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33.朝の事情

「もう、俺はどうすれば……」


放課後。

ノエルと二人っきりになった教室で、俺は自分の机の上で突っ伏す。

ノエルは俺の前に座り、購買で買ったらしきお菓子をもぐもぐと食べていた。

いいよなぁ!お前な!能天気でーーーー!!

前世のころから俺ら兄妹はこうで、俺はどちらかと言えば石橋を叩きすぎるきらいがあり、妹は逆に全速力で石橋の上を走り抜けるタイプだ。そして渡り切って、俺に「遅いよ~」と声をかける。つまり、結論までが恐ろしく早く、いつだって明解シンプルだ。


「えー、だからさ。もうそれ、キース先生でいいじゃんね。キスして嫌じゃないならその先もいけるんでない?あれ、第一接触だしさ。お兄はキス魔とかでもないし、誰とでもするわけじゃないじゃん?そんな人が大丈夫なんだから、いけんじゃない?」


ああ、今日もそうやってシンプルに答えを出すんだなぁ……お前は。

いや、うん。そうだよな、わかってるよ!わかってるけどさ!

もうちょっと人の心って機微があるじゃん?!俺は繊細なんだよ!!


「そうもいかんだろううううう……」

「お兄、変なとこは思い切りがいいのに、よくわからんところで悩むよね~。ねえねえ、その話も大事だけどさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん?」


俺は顔を上げる。


「あのさ、朝にさ勃つじゃん?」

「は?」


一瞬意味が分からずに、俺は首を傾げた。するとノエルが、


「だからさ、朝にイチモツが勃起するじゃん?」


そこ、と俺の下半身を指さす。

イチモツ……勃起……おおおおおおおお!


「お、おまえ!女子がなんちゅうことを……!」

「お兄、いまわたし、男な。でさ、前世も男なお兄にご教授願いたいんだけど……あれ、やっぱオナったほうが収まり早いの?それとも放置しとけばいいの?なんかよくわかんなくてさー。この前初めてそういう状況になったんだけど、よくわからなかったからとりあえず抜いたのね。でも朝からそれをするとなんか疲れない?で、どうすりゃいいかなーって……さすがにお父さんに聞けないし……ならお兄かな、って」

「お、おあ……」


ノエルの口からえらく赤裸々な言葉が飛び出してきて恥ずかしさのあまり、俺はまた机に突っ伏した。確かに!今は!お前も!男だけど!俺の頭の中だと、どうしても前世のイメージが強く、ノエルは真夜という思考だ。ただ、ノエルはノエルなりに困っているようで、俺の頭の上でああでもないこうでもないと述べている。

う、うう……ここは仕方がない、兄の知識を……。

顔を上げて、ノエルを見る。俺の顔lはたぶん赤いな。苦手、というか慣れてないんだよ、こういう話題……。


「……放置してりゃ、たいがいは落ち着くと思うよ……。その、勃起時間が長いなら、少し早く起きる、とか。萎えそうなこと考える、とか……」

「えええええ、そういうのが必要なのか……ねぇ、お兄は?どうしてんの?」

「うっ」


自分のことを聞かれて、俺は口ごもった。数分そうしていた俺に、お兄!とノエルが急かす。う、うううう……。


「……俺はあまり起きた時にそれないから……」

「え、そういうこともあるの?」

「ええとだ、な。夜間勃起現象っていって、そもそも夜中にそこって大きくなったり、小さくなったりしててだな……」

「すっげ。生き物じゃん。名前とか付けようかな」

「お、お前はあほか!とにかく!人によってはそれが朝まで続いて寝起きに出るのが、お前が言ってる朝勃ちで……俺は寝ている間に収まっているというか……」


最後の方の声はやや小さくなってしまったが、ノエルは納得したようで。へー、と感心の声をあげた。……これ以上は勘弁してほしいところだが、そりゃノエルは前世が女の子だし、勝手が違うよな……色々と戸惑いがあって当然だ。こういうところだよ!俺!気遣ってやらんといけないのに……。

しかし、これ以上この手の話題はここですることでもない。


「これ、俺の家で話そう……?!」

「へ?別にいいけど。私、ナイジェルに会えるし~♪」

「……なんかお前らデートとかしてるんじゃないの?」

「してる」

「お早い行動で……」

「そりゃね。サクッと動かないとね!」


お前を見習いたいわ……。



というわけで。俺の家であるデリカート侯爵家に向かうことになったわけだが。

帰りは学園内にいる取次の人に頼んで、自分の家の馬車を呼ぶために使いを出してもらう。

少し前に使いを出したので、もうすぐ到着するはずで、俺とノエルは学園の正門まえにある停車場に向かっていた。

その途中、ノエルが、


「あ!忘れ物した!先に行ってて!」


と言ったので、俺は頷きその場所まで歩いた。

辿り着くと、デリカート家の家紋が入った場所がすでに到着していた。

俺に気付いた御者が降りてきて、恭しく頭を下げる。

その顔は見たことがない顔だった。

「あれ?あなたは、初めてだよね……?」


俺が首を傾げると、その御者はまた頭を下げた。


「申し訳ございません。朝にお送りしたアルフが急病で私が参りまして……その、ご心配であれば他の御者をお呼びしますが……」


申し訳なさそうに、そう述べる。

しまったな……文句を言おうとしているように見えたのかもしれない。

俺は、頭を振った。


「あ、違うんだよ。そんなことしないでいいよ、大丈夫。よろしく頼むね」


ありがとうございます、と再度、御者は頭を下げた。

馬車の扉が開けられて、俺がその中に乗り込む途中に思い出した。

そうだ、ノエルが遅れてくる。それを伝えねば、と振り返った瞬間──……。


「……っ?!」


俺の身体に大きな衝撃が走る。

そして、急激に、意識が遠のいていく。

目を閉じる前に見たのは俺に手のひらを向けている御者の姿だ。

魔法か……と、思うと同時に俺の意識は途切れた。

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