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31.試される

「兄様、さっきはありがとうございます」


放課後。昼に助けてくれたキースの元を訪ねて俺は頭を下げた。

紙類の整理をしていたキースは机から顔を上げると苦笑を浮かべて、


「気にしないでいいよ。ノエル君とセオドア君が息を切らしつつ呼びに来てね」


ああ、だから二人が珍しくそばに居なかったのか。

昼の移動時間中、はじめは三人で歩いていたのだが、ディマスに声をかけられたあたりから、傍にいなかったことを思い出す。

ありがたい話だ。俺一人ではもうあれはどうこうできる範疇を越えている。


「しかし……困ったものだね。学園に来てみれば……あの噂だ」


キースも結局有給を使って俺と一緒に自宅にいたので、噂のことはまったく耳に入っていなかったようで、俺と同じで面食らったようだった。

うううううううん……本当に、どうしたものか……。もうこれは本当に、目の前にいるキースと婚約だけでもすべきなのか……いや、婚約したら結婚コースだよなぁ……。う、うう……しかし、新しい婚約者と言ってもきっと父をはじめとして探してくれない気はする。何せ、父母とも既にキース以外に選択肢はないといった様子である。

今から俺が恋人を作って……というのもなかなか難しい。ここまでレジナルドとの噂が広がっていては、まず、相手がいない。

となると必然的に相手は絞られてくる。

俺と結婚をしてもいいと明確にしているのは、キースの他にはリンドンしかいない。……リンドンはないよなーーーー!

キースだって俺からすれば苦渋の選択ではある。キースが嫌い云々ではなく、それはただただ性的嗜好の違いだ。

俺は多分、所謂「受け」ってやつだろうしなぁ……挿入する方だからいいとも限らんけど。


「実際のところ、リアムはどう思っているんだい?」


とん、と紙を揃えて机の上に置いてキースは立ち上がる。

俺の前まで歩いてきて、首を傾げた。怒っているようではない、が……機嫌が良いようにも見えない。



「どう、とは……」

「王太子妃になりたくないと言っていたけれど、この噂は厄介だよ。何せ、王太子殿下がはっきりと否定していないからね。まあ……殿下も気がつけば、と言うこともあるのだろうけど。君が誰かとはっきりと仲を公表しない限りは、このまま婚約者ということになるには時間の問題じゃないかな?」

「まさか、だって僕は……あまり社交界にも顔を出してませんよ……」


社交界から遠ざかったのには目立たないためもあるが、婚約者候補として担ぎ出されないためでもある。デリカート家というのは侯爵家の中でも筆頭で、権力はそれなりに有しているのだ。つまり、父の下には派閥が出来上がっており、その派閥からすれば派閥に属する貴族家から王妃を出すのは願ってもない。

外戚という立場はこの世界でも強いのだ。うちは家柄も申し分がなさ過ぎて、ゲームの中でリアムが選ばれたのも、それが理由だ。

そこを避けるために、派手な動きはしてこなかった。貴族感で存在が薄ければ王妃候補に担ぎ出されるのは少ないと考えているのだが……。


「そんなことは二の次だろうね。王太子殿下としてもデリカート家の後ろ盾は強い。ましてや、リアムは気に入られているようだし」

「い、や……それは別に、恋愛という意味じゃ……」

「リアム、勘違いをしてはいけないよ。王と王妃に恋愛は必要ない。王妃は王に協調し、王が信用をおける者こそが選ばれるべきなんだ。共に歩いていくということはそういうことだからね。そして、デリカート家はやり手の父上のおかげで民にもうけがいい。そこから王妃を選ぶのはごく自然だ。君は、王立学園で一位という才知があり、王太子殿下は信用をおけると踏んだように見える」

「まさか、そんな……」


俺は唖然として呟いた。だが、キースが述べたことに反論するところは一つだって見当たらない。愛はあくまで付随であり、それがあれば生活の質が上がる程度の話……。ちゃんと勉強してきたのがここで裏目に出るとは……。俺の浅はかさがどんどん出ているようで、もう心が折れそうだ。

キースは、ふう、とため息を吐く。そして俺の頬を包むように撫でた。


「僕が嫌いかい?」


キースは視線を合わせて問いかけてくる。その目が今までにないくらい真剣だ。


「君が、僕が本当に嫌だと言うなら……諦めよう。その上で、王太子妃になりたいかなりたくないかを考えて、なりたくないならば……僕が誰か探そう」

「そ、れは……」


俺は答えられないまま口を噤む。

なんとも勝手な奴だ……俺は。さっきまでだって、性的嗜好が、と考えていた。

それならばすっきりと、いま、断ればいい。けれど、そう簡単に答えを出すのには、あまりにも俺の心が複雑すぎた。

要するに俺は、現状でキースからの求婚を自分の一存で断れないでいる。

そこには、断ってしまうことにより一線を引かれるのではないかという怖さがあった。

俺は黙ったままで、目を伏せる。だって、嫌いかと問われればキースのことを嫌いとは言えない。


「嫌とも良いとも言ってくれないのかい?」


キースは、困ったように息を吐いた。そして、俺の頬を再度撫でて、その手が顎へと動き、俺の顔を上げさせる。

瞼を上げると視線がかち合って、俺はどうしていいか分からなくなって、また目を伏せる。


「本当に君は……じゃあ、いっそ試してみようか……?」

「試す……?」


何を?と繋ぐ言葉はキースの唇が重なったことにより、発することは出来なかった。

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