ムサシマルがそう言いかけた時、二人の女性が店に入って来た。
一人は金髪を編み込み、後ろでまとめている小柄な少女。
金色の大きな瞳、スッと伸びた高い鼻、柔らかそうなピンクの唇。
アイドルのような美少女。
ただし、その可愛らしい顔は不機嫌そうに歪んでいた。
もう一人は金髪の少女より頭一つ背が高い活発そうな顔。
短髪赤毛でグリーンの瞳を細めて明るい笑顔を見せていた。
「リタ殿! こっちじゃ」
俺にしたように、二人の女性に手を振るムサシマル。
女性たちはムサシマルに気がつき、こちらに近づいて来た。美少女は不機嫌な顔のままで。
「竜ヶ
「りょうがみねきよと?」
赤毛の女性は俺の名前を呼んだ。
「呼びづらいですよね。キヨと呼んでください」
「ありがとう。キヨ。私はリタ。覚えているか分からないけど、嫁取りの儀の見届け人をしていたのよ」
リタは人懐っこそうな笑顔で握手をしながらそう言い、不機嫌そうな美少女を俺に紹介してくれた。
「こっちが私の親友で、あなたの嫁のレイティアよ」
「ちょっと待って、リタ! あんなの無効よ。だいたい、あの嫁取りの儀の相手は、そこのムサシマルでしょう!」
状況がさっぱりわからない。ムサシマルと金髪美少女、レイティアが嫁取りの儀をして、そのレイティアが俺の嫁?
混乱のため俺が黙っているとムサシマルが助け舟を出してくれた。
「まあまあ、落ち着くのじゃ。どうやらキヨの記憶が混乱してるらしいぞ」
ムサシマルは俺が自分と同じ異世界人と言うことは、とりあえず黙っていてくれるらしい。
俺はムサシマルの話に乗っかることにした。
「すみません。なんか自分が混乱してるみたいで。申し訳ないですが、事の顛末を説明してもらえないでしょうか?」
「え! 大丈夫? 私とぶつかった時、頭打ったのかな?」
不機嫌そうな顔が一転心配そうな顔になる。
なにこれ可愛い!
俺のおでこに手を当てて顔を近づけてくる。
近い、近い! なにドキドキしてるんだ俺?
「まあ、儂の方から順を追って説明しよう」
レイティア達の食事が運ばれる間に、俺の疑問に答えてムサシマルが説明してくれた内容はこうだ。
ムサシマルがレイティアに嫁取りの儀を挑んでいる時に、空から俺が降って来てレイティアの唇を横取りしたと。そしてそのまま気絶してしまったので、ムサシマルが宿泊しているこの宿に運び込んでくれたようだ。
「お主も果報者じゃのう。街で一番強い女を嫁取りの儀で手に入れたんじゃから」
「だから、無効だって言って……」
そこまで言いかけて、レイティアはムサシマルに問いただした。
「今、なんて言ったの?」
「何って。キヨは果報者じゃのうと」
「違う! そのあと! 街で一番強いって!」
軽く酔いが回ってムサシマルは上機嫌に答える。
「この街で一人しかいない魔法四つ持ちじゃろ、レイティア殿は。じゃから、街で一番強い女じゃろうて。謙遜する必要ないぞ。儂には動きが鈍化する魔法一つしか使ってなかったが、キヨが割り込まなんだったら、他の魔法も使うつもりだったんじゃろう」
ムサシマルの言葉を黙って聞いているレイティア。
その代わり、リタが声を上げる。
「あちゃ〜」
リタがやっちまった、と言う顔をしていた。
「それ……私のお姉ちゃん」
レイティアが先程までの声とは全く違う深く暗く落ち込んだ声で言った。
「四つ持ちのこの街最強の剣士アリシア・シアンは私のお姉ちゃん。私は一つ持ち。……そうよね。一つ持ちの私に嫁取りの儀を持ちかける人なんているはずないのに……なんで勘違いしちゃったんだろう」
なんだ、この落ち込みようは? まるでこの世の終りのような落ち込みようは? 嫁取りの儀って女性にとって迷惑な風習じゃないのか?
「レイティア」
リタが恐る恐る、レイティアに声をかけたその時、空気を読まない店員が飲み物を持ってきた。
リタとムサシマルが注文した大きな木のコップには入ったお酒。
レイティアはリタが注文した酒を奪い取り、一気に飲み干した。唖然とするムサシマルと俺を尻目にレイティアはムサシマルの酒も奪い取り、一気に流し込んだ。
「え!」
俺が思わず声が出た直後、レイティアはテーブルにぶっ倒れた。
「あ~あ、やっちゃった。ムサシマル、ちょっと部屋貸してね。吐いたりはしないはずだから」
ムサシマルは何も言えず黙って、首を縦に振るだけだった。
俺たちはなんとも言えない空気のまま、リタが二階から帰って来るのを待っていた。