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エピローグ

心電図の規則正しい音が響いている。

その音に引き戻されるように、俺──真昼は目を開けた。視界に入るのは白い天井。鼻に感じる消毒液の匂いで、ここが病院だと気づく。


「……え……?」


呟くと、隣のベッドから小さな声が返ってきた。


「真昼……兄さん?」


横を見ると、妹の真夜が目を覚ましたばかりの顔でこちらを見ていた。ぼんやりとしていた表情が、すぐに驚きと安堵に変わる。


「真夜……?え、俺たち……」

「……戻って、る……?」


真夜も俺も困惑気味に呟きを落とした。

と、同時に病室の扉が開いた。入ってきたのは俺たちの両親だった。


「真昼!真夜!目を覚ましたのね……!」


母が涙を浮かべて駆け寄ってくる。

父も、普段は冷静な人なのに、今だけは感情を隠せないようで、俺たちのベッドに手を置き、何度も頷いていた。


「……ごめん、心配かけて……」


咄嗟に俺がそう言うと、母は首を振って「いいのよ、無事でさえいれば」と呟いた。その温かさが胸に染みる。

二人は改めて俺たち二人を見守るようにベッドの足元に移動する。

本当に良かった、と母はほろほろと涙を流し、父がその肩を抱いた。

……なんだか既視感があるな……?

真夜の隣に目を向けると、もう一つの椅子に座る青年の姿が目に入った。

穏やかな顔立ちのその青年は──真夜の彼氏である内藤さんだった。真夜の手をそっと握りしめ、優しく微笑んでいる。


「真夜ちゃんが目を覚まして本当に良かった」

「……内藤さん……ありがとう……後でお尻、揉ませてね……」

「真夜たん⁈」


彼の声に、真夜がほっとしたように微笑んだ……かと思えば、そんな一言で全部がぶち壊しだ。

てか、真夜たんって呼んでんのか。その光景に全員が笑ってしまった。

……あれ?これも……気のせいか……?

そんな中、再び病室の扉が開く音がした。


「意識が戻ったと聞いてね、飛んできたよ」


穏やかな声とともに入ってきたのは、一人の医師だった。白衣を纏い、優しげな笑みを浮かべた──どこかで、と俺は思う。俺は、この人を知っている。初めて会うはずなのに、何故だろう。知っている。


「鷹司先生!」


母がそう呼ぶと、彼は軽く会釈しながら俺と真夜のベッドへと近づいてきた。


「二人とも、よく頑張ったね。外傷はあるけれど、検査の結果を見ても大きな問題はない。少し休めば元気に戻れるよ」


医者としての冷静な言葉が続く。けれど、その目が俺を見つめた瞬間、彼の瞳の奥にある何かが鋭く揺らめいた気がした。


「……あなたは……」


俺が声をかけようとした瞬間、鷹司は俺が横たわるベッドへ近づき、枕元へと顔を寄せた。そして、俺にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。


「こちらでははじめまして、だね。真昼くん?……迎えに来たよ。君は僕のもの、だからね?」


その言葉が、俺の耳へと溶けるように響いた。まるで──ずっと前から決まっていた運命を告げるかのように。

胸の奥がざわつく。心臓が一瞬、跳ねるように動きを止め、冷たい汗が背中を伝う。けれど同時に、なぜか懐かしいような感覚が広がった。夢の中で何度も聞いたその声が、現実に引き寄せられるようだった。


「な、何……?」


俺が戸惑うと、鷹司は微笑みながら手を差し出してきた。その仕草にはどこか見覚えがあって、俺の中でずっと蓋をしてきた感情がふつふつと蘇ってくる。


「迎えに来た」という言葉。

「僕のもの」という言葉。


まさか、と思う。

そんなことが……?とも。

目の裏に浮かぶのはあの人の顔で、その顔は目の前にある顔と重なった。

何が起こっているんだろうか。

……正直、俺にはまだ分からない。でも、一つだけ確かなことがあった。


──愛か執着か……。色々と迷っても仕方ないんだろうなぁ……。


胸の中に広がる静かな感情を感じながら、俺は差し出された鷹司の手を見つめる。

その奥に広がる新たな未来は、これからまた始まるのだろう。

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