パッン!
戦闘は終わった筈なのに頬に衝撃が走る。
「何やってるの! 死にたいの!」
レイティアが俺を掴んで怒鳴った。
「あなた、自分がどれだけ危なかったか分かってるの!」
レイティアの勢いと想像できた最悪のシナリオを思い出して、何度も頭を上下させる。
興奮して真っ赤な顔のレイティアが俺をまっすぐ見つめる。
俺は不謹慎ながら、その怒っている顔の真剣な美しさに見惚れてしまう。
「怪我は?」
「へ?」
「怪我はないの? 痛いところはない?」
レイティアは一転、心配そうに俺の体を確認する。
まるで転んだ我が子の怪我を心配するように。
つい先日知り合っただけの俺のことを真剣に心配してくれる金髪の少女を見ていると、動悸が激しくなる。
「わたくしの盾で守って差し上げたのですから、傷一つあるはずがありませんわよ」
「ありがとう、マリー。キヨもお礼を言って」
レイティアは金色の長い髪を縦ロールにした女性に言った。
どうやらこの女性が先ほどの光の盾を出してくれたらしい。
「ありがとうございました。お陰で命拾いしました」
「どういたしまして、キヨ様」
ん? なんか、マリーに悪戯っぽい笑顔を浮かべられた。
「どうして、私の名前を?」
「リタに貴方達のことを聞いていますわよ。婿様」
「ちょっと、マリー! 違うんだってば! リタ、後で覚えてらっしゃい!」
ああ、そう言う事か。
リタは結構口が軽いんだな。注意しておこう。しかし逆に考えると色々聞きやすいのかな。
「おーい! 痴話喧嘩が終わったならこっち来てくれんか?」
ムサシマルが手を振って声を掛けて来たので、オークと熊の死体の傍らに俺たち六人全員が集まった。
「まずはチームを代表して助力していだだき、感謝いたしますわ」
どうやら、四人のリーダーはマリーらしい。
「男の助けなんか無くったって、あたしらだったらオーク一匹ぐらいどうって事、無かったがな。こっちの兄ちゃんなんか、足手まといだったしな」
リタと一緒に槍を持っていた青い髪の女性が俺を指して言った。
「これ、サラ。助けていただいた方々に失礼ですわよ」
マリーがリーダーらしく、サラを注意する。
「サラの失礼をお詫びいたしますわ」
マリーは上品に頭を下げた。
「いえ、そんな。まあ、本当の事ですし」
「ええ、その通りですわね」
マリーは頭を上げ、笑顔を浮かべたまま続けた。
「オークの様な敵性亜人の処分はわたくし達、警備隊の仕事です。魔法一つ持たない殿方は大人しく木の陰にいらっしゃって下さい。特にキヨ様は戦闘訓練を受けていらっしゃらないとお見受けします。その様な方が無駄に戦闘区域にいらっしゃるだけで、思わぬ被害が生まれてしまいますわ」
笑顔を貼り付けたまま、射抜く様な赤い目で怒られる。
「すみません」
謝るしかなかった。
「今後、お気をつけてくださいませ」
「いや~。すまんのう、慎重なキヨの事じゃ、隠れておるじゃろうと思った儂の判断間違いじゃ」
ムサシマルはバツが悪そうに頭を掻いた。
「貴方も同じですわよ。どれほど剣の腕に自信があるか存じ上げませんが、魔法が使えないのですから」
体格に大きな差があるムサシマルにも面と向かって言うマリー。この辺がリーダーたる所以か?
「まあ、そう言いなさんな。儂が手助けしたのは下心があっての事じゃ」
レイティアが身構え、リタがにやにや笑う。
それを見てマリーがレイティアをかばうそぶりを見せる。
「いや、いや、そうじゃないぞ、レイティア殿。見るにお主達の目的はオークの討伐じゃろう。それを手伝った代償にこいつを貰えんか?」
ムサシマルは熊を指差した。
「運搬も込みで。お主ら、馬を連れてきておるんじゃろう」
今回、俺たちは大型種を運ぶ準備をしていなかった。レイティア達がオークの討伐に現れなければ、熊はオークの獲物となっていたはず。レイティア達を助けることによって、獲物と運搬手段の両方を確保しようとムサシマルは飛び出したようだ。
「……良いですわ。確かにわたくし達の今回の目的は人里近くに現れたオーク一匹の討伐ですの。この熊はそちらに差し上げますわ。それにレイティアの婿様もいらっしゃるので特別に運搬もサービス差し上げますわ」
マリーはあっさりと了承してくれた。
「よし! キヨ。今日はこれで街に帰るぞ」