思い返せば私はこの一年間、無駄なことしかしなかったな。でも、無駄なことしかしなかったからこそ、この一年がとても
「はぁ。そういえば、もうちょっとしたら中学も卒業なんだよねぇ……」
もう少ししたら、私たちが卒業して、四月から始まる高校生活に不安を感じる時期になったら、桜が咲くだろう。桜は必ず実るのだから。実った桜が、ヒラヒラと宙を舞い、散りゆく。桜は散ったあと、どうなるだろうか。ただ、そのまま地面に落ちるだけなのか。
地に落ちた桜は、風が舞ったらどこかに飛んでゆくとか。それとも、誰かが掃除をして、ゴミと一緒に捨てられてしまうのか。
ここから更にもう少し進めば、国道一号線に抜ける。交差点付近にある、赤い大きな鳥居を抜ければ、もうすぐだ。
高く立ち並ぶ松の木が、ここから鳥居の道までずうっと続いていて、この光景はいつ見ても壮観だ。もしもこの松の木が、満開の桜だったら、そしたらきっと、今よりももっと綺麗な景色が広がりそうだ。
「卒業ってやっぱり、さみしいものなの?」
「ううん、さみしくなんかないよ。四月から
念を押すように、隣を歩くしず子に問う。
「あたしは別に寂しくなんかねーよ。でも、きっとあまね辺りは寂しがるだろうな。あたしたちが卒業しちゃったら」
しず子は、私の問いかけにぶっきらぼう気味に答えた。それから少し息を吸うと、わざとらしくため息をついて言う。
「
言い終えたところで、ふう。としず子は一息つく。はあ、と私はため息をついた。ほぼ同時だった。しず子は言いたいことを言えたようで、少し満足そうだった。
「何言ってるか、意味わかんない」
花恋が横槍を入れてきた。
「おいおい、ちょっと花恋〜! 水を差すなよ。今ちょっといい事言ったんだよ」
「まあた、偉そうなこと言って。しず子が泣け! ま、仮に泣いても、励ましてやんないけどね!」
「おまえ、生意気だな。それもまた、おまえの親友の男女の入れ知恵か? おまえみたいな生意気なやつには……」
しず子の両手の人差し指が私の口の中に突っ込まれ、そのまま頬を広げられていく。『ソウ』(一緒に見たよね、とても怖かったよね)というサイコスリラー映画に出てくる、口に取り付けられる拷問器具。このままこんなことをしていたら、しず子の指は汚れそうだし、私の口は裂けちゃうかもしれないと、お互いにとっていいことなど一つもない。
「はががががが……」
私の口を引き裂こうとしながら、しず子は花恋の方へ顔を向けて問いかける。
「そういや、花恋はどうなんだよ? おまえの学校、中高一貫のエスカレーター校とはいえ、違う高校進学するってやつもいんだろ。そういうやつと離れるの、寂しくねえの?」
「仲のいい子たちは、高校に進学してもみんなそのままだし」
花恋の仲のいい子たち。私の書いた小説を読んでくれたグラムダルクリッチとか呼ばれてたあの子とか、不登校だったっていうあの子のことかな。
「なんか煮え切らないな」
「そうなのかも」
「うーん、はっきりしねえなあ」
「はっきりしないのかも」
「そういう空返事はやめとけ。あたし、傷ついちゃうぞ」
「ががががが……」
「おまえもいつまでやってんだよ。もうプロトラクターやってねえだろうがよっ」
なるほど、しず子は私が想像してた拷問器具の方ではなく『チャーリーとチョコレート工場』(この映画も一緒に見たよね。ところどころで不気味だったよね)の少年時代のウィリーが装着していた歯列矯正の方を想像してたらしい。私としず子の間で想像力の相違があったようだ。
「で、どーなの?」
「どーなのってなにが」
「いや、あのノート持ってきたかって聞こうと思ってたんだけど」
「あーあれね。うん、確かに持ってきてるけど。まさか今から新しいの書くの? いままでみんなでやってきたんだし、ちゃんとみんなにも、訊いてからにした方がよくない?」
肩にかけたお気に入りのウエストポーチから一冊の青いノートを取り出す。
「大丈夫だよ」
花恋は一息飲み込む。私たちは花恋の次の言葉を待った。
「『
「あー! 待って! それって、確かガリバーがフウイヌムに行った時の話のセリフだったっけ?」
「うん。そうだったね」
「花恋が貸してくれたあの本、長すぎて読むの大変だったよ」
「なになに? 何の話? おまえらさ、あたしがついていけねー話すんなよな」
私は花恋と顔を見合わせ笑いあった。花恋は相変わらずのぎこちない顔で笑っている。
広げたこのノートは限定品とか、値段が高い物では決してない。文房具屋で普通に売ってるような、なんの代わり映えもしないノート。三人でノートを広げた。