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二十、手掛かりを探して

煌星は、魏嬪と柳蘭からの報告を聞くと、すぐに景翊と目を合わせた。


「……その酒蔵管理の元女官、今どこにいるか分かる?」


柳蘭が少し眉を寄せる。


「それが……急に辞めたとは言われておりますが、本当に辞めたのかどうか、誰もはっきりとは知らぬようで」


煌星の背筋に冷たいものが走る。


("辞めた"んじゃなくて、"消された"可能性……?)


「最後に目撃されたのは?」


魏嬪が、すっと扇を動かしながら答えた。


「昨日の朝ですわ。彼女の身の回りのものは片付けられておりましたが、"本人が持ち出した形跡はない"とのこと」

「……つまり、誰かが意図的に片付けたってことか」


景翊が腕を組む。


「なら、まずはその女官の部屋を調べるのが先だな」


煌星は即座に頷いた。


(まだ何か残ってるかもしれない……)


煌星たちは、すぐに元女官の部屋へ向かった。

特に何の変哲もない簡素な扉。それを開けて足を踏み入れる。

そこはすでにほとんど片付いていたが――


(……香りは、まだ消えていない)


煌星はそっと鼻をひくつかせた。

室内に染みついた、微かな甘さと刺激的な香り。


「……番紅花の香りがする」


魏嬪が、小さく息を呑む。


「それは……例の酒の成分と同じですか?」

「うん。しかも、これは酒から移った香りじゃなくて、もともと彼女が使っていたもの……生薬としてじゃないかな?女性なら血の道なんかに有用だから」

煌星は慎重に部屋を見回す。

すると、柳蘭が部屋の隅に何かを見つけた。


「……これ」


彼女が拾い上げたのは、小さな紙片だった。

端がわずかに焦げている。

煌星がそっと受け取り、視線を落とす。


「華豊楼……?」


魏嬪が目を細める。


「宮外の妓楼ですわね」

「妓楼……?」


煌星は、少し驚く。


「どうして酒蔵管理の女官が、妓楼と関わりが?」


魏嬪は、扇を閉じ、静かに呟いた。


「やはり、後宮の外と繋がっている者がいるようですわね」


煌星は、紙片をじっと見つめながら、確信する。


「華豊楼に行けば、何か分かるかもしれない。行ってみよう」

「まあ、仕方ない。じゃあ、早速準備だな」


景翊が、煌星の言葉に頷いた。



煌星は、薄暗い部屋の中で己の姿を見下ろす。

手には、景翊から渡された黒地の布衣。

袖口には装飾が施されており、そこそこ良い家の若様風な雰囲気を醸し出している。


(……で、僕のは?)


目の前にあるのは、極めて質素な灰色の服。

装飾どころか、布の質も普通の麻。


(これ、どう見ても"付き人"の服なんだが!?)


「なんで僕が付き人?」

「お前、顔が目立つ」

「はぁ⁈」


景翊は、すでに「若様」らしい衣を身に纏いながら、当たり前のように答えた。

髪もきっちりと纏め、髷を結い、帯には短刀まで差している。


(……妙に似合ってるのがまた腹立つ)


煌星は、悶々としながらも仕方なく服を着替えた。

どう見ても付き人である。

せめてもの抵抗として、適当に帯を締め直し、景翊を睨む。


「じゃあ、"若様"。しっかりと立ち振る舞ってもらわないと困りますね?」

「当然だろう?」


景翊は、余裕たっぷりに微笑む。


(……こいつ、絶対楽しんでるだろ)


煌星は、半ばヤケになりながら髪を束ね、顔に黒布を巻いた。

これで目立たないはずだ。

柳蘭も魏嬪も、二人の変装をじっと見守っていたが――


「貴妃様、まことに申し上げにくいのですが……」

「……何?」

「どう見ても、護衛ではなく"お小姓"に見えますわ」


魏嬪の冷静な指摘に、煌星は思わず固まる。


「……は?」


その横で、景翊が肩を震わせた。


「はははっ、確かに……これは、"お付き"ではなく"寵愛されている少年"のようだな」

「おい!!!!!」


煌星は、景翊の肩を掴んで揺さぶった。


「いいから、行くぞ!!!」

「ははっ、わかったわかった」


二人のやり取りを見ながら、魏嬪と柳蘭は静かに微笑んだ。


(さて……何が出てくるのやら)


そう思いながら、煌星たちは妓楼・華豊楼へと向かうのだった。

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