目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

100 ぬりかべ令嬢、光に導かれる。

 真っ暗で何も見えず、暗い沼の底で漂っている様に身体の感覚がない。

 五感全てが失われたような、完全な闇が無限に広がっている何もない空間で、私の意識だけが存在している様だった。


 ──私は死んだのかな?


 罪人が死んで行き着く先は、灼熱の責め苦を受けるとされる世界だったり、永遠に閉じ込められる氷の地獄だと聞いた事があるけれど、私がいる此処はそれよりももっと重い罪を犯した亡者が堕ちる虚無の世界だ。


 ──私はここで永遠に囚われたままなの?


 濃くて深い闇の中に一人残されたような、途方もない孤独感に胸が押しつぶされる。

 もう誰にも逢えず、たった一人でこの世界に存在し続けなければいけないのかと思うと、恐怖と絶望に心が押し潰されそうになる。


 ──ハル……!


 やっとハルと再会出来たのに、まだ私はハルに何も伝えられていない。

 約束だってまだ果たしていない。ハルの指輪だって返せていないのに……!


 ──ハル、助けて……!!


 届くはずが無いと解っていても、ハルに助けを求めてしまう。身体があるかもわからないのに、声なんて出るはずも無く。


 ──ハル……


 闇の中、ハルを思う事でしか自我が保てなくなって来た。

 私の意識はこのまま闇に溶けて、私という存在は消失するのだろうか。

 ならば最後までハルを想って消えていきたい。


 どうかハルが幸せでありますように──


 ハルの幸せを願うと、身体があった時の感覚で言う胸の辺りに、何かを感じた。


 ──これは何?


 確かに胸の辺りに何かを感じるのに、それが何処にあるのかがわからない。

 それは、すぐ近いはずなのに、とてつもなく遠い場所にあるような、そんな不思議な感覚だった。


 私はその「何か」を求めて闇の中を彷徨うけれど、まるで天空の太陽を追いかけているかの様で、全く手が届かない。

 この闇の中では距離と空間の定義が私のいた世界と違うのかもしれない。もうどれだけ彷徨ったのか、どれだけ時間が経ったのかもわからない。


 ──ハル……


 闇に閉じ込められたまま、永遠にハルに逢えないんだと思うと、心が絶望に染まりそうになる。

 でも心が絶望に染まる寸前で、私はふとお母様の言葉を思い出した。


『──ミア、よく聞いてね。これから先、あなたにとって、とてもつらい事が起こるの……でも絶対絶望しちゃダメよ。さらに未来、あなたはとても素敵な人と出会えるわ……だからそれまで辛いだろうけど、一生懸命生きてちょうだい──お母様最後のお願いよ』


 ──お母様……!


 そうだ、お母様とも約束したんだった! どうして今まで忘れていたんだろう。


 お母様の言葉を聞いた時、「とてもつらい事」と言うのはてっきりお母様が亡くなった後の事だと思っていたけれど、本当は今のこの状況の事だったんだと気付く。


 お母様との約束を思い出したら心に希望が湧いてきた。諦めなければきっと、ここから脱出できる方法が見つかるはず……!


 ──ハル! 約束は必ず守るから、必ず会いに行くから、待っててね──!


 ハルの事を想うと、さっき感じた「何か」が、更に強くなって感じられた。


 ──この「何か」はハルと関係があるのかな……?


 私がそう思うと、今まで闇しか無かった空間にぼうっと光る線のようなものが現れた。


 ──な、何これ!?


 ぼうっと光っていた線が、段々輪郭をはっきりさせてくると、それはとても見覚えのあるものだという事がわかった。


 ──これは……!! お母様の首飾り……!?


 いつも肌身離さず付けていたお母様の首飾りが、見えなくなるずっと先まで伸びていた。

 闇の中で白金に煌く様は、まるで優しい月明かりのよう。


 私は迷うこと無く首飾りの光を辿っていく。

 もしかして、この首飾りの先にあるのはハルの指輪なのかな……?


 身体や距離とか、時間の感覚は無いけれど、この光を辿るつもりで意識していく。自分でも不思議だけれど、そうすればきっとここから脱出出来るんだ、と言う確信があった。


 優しい光の線を見ると、お母様は亡くなっても私を導いてくれている──暗闇から私を救ってくれようとしてくれる──そんな深い愛を感じて、私の心は喜びに満たされる。


 しばらくすると、遠い光の線の先に虹色の光が見えた。

 よく見るとそれは、虹色の光輪が太陽のような光の周りを回転している光景だった。その様子に以前、ディルクさんに頼まれて作ったお守りを思い出す。

 私はあの時のお守りが発生させた現象と、目の前の光景が良く似ているのに気が付いた。


 ──────ミア……!!


 太陽のようだと思った光から、かすかにハルの声が聞こえた。


 ──ハルっ!! ハルがこの先にいる!!


 まだまだ遠く離れているけれど、あの光を目指せばそこにハルがいる!


 ──ミア……ミア!!


 ハルの声がどんどん大きくなっていく。私の心がどんどん逸ってくる。


 そして永遠のような一瞬の後、私は光の元に辿り着く。

 まるでゲートの様な虹の光輪をくぐり、迷うこと無く一気に光の中へ飛び込んだ。


 飛び込んでみたら、今度は光の洪水の中で、何処へ行けばいいのか全くわからない。

 すぐにハルと会えると思ったのに、どうすれば……!


「──ハルっ……!!」


 思わずハルの名前を呼ぶと、今度はちゃんと声になっているのに気が付いた。すると、私の意識が凄い勢いで引っ張られて行く。

 私がその感覚に驚いていると、失くなったと思っていた五感が次々と戻ってきて、バラバラだった神経が繋がっていくのが分かった。


 まるで途轍もなく巨大な力で、身体を再構築されているかの様だ。治癒の魔法とか、そんなものとは比べ物にならない奇跡の力──。


 ──そして不思議な力で身体を癒やされた私は、深い眠りから目を覚ましたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?