黒の雷撃がアーマメントビースト“サンダーバード”としての姿を象り、猫神の死角を取った。


 雪兎だったものから無秩序に放たれ続ける莫大なエネルギーを吸収して戦闘に備えていたジョンは、得物である巨大なルツェルンハンマー型の力場を展開したまま、普段の気取った態度をかなぐり捨てて詰問する。


『シュト、何故お前がここにいる。 あのクソジジィのお守りはどうした』

『相変わらず察しが悪いですねジャスティス、私がここに来る理由など一つしかないでしょう』

『何を言っているんだ。 お前の主様の予定とやらのせいで世界中の人間が磨り潰された挙げ句、リンも死んだ。 若い頃惚れ合った相手を間接的に殺しておいて、あのろくでなしのボケ老人は今さら何のつもりなんだ!』


 世界が崩壊する以前の、戦友達が健在だった幸せだった頃の記憶が脳裏を過ったのか、ジョンの語調は雷鳴の如く苛烈であり、その余波で激しい雷光が発生する。


 しかしそれだけの感情の圧を受けても、シュトと名を呼ばれたメイドは事務的な態度を一切崩さぬまま“人あらざる知性”の同胞たるジョンに向かって静々と言葉を紡いだ。


『何やら誤解をされているようですね。 私が今ここにいるのは主様の指示ではなく他ならぬ私自身の意思です。 貴方と共にアルフレド氏を星海魔と会談させたあの日のように』

『ああそうかい、ただの気まぐれかい。 今はそういうことにしておいてやるが、変な動きしたら思考コアを再生不能になるまで焼いてやるからな』

『どうぞご勝手に。 お人好しの貴方にそんな非道な真似が出来るとは思っていませんが』


 露骨に不機嫌な態度を見せるジョンだったが、対するシュトはそんな事を露にも思わず“雪兎だったもの”が迫りつつある方角へと向き直りながら小言を返す。


 そうやって人あらざる者達が無邪気に馴れ合っている間、放置されていた人間に近いメンバーは生き残る確立を少しでも高めるべく、付近の共同体へ救援を要請するが色よい返事は一つとしてない。


「近場の要塞都市どころか、社内部への救援要請も避難勧告も全て黙殺か……。 あんな強大な相手に動ける者がたったこれだけしかいないとは……」

「七人の侍もとい、荒野の七人ってやつかい?」

「縁起でも無いことを言うなよミシカ、それじゃ死人の方が多いだろうが」

「大丈夫、貴方達は今日誰一人としてここで命が尽きることは無い。 私が保証してあげる」

「そうか、だったら今回俺は率先して前に出させて貰おうか。 お前の言う“見えてしまった”ものの可能性に賭けて」


 絶望の色を隠せぬまま呆然と呟く大黒に対し、ミシカが軽口を叩くと、それに続いてクラウス、ノゾミ、そして馳夫と皆が会話に食いついてくる。


 皆が皆、少しでも不安を紛らわそうとするかのように。


 そうしてちょうど皆の会話が途切れた瞬間、地平線から一際眩い光が迸った。


 大地の丸みの向こうから遂に全容を露わにしたのは、深く頭を垂れたまま力無く揺蕩う光の龍。


 それは、自身を迎え撃とうと社の前で立ちはだかる者達の姿を視認すると、甲高い悲痛な呻き声を上げる。


 かつて背中を預け合った者を滅却することを、無意識のうちに拒むかのように。


 その様を見て、馳夫は人知れず呟く。


「雪兎……、お前に何が起こったのかは分からないが……、ここは先には決して通さん。 たとえお前に殺されるようなことになったとしてもな」


 常識の範疇を越えた圧倒的な暴力相手に、悲愴なまでの思いを込めて立ち塞がる7つの魂。


 そして、それらを内含する七匹の鋼の獣達は、それぞれが携える武器を健気にも構えると心なき我が身を奮わせるようにして吼えた。


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