翌日、俺は一つ深い息を吐いていた。
──言ってしまったものは仕方がない。
「……明日、出かけよう」
確かに昨日、そう言った。
そのときのシリルの「やった」という無邪気な笑顔を思い出すたびに、どこか胸の奥がざわめく。
──ただの護衛任務の一環だ。
シリルが王都で目立たない服を買う、それだけの話。その他に意味なんてない。
……ましてや「デート」ではない。そう何度自分に昨日から言い聞かせただろうか。
今一度自分にそう言いながら、俺は朝食の席に着く。
そして、俺の隣には当然のようにシリルが座っていた。……いつものことだが。
「アレックス様、おはようございます!」
元気いっぱいの声と共に、席に飛び込んできたのはセシリア・デリカート。
シリルの妹で、まだ十三歳の少女だ。
「おはようございます、セシリア」
礼儀正しく頭を下げると、セシリアはにこりと笑った。
シリルと同じ銀色の長い髪を揺らしながら、兄の隣にちょこんと座る。
こちらはキース卿に顔の作りが似たようで、可愛いというよりは既に美しいといった方があうような面立ちだ。だが、そうはいってもまだあどけない。
「アレックス様は今日も素敵ですね!」
そう言ってくるあたり、シリルに似ている気がする。
「セシリア、朝から騒がしいぞ」
シリルが隣で軽く睨むが、セシリアはまったく気にしていない。
セシリアがいるとシリルは年長ぶるので俺といるときよりやや大人しめだ。
「いいじゃないですか。アレックス様と一緒にいるのが楽しいんです」
セシリアがあっけらかんとした表情で口にする。
「だからといって、はしゃぎすぎるな」
「それ、お兄様に言われたくないなぁ」
「なんだと?」
「ふふ、セシリアの言う通りかもね」
「母上まで……」
シリルが苦々しく呟くが、セシリアは楽しそうに笑うだけだった。
「お兄様、最近アレックス様にずっとくっついてるもんね」
「それは、アレックス様は護衛だし……近くて当たり前だろう?」
「でも、お兄様。護衛と言っても距離が近すぎません?」
セシリアがパンをかじりながら、わざとらしく目を細めた。
「……それは、そう。アレックス様が優しいからで」
「ふーん」
「……何だその目は」
「何でも?まあ、お兄様は器用そうなわりに不器用ですから。今日のおでかけ、楽しんでくださいね?」
シリルが顔を赤らめ、何かを言い返そうとしたが、その瞬間キース卿が静かに口を開いた。
「シリル、君もほどほどにね」
「ち、父上まで……」
穏やかな声だが、妙な圧を感じる。
シリルは素直に頷いたものの、俺は密かに内心でため息をついていた。
──デリカート家で一番油断ならないのは、もしかしてこの妹なのでは。
セシリアは兄をからかうのが楽しくて仕方がない様子だった。
そこに、リアムが紅茶を優雅にすすりながら口を挟んだ。
「ふふ、アレックス様。どうぞ楽しんでくださいね」
「……はい」
表面上は冷静を装ったが、リアムの言葉には「頑張って」という親の視線が含まれている気がしてならない。
そっと視線を外すと、キース卿が何も言わずに紅茶を飲んでいた。
──いや、待て。何も言わないほうが怖いんだが。
「本当に、ほどほどにね」
「……何がです?」
「何が、か。まあ、君の良識にゆだねるしかないかな。僕もあまり言えたものじゃないからね」
と言ったもののその言葉には、わからないはずがない、という声が含まれていた気がした。
色々と複雑な気持ちがせりあがってくるのを感じながら、俺は緩く息を吐いた。