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閑話 闇からの解放(マリカ視点)


 意識がホワイトアウトしたけれど、時間にすればほんの一瞬だったようで、私はディルクに抱きしめられたままだった。




 ──ああ、天国はホンマにあったんや……!!




 意識が飛んだおかげで、鼻血の心配が無くなった私はディルク不足を補おうと、もう一度ディルクの香りを吸い込んでいたら、ディルクの後ろの方から瓦礫が崩れる音と、人の気配がした。




 まさか、伯爵が……!?




 思わずディルクの服を強く握りしめて警戒していると、ディルクが優しく背中をポンポンしてくれた。


 ……何だかディルクの包容力が半端ない……好き!




 そうっと向こうを窺うと、灰色の長い髪を三つ編みにして、眼鏡をかけた綺麗な男の人が立っていた。


 ……どことなく、エルフの雰囲気に似ている……?




 そこで私はこの人がハルの部下か、と思い出し、ディルクと一緒にその人の元へ向かうと、ハルからの伝言を伝えた。




「私はマリカ。……です。ランベルト商会で魔道具師をしている者、です。ハ……レオンハルト殿下から、事情説明するように頼まれました、です」




 普通に挨拶しようとしてふと気が付いた。この人がハルの部下……と言うことは、間違いなく貴族……!?


 ……あれっ!? ハルなんて皇太子でもっと立場は上のはずなのに、私、敬語すら使わなかったよね……?




 どどど、どうしよう……! 下手すると不敬罪!? 


 敬語に慣れていないから、部下の人には変な言葉遣いになってしまったし……!




 脳内でパニックを起こしていたけれど、部下の人は気にした様子も無く、ふっと表情を和らげた。




「それはそれは。わざわざ有難うございます。私はマリウス・ハルツハイムと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね、マリカさん」




 ……何となく含みのある言い方だったけど、気分を害していないようで安心した。




 それから私は今までの経緯を話し、伯爵たちの悪行を洗いざらいぶちまけた。




「この屋敷にいる貴族はアードラー伯爵の協力者。全員捕まえて欲しい」




「なるほど、わかりました。……となると、ナゼール王国の王宮と至急連絡を取る必要がありますね」




 後は……と言うところで気がついた。エフィムだ! アイツも一緒に捕まえてもらわなきゃ!




 すっかり存在を忘れていて、まさか逃げてやしないだろうな! と探していると、真っ赤な何かを目の端に捉えた。




 ハッとしてそこへ視線を向けると、真っ赤な何かは血溜まりで、そこに倒れているエフィムを見つけて息を呑む。




 ──この血の量は……!




 腕を失った後、止血出来なかったのかエフィムの身体から大半の血が流れ出したのだろう。


 案の定、エフィムは虫の息で、間もなくその寿命は尽きようとしていた。




「エフィム」




 ……自分でもどうして声を掛けたのかわからない。確かにさっきまで、とても腹を立てていて、絶対百倍返ししてやると思っていた相手なのに。




 でも、それでも……。




 エフィムが薄っすらと目を開ける。しかし、もう目は虚ろで、私の顔も見えているのかわからない。




「……マ、リカ……」




 私の名を呼ぶ声はとても弱々しくて。




「私は貴方とは行けない。研究がどうとかでは無く、私がディルクと一緒にいたいから」




 だから、私は最後に自分の正直な気持を伝えようと思った。




「……そう、か……」




「だから、ごめんなさい。誘ってくれてありがとう」




 貴方を選べなくてごめんなさい。




「……とても……残念だけど……仕方無い、ね……」




 エフィムは残念そうに、ふっと苦笑いを浮かべる。




「貴方はとても良い研究者。偉そうなだけはある」




 この歳であれだけの知識を持っているなんて、本当に優秀なんだ、と思った。




「……ふふ……ありがとう……」




 もう呼吸するのも辛いだろうに、そんな嬉しそうな顔をして。




「貴方が研究者として頑張っていたら……きっと私達は良いライバルになっていた」




 だから、本当に残念でたまらない。




「……うん……」




「内容はアレだけど、貴方とした術式の話は面白かった」




 これは私の、嘘偽りのない本心だ。




「……本当……? 嬉しい、な……」




 エフィムは薄っすらと目を開けて、淡く儚く微笑んだ。




「ただ貴方は……選択を間違った」




 己の欲に囚われなければ……伯爵に唆され、闇と同調する事もなかったのに。




「…………うん……」




「私は術式の事で、人と話したことが無かったから……正直、楽しかった」




 ──心から、楽しいと思った。本当はもう少し、話してみたかった……なんて。




「……ああ、そうか……僕が……道を、間違わなかったら……もし、僕が…………ああ、彼女達にも……酷い、事を……」




 エフィムは懺悔するかのように、途切れ途切れに呟くと、その瞳から一筋の涙を流した。




「…………怖い、思いをさせて……ごめんね、マリカ……」




 そして、私への謝罪の言葉を最後に、エフィムは二度と動かなくなった。




 ──本当に、馬鹿な男だ。私なんかに執着しなければ、これからいくらでも才能を伸ばす事が出来たのに……。




 動かなくなったエフィムを見て、何故か私の涙は止まること無く流れ続けた。




 そんな俯いたままの私を、ディルクがそっと抱きしめてくれる。




 ──ディルクの温もりに包まれながら、私はこの人から離れたくない、この人を失いたくないと、強く思った。



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