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3-2

朝食を終えた俺たちは王都の商業区にいた。

キース卿から直々の許可が出ている以上、護衛の一環としての外出は問題ない。

とはいえ、シリルの銀髪は目立つので、そこだけは魔法で髪色を変えさせている。


──問題は、その護衛対象が妙に楽しそうなことだ。


「これ、どうですか?」


シリルが差し出したのは、シンプルなシャツだった。


「悪くない」

「あ、じゃあこれも」

「いや、そうやって手当たり次第に選ぶな」

「でも、アレックス様が見立ててくれるなら何でも着ますよ?」


──本当に、こいつは悪びれない。


「アレックス様、これも似合いますかね?」

「はぁ……どれでもいい」

「それ、選ぶ気ないですよね?」


わざとらしくシリルが唇を尖らせる。

そういう仕草が妙にリアムに似ているのが困る。

リアムは……俺の初恋のような相手だ。

それは淡いもので気が付けば、キース卿と一緒になっていたが。

ただ、それを恨んではいない。リアムが倖せならそれはそれでいいことだと俺は思っている。

しかし、シリルには困ったもので……。


「どれでも似合うという意味だ」

「じゃあ、アレックス様の好みで選んでください」

「……な」

「どれでも似合うなら、アレックス様の見立てもきっと似合うでしょう?」


……完全に逃げ道を塞がれた。


「お、俺に好みはない」

「うそです」


きっぱり断言されて、返す言葉をなくす。

シリルは楽し気に俺を見ていた。

その視線がやたらとまぶしく感じて、溜息を吐く。


──理性が試される日になりそうだ。



買い物を終え、昼になった頃。

俺たちは王都の外れにある静かなレストランに着いていた。

そこは騎士団がよく使う場所で、格式張ってはいないが、気心が知れた場所でもある。

一度連れて行ってほしい、とシリルが言っていたので、そこにしたのだ。


「アレックス様、座ってください」


シリルが当然のように自分の隣を指す。


「並んで座ってはおかしいだろう?俺は向かいに座る」

「隣のほうが話しやすいですよ?」


軽く困惑する俺を見て、シリルがくすくすと笑う。


「ふふ。冗談ですよ。ちゃんと向かいに座ります」


その目が少しだけ意地悪そうに細められていたのを見逃さなかった。

俺が黙って席に着くと、シリルは静かにメニューを広げた。


「アレックス様はお肉派ですか?それとも魚派?」

「どちらでもいい」

「それ、さっきから多くないですか?」


……確かに同じことを何度も言っている気がする。


「好き嫌いがないのは知っているだろう?……お前が決めろ」

「じゃあ……アレックス様が食べやすそうなものを」


そう言ってシリルが勝手に注文を決める。

それは確かにこの店で俺がよく頼むものだ。


──しっかりと掴まれている気がするな……。


「なんか、こうしてると普通にデートですね?」


注文が済み、静かになった中でシリルが自然にそう口にした。


「……デートではなく護衛任務だ」

「え、これ護衛だったんですか?」

「当然だろう?」


さらりと受け流したつもりだったが、シリルは頬杖をついて微笑んだ。


「護衛でもいいですよ。アレックス様がいるなら」


笑顔を向けられると、どうにも返す言葉がない。


──次からは誰か他の者を護衛につけさせようか。いや、でも俺が守らねば……。


そんな二律背反なことを考え始めた自分に、思わず苦笑した。

離れたいのに離れたくない。まったくもって俺も度し難い。


「アレックス様?」

「なんでもない」


昼食を終え、帰路につくころにはすでに日が傾き始めていた。

シリルは特に疲れた様子もなく、帰り道で俺の袖を軽く引いた。


「アレックス様」

「なんだ?」


シリルが指さした先には、小高い丘があった。

王都の外れにあるその丘は、夕暮れ時に街を一望できる絶景スポットとして知られている。


「少しだけ寄り道しませんか?」

「……もう帰る時間だ」

「まだ日が沈む前ですよ?少しだけですから。……ね?」


そう言って、シリルは悪戯っぽく微笑む。


「わかった。少しだけだ」


俺はため息をつきつつ、シリルに付き合うことにした。

二人で足並みをそろえて丘を登る。

丘の上は心地よい風が吹き抜け、空はオレンジ色に染まっていた。

眼下には王都の街並みが広がり、建物の影が長く伸びている。


シリルは静かに景色を眺めながら立ち止まった。

普段の無邪気な様子は影を潜め、どこか落ち着いた横顔だった。


「王都って綺麗ですね」

「そうだな」


風が髪を揺らし、シリルの髪が夕陽に照らされてきらきらと輝いており、その様がなんとも美しかった。


──本当にリアムによく似ている。


けれど、シリルはリアムとは違う。

困ったことに、俺の中で、護衛としての意識だけでは片付けられない感情が、少しずつ膨らみ始めていた。


「アレックス様」

「ん?」


不意に名前を呼ばれ、振り向いた瞬間だった。

シリルが静かに俺の襟元を掴んで、そっと背伸びをするように近づいてきた。

唇に触れる、柔らかな感触。

一瞬、時間が止まったように感じた。

風が吹き抜け、遠くで鳥の鳴く声が響く。


「……」


シリルが、ゆっくりと顔を離す。


「不意打ち……成功ですね」


そう言って、シリルは少しだけ得意げに笑んだ。

俺は言葉を失ったまま、ただシリルを見つめ返すしかなかった。


「アレックス様、驚きました?」

「……何をしている」


なんとか声を絞り出すが、自分でも驚くほど情けなく声が掠れていた。


「キスですけど」

「俺はお前の恋人ではなく護衛官だぞ……」

「じゃあ、恋人に格上げでいいですよ」


シリルは迷いなくそう言い切った。


「いつか、アレックス様にちゃんと見てもらいたいって思ってました。僕のこと」


俺の胸元を軽く掴む手が、少しだけ震えていることに気づく。


「……もう、帰るぞ」

「アレックス様」


シリルが俺の袖をまた引く。


「……なんだ」


立ち止まると、シリルがすっと近づいてきた。


「今日、楽しかったです」

「買い物に付き合っただけだ……」


「それが嬉しいんですよ」


見上げてくる瞳は、まっすぐで揺るぎない。

護衛対象の瞳に、こんなにも動揺させられるとは思ってもいなかった。


──まずいな。

このままでは、護衛としての境界線が曖昧になる。


「……次は行かないからな」


「それは無理ですよ。きっとアレックス様は付き合ってくれますよ」


シリルが微笑んで、もう一度袖を引く。

その手を振り払えない自分がいることに、俺は気づかないふりをするしかなかった。

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