屋敷へ向かう帰り道は、妙に静かだった。
シリルは口を開かず、俺もまた何を言えばいいかわからないまま、無言で歩いていた。
先ほどのキスが、まだ唇に残っている気がする。
俺は昔からの知り合いで、今は護衛として傍にいて……。
ただのからかいだろう。
そう思い込もうとするが、シリルの真剣な目が頭から離れない。
──まずいな。これは、まずい。
「アレックス様?」
不意に呼ばれ、俺は少しだけ肩を揺らした。
「……なんだ?」
「どうかしたんですか?気難しい顔をして」
シリルは変わらず笑顔を浮かべている。
お前のせいだ、といっそのこと言ってやりたかったが大人の矜持としてそうもいかず、俺はなんでもない、と首を振った。
シリルは冷静で、そうですか?と返す。
──そうだ、俺をからかったに違いない。
しかし、ふとした瞬間に彼が見せる鋭い視線が、俺を縛り付ける。
もう、子供じゃない。
そんな当たり前のことを、改めて突きつけられた気がした。
※
屋敷に戻ると、セシリアがすぐに迎えにきた。
「おかえりなさい、お兄様、アレックス様」
「ただいま。セシリアにも可愛い髪飾りを買ってきたよ」
シリルが軽く微笑むと、セシリアはじっと兄の顔を見つめた。
「わ、嬉しい!お兄様、そういうの選ぶの上手いから。それにしても……何かいいことあった?」
「……別に?」
シリルがそっけなく答えるが、セシリアはじっとアレックスを見上げる。
「アレックス様も、なんだか様子が変ですよ?」
「……気のせいだ」
「ふーん……」
セシリアは首をかしげながら、何かを察した様子でうなずく。
「お兄様、アレックス様を困らせすぎちゃダメですよ?あと嫁ぐときはバーン!とどうぞ。私がデリカート家を守りますからご心配なく」
「セシリア!」
「だって、お兄様がデートって言ってたのに、全然報告してくれないんだもの。つまんない」
シリルが少しだけ頬を赤くして、セシリアを睨むが、妹は気にする素振りもない。
俺の時のシリルと一緒だ。……セシリアの方がやや上手な気もするが……。
「じゃあ、私はお母様と紅茶飲んできますね!」
そう言って、セシリアは駆けていく。
「相変わらずだな」
「まあ……僕の妹ですからね」
シリルが肩をすくめて微笑む姿を見て、俺は再び胸の奥にざわめきを感じた。
──気付いてはいけない扉が少しずつ開いている気がする。