煌星は、魏嬪と柳蘭からの報告を聞くと、すぐに景翊と目を合わせた。
「……その酒蔵管理の元女官、今どこにいるか分かる?」
柳蘭が少し眉を寄せる。
「それが……急に辞めたとは言われておりますが、本当に辞めたのかどうか、誰もはっきりとは知らぬようで」
煌星の背筋に冷たいものが走る。
("辞めた"んじゃなくて、"消された"可能性……?)
「最後に目撃されたのは?」
魏嬪が、すっと扇を動かしながら答えた。
「昨日の朝ですわ。彼女の身の回りのものは片付けられておりましたが、"本人が持ち出した形跡はない"とのこと」
「……つまり、誰かが意図的に片付けたってことか」
景翊が腕を組む。
「なら、まずはその女官の部屋を調べるのが先だな」
煌星は即座に頷いた。
(まだ何か残ってるかもしれない……)
煌星たちは、すぐに元女官の部屋へ向かった。
特に何の変哲もない簡素な扉。それを開けて足を踏み入れる。
そこはすでにほとんど片付いていたが――
(……香りは、まだ消えていない)
煌星はそっと鼻をひくつかせた。
室内に染みついた、微かな甘さと刺激的な香り。
「……番紅花の香りがする」
魏嬪が、小さく息を呑む。
「それは……例の酒の成分と同じですか?」
「うん。しかも、これは酒から移った香りじゃなくて、もともと彼女が使っていたもの……生薬としてじゃないかな?女性なら血の道なんかに有用だから」
煌星は慎重に部屋を見回す。
すると、柳蘭が部屋の隅に何かを見つけた。
「……これ」
彼女が拾い上げたのは、小さな紙片だった。
端がわずかに焦げている。
煌星がそっと受け取り、視線を落とす。
「華豊楼……?」
魏嬪が目を細める。
「宮外の妓楼ですわね」
「妓楼……?」
煌星は、少し驚く。
「どうして酒蔵管理の女官が、妓楼と関わりが?」
魏嬪は、扇を閉じ、静かに呟いた。
「やはり、後宮の外と繋がっている者がいるようですわね」
煌星は、紙片をじっと見つめながら、確信する。
「華豊楼に行けば、何か分かるかもしれない。行ってみよう」
「まあ、仕方ない。じゃあ、早速準備だな」
景翊が、煌星の言葉に頷いた。
※
煌星は、薄暗い部屋の中で己の姿を見下ろす。
手には、景翊から渡された黒地の布衣。
袖口には装飾が施されており、そこそこ良い家の若様風な雰囲気を醸し出している。
(……で、僕のは?)
目の前にあるのは、極めて質素な灰色の服。
装飾どころか、布の質も普通の麻。
(これ、どう見ても"付き人"の服なんだが!?)
「なんで僕が付き人?」
「お前、顔が目立つ」
「はぁ⁈」
景翊は、すでに「若様」らしい衣を身に纏いながら、当たり前のように答えた。
髪もきっちりと纏め、髷を結い、帯には短刀まで差している。
(……妙に似合ってるのがまた腹立つ)
煌星は、悶々としながらも仕方なく服を着替えた。
どう見ても付き人である。
せめてもの抵抗として、適当に帯を締め直し、景翊を睨む。
「じゃあ、"若様"。しっかりと立ち振る舞ってもらわないと困りますね?」
「当然だろう?」
景翊は、余裕たっぷりに微笑む。
(……こいつ、絶対楽しんでるだろ)
煌星は、半ばヤケになりながら髪を束ね、顔に黒布を巻いた。
これで目立たないはずだ。
柳蘭も魏嬪も、二人の変装をじっと見守っていたが――
「貴妃様、まことに申し上げにくいのですが……」
「……何?」
「どう見ても、護衛ではなく"お小姓"に見えますわ」
魏嬪の冷静な指摘に、煌星は思わず固まる。
「……は?」
その横で、景翊が肩を震わせた。
「はははっ、確かに……これは、"お付き"ではなく"寵愛されている少年"のようだな」
「おい!!!!!」
煌星は、景翊の肩を掴んで揺さぶった。
「いいから、行くぞ!!!」
「ははっ、わかったわかった」
二人のやり取りを見ながら、魏嬪と柳蘭は静かに微笑んだ。
(さて……何が出てくるのやら)
そう思いながら、煌星たちは妓楼・華豊楼へと向かうのだった。