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49.ディマスとの再会

翌朝、キースはベッドの上で静かに目を開けた。

窓から差し込む柔らかな朝日が彼の顔を照らし、いつもの優しい表情だ。


「……リアム?」


声は掠れていたが、確かに俺の名前を呼んでいた。

俺は椅子から立ち上がり、キースの元へ側寄る。


「兄様!気がついて……」


気を失ってたかちょっと怪しいが、侯爵邸に戻ってからこちらは眠っていたようにはある。

キースは少しだけ微笑むと、俺の手をそっと握った。


「……もっと、こちらに……」


するりと手が動いて俺を引き寄せる。

俺はそうされるとバランスを崩してしまい、キースの胸元に倒れこむようになった。

そこをキースに抱きしめられる。

ううううん……いつも通り、だな……。


「兄様、ええと……」

「君とノエル君が僕を助けてくれたんだね。ありがとう」


キースは器用に俺の身体を動かして、ベッドの上に乗せたてから、また抱きしめなおした。

述べられたものは感謝ではあったし、柔らかい声音で演技のようには聞こえない。

けれど、なんというか……。


「あの兄様」

「うん?」

「……兄様ですよ、ね……?その、今までと一緒で……」


俺の質問は自分でも、何を尋ねているんだか、と思わなくもない。

けれど、キースの答えを聞かずにはいられなかった。

キースは俺の顔を覗き込み、ふふ、と笑う。


「どうだろうね?でも、まあ……僕は僕でしかないと思うよ」


柔らかい声。けれど、言葉の裏に何かが隠されているような気がして、胸の奥がざわめく。

そうして俺が次の言葉を探している間に、キースは俺の唇を塞いだ。

ていよく、キスで黙らされている気がする。いや──もしかすると、本当にそうなのかもしれない。

けれど、それ以上何を尋ねても、キースはきっと答えてくれないだろう。

俺の中の違和感は拭えなかったけれど、今のところ危機もなさそうだし、これ以上追及しても仕方ない。 暁の刻も起きないと願おう。

──……まあ、いいか……。

そう自分に言い聞かせて、俺は目を伏せた。



次の日の午後、俺はレジナルドに呼び出され、王城の一室を訪れた。

今回は予めこのことはキースにも連絡済で、渋々とではあったが許可を得ている。

帰りは父同伴という約束はあったが。

部屋に入ると、そこには見覚えのある人影があった。


「……ディマス、様?」


彼は椅子に座り、少し憔悴した表情でこちらを見ていた。以前の高慢な態度は消え去り、その目には何か悟ったような光がある。


「久しぶりだな、リアム」

「え……」


俺は思わず声をあげてしまった。

以前の厭味だらけの声とは違い、その声は優しいものだった。まるで印象が違う。

レジナルドがその後ろに立って、静かに口を開く。


「ディマスは、昨夜郊外の空き家で見つかってね。幸いにも怪我などはないんだが……少々記憶が怪しいんだ」

「そうです、か……」


目の前にいる彼は以前のような敵意を感じさせなかった。

視線が合うと、少し困ったような笑みを浮かべる。


「……君には済まないことをしたと思っている。どうしてだろう……ずっと君が敵だと思い込んでいて。今ならそうでないとわかるんだが……申し訳なかった」


そう言って、ディマスは頭を下げた。王族だというのに、その態度は謙虚なものだ。

俺がレジナルドを見上げると、そちらも苦笑を浮かべている。

俺は慌てて、ディマスに手を振る。


「大丈夫ですから、頭を上げてください。僕も特に何もなかったんですから」


何もかもが許せるかと言えば、今ここでそれは即断できるものではないが、闇の力がそうせていたのだろうと思う。それが俺にだってわかるほどに、ディマスの様子は様変わりしていたのだ。もともと気が強かったり高慢なきらいがあったとしても、これが素と言うならばいつかレジナルドが言っていたように、悪い人間ではないのだろう。


「あの、闇の力はどうなったんですか………?」


遠慮がちに聞いてみると、ああ、とディマスが息を吐いた。


「あの時に、消失したようだ。……今は、もうないのだと思う。使うことが全くできないから。レジナルド、リアム……私は、国に帰ろうと思う」


ディマスは静かに言った。レジナルド先輩は一瞬驚いたようだったが、そちらも静かに頷いた。


「……そうか。君の選択を尊重する」

「……リアム」


ディマスが俺の名前を呼ぶ。


「私は……君が嫌いだった。本当に邪魔な存在だと思っていた……でも、今なら分かる。私は君に嫉妬していたんだ。君はいつも、君自身でいられた。私にはそれが、どうしてもできなかったんだ。私は君のようになりたかったのかもしれない……」


ディマスがぽつりぽつりとそう語った時、その声には弱さと痛みが滲んでいた。彼が抱えていた孤独や葛藤──それが俺にも少しだけ伝わってくる。

俺はただ、自分が生きることで精一杯だっただけで、彼がそんなに俺を意識していたなんて……想像もしていなかった。


「……今更かもしれないが、どうすれば自分の力を人のために使えるのか、それを考えながら歩いてみたいと思う。レジナルド、君にも迷惑をかけた。また……私と……いや、私がそうして少しでも変われたら、その時は話をしてもらえるだろうか?」


その言葉に、レジナルドは頷いた。


「勿論だ、ディマス。くれぐれも無理はしないでくれ」


ディマスは小さく微笑み、ありがとう、と零した。その姿には、本来彼が持っていた美しさと、どこか清々しさがあった。

そうして、ディマスの一件は解決した……でいいのだろう。

お互いに色々とあったものの、過ぎ去ってしまえば……前を向けないほどのことではない。

ディマスにも何時か幸福が訪れることを、祈ろう。

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