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34.誘拐1

目を開けると、そこは薄暗い場所だった。見覚えは――全くない。

頭が僅かに重く、鈍い痛みが走る。最後に見た魔法の後遺症か、それともどこかでぶつけたのかは定かではない。

背中には冷たく硬い感触……たぶん、石床だ。手足は縛られていて、動きたくても動けない。

……馬車に乗ったあの時に、連れ去られたことは間違いない。

この状況を考えれば、俺が誘拐されたのだと分かる。

いったい誰が――いや、思い当たるのは一人しかいない。ディマスだ。

まずい、と俺は思った。

お約束のような薄暗い場所、そして縛られた俺。これが単なる嫌がらせで終わるはずがない。


「ようやくお目覚めか?」

「おい、このガキどうすんだ?」

「さあ?俺たちはさらってキズモノにすればいいって話だがな」


右側から聞こえる男たちの声。三人いるらしい。

そのうちの一人が口にした『キズモノ』という言葉に、背筋が冷たくなる。

それはおそらく、殴る蹴るの暴力ではない。それ以上の何か――ゲームの内容を知っている俺には嫌でも分かる。……凌辱だ。


「……くそ」


俺は男たちを睨みつけた。だが、俺の睨みなど奴らには何のダメージもない。


――いや、待て。魔法だ。


この場でできることといえば、それしかない。

極々小さな声でも詠唱さえできれば、魔法は使えるはずだ。

俺は男たちに気付かれないよう、そっと口を開き、詠唱を始めようとした――その時だ。


「魔法能力は高いと聞いている。口も封じておけ」


冷たい声が耳に届く。続いて、かつん、かつんと足音が響く。

その音も、声と同じように冷たく重い。


「そりゃ危ないな。」


男の一人が布を持ち、俺へと近づいてくる。

俺は身を捩り、必死に抵抗するが、縛られた手足では奴らに敵うはずもない。

あっさりと、俺の口に猿轡がかまされた。


「はは!いい恰好じゃないか、リアム・デリカート」


俺の視線の先には、ディマスがいた。

どこか得意げに歩いてきて、俺を見下ろすように立ち止まる。


「蠅のようなお前にはその恰好が……いや、その恰好ならばウジ虫か」


ディマスは眉を少しだけ上げてみせる。その口元には笑みが浮かんでいた。……楽しいのだろうな、こいつにとって俺は敵で、排除すべき障害でしかないのだから。そして今から起こる惨状も、きっとこいつにとっては愉快なショーだろう。


「王妃に求められるのは、まず純潔だ。王の神聖なる子種を宿すには、綺麗な器でなければな」


ディマスの声は相変わらず冷たく、どこか嘲りに満ちていた。


「今からお前はそうでなくなるのだが……はは!」


ディマスの笑い声が室内に反響した。……俺こそ心の中で笑いたい気分だった。これほど笑えない状況であるにもかかわらず、滑稽さしか感じない。

俺がレジナルドを好きでたまらず、この事態に陥っているならまだしも、現実は違う。

お互いにそういう意味では興味のない俺らなのに、俺は今、凌辱フラグを立てられている。

これほど馬鹿げた話があるだろうか。

声を出せず、笑うこともできない俺は、せめてもの抵抗でディマスを睨んだ。

その視線を受けて、ディマスの瞳が一瞬だけ細まる。


「生意気な目だ……抉りだしてやりたい気分だが、まあいい」


ディマスは手を振り、暴漢たちを促す。


「おい、お前たち。徹底的に穢してやれ。……なんなら孕ませてもいいぞ」


はは!とまた笑い声が響く。

どこまでも下劣だ。

ディマスの声が合図となり、男たちは俺の周りに膝を着いた。

一人は頭上に、一人は足元に、もう一人は顔の横に。

嫌な予感しかしない配置だ。

まるで獲物を囲む捕食者のような彼らの動きに、背筋がぞわりとする。

本当に最悪な展開すぎる……。

俺は真夜の趣味に付き合って色々と知っているせいで、ここから起こることが大方予想できてしまう。それがさらに嫌悪感を増幅させる。

想像するだけで吐き気がする。

ディマスは、事前に用意されていたらしい椅子に腰を下ろし、足を組んだ。

その様子は、まるでこれから始まる「ショー」を楽しむ観客そのものだ。

……そこから指示を出しつつ、見物というわけか。

……まあ、立ち去った後に男たちの気が何かの拍子に変われば、ディマスのほうが立場が悪くなるもんな。それを避けるために、また自身が上に立つためにも、最後まで見届けるという腹積もりなのだろう。


「しっかし、貴族様のガキってのはお綺麗な肌をしてんな」


頭上の男の手が俺の頬を撫でた。その手は粗く、ざらざらしていて、触れられるだけで吐き気を催しそうだった。そろそろ吐き気止めが欲しいわ、俺。


「この服の下もさぞや綺麗なんだろうな」


顔の横から汚らしい笑い声が降ってくる。

その声が耳に突き刺さり、不快感が全身に広がる。


「おい、脱がせろ」


足元の男が低く命じるように言う。

その一言が、今の状況をさらに現実味のあるものへと変えていく。

──……いやいやいや、こいつら、なんでこんなに一人一人で回しトークしてんだよ……。

だいぶ緊迫した事態のはずなのに、俺の頭に浮かぶのは関西で有名なお笑い劇だ。勘弁してくれ――!

しかし、冗談では済まない現実が、目の前で進行している。

顔の横にいる男が懐からナイフらしきものを取り出した。

その冷たい輝きが、薄暗い部屋の中でやけに目立つ。

……これが、お笑い劇なら、剣部分がしゃこしゃこ動いて刺せないやつなんだけどな……。

そう思いたかったが、その期待は無残にも裏切られる。ナイフの刃先は俺の衣服へと向けられ、次の瞬間――布が裂ける音が静寂の中に落ちた。


「……っ、んん!」


身体を必死に捩るが、足元の男がそれを押さえ込むように俺へとのしかかってきた。

俺に触るな!!

心の中で叫んでも、その声は猿轡に遮られて布の中で消えるばかりだ。

──本当にまずい……!

視界の隅に、ディマスの姿が映る。

彼は暴漢たちの行動を冷静に見つめている。それどころか、口元には満足げな笑みが浮かんでいた。

その態度は、まるで自分の計画が順調に進行していると言わんばかりだ。背中を冷たい汗が伝う。

このままでは――このままでは、本当に……!


「下も切り刻んでやれ」


ディマスがそう命じた瞬間、男の手がナイフを握り、俺の下半身に向かうのが分かった。

布が裂けるような音が耳に残り、恐怖が一気に押し寄せる。

そのとき――。


「リアム!!」


ドン、という大きな音と共に、声が響いた。

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