その戦いの様相は、そのはじめから、傍から見ても異常な光景であった。
アマリヤ軍が草原に展開した戦陣は、およそ騎兵500騎。
ところが対するハエラ軍の騎兵は、只一騎。
それが草原にいくばくかの間を置いて、睨み合っているのである。あまりにも多勢に無勢なその光景は、果たして、戦のそれであるのか、後方から指揮をとるアルムでさえも、わかりかねるものであった。
たった一騎の兵なら、簡単に数の論理で討ち取ってしまい、この戦いは呆気なく終わりとなるはずである。だが、アルムが恐れたのは、その敵の一騎の正体が、画力の持ち主その者ではないか、ということである。国境警備隊を全滅し、先の戦いではグャーシャ村のほとんどを濁流によって壊滅させたその張本人ではないかとアルムは疑ったのだ。
もっとも、その画力の持ち主は、グャーシャ村の攻防戦で、ザキナの風の画力による逆流した水により、騎兵と共に流されて返り討ちにあい、既にこの世の者でないのでは、いう意見もあった。
しかしいずれにしろ、たった一騎で大軍の前に現れたということだけで、その者は尋常なる存在でないということは明白である。
だが、この奇妙な睨み合いの光景は、長くは続かなかった。その一騎から、弓矢が突如放たれたのである。ついに開戦かと色めき立つアマリヤ兵だったが、その弓矢は誰の身体も射ることなく、アマリヤ軍の最列の前方の野に、ぐさりと刺さった。
そしてその弓矢には、文が括り付けてあった。何人かの兵士が馬を降りてその弓を拾いに向かい、そして手にした文を急いで広げる。
そこにはこう記されてあった。
「我は貴国の軍隊と戦う意思はなし。望みはただひとつ、ザキナを我に向かわせよ。さもなくば、自然の脅威にて、貴国の軍を全滅させることを我は厭わず」
……指揮官のアルムは、もたらされたその文を見て直ぐにドーズとザキナを呼びつけ、命じた。
「お前を最前線に出す。ザキナ」
ドーズは唸った。
「彼女ひとりを敵と相対させるつもりか……?」
「敵がそう望んでいる」
「だが……」
躊躇うドーズにアルムは、文を見せつけた。
「あの敵は、やはり画力の持ち主で間違いない。この文の後半を読めばわかるだろう。これは、ザキナを差し出さねば、また画力を発動させて我が軍を殲滅するという脅しに他ならぬ、ならば、望み通りザキナを向かわせるしか無いだろう」
ドーズは唇を震えさせながら、最後の抵抗を試みる。それがアルムには通じないということは分かっていても。
「だが、ザキナが危険すぎる……!」
「そうだな。だが、俺は指揮官として、人死が少なくて済むほうを選ばずにはいられぬ。彼女ひとりの犠牲で、この戦いが未然に済むなら、それに越したことはない」
ドーズはアルムのその冷静沈着な声に、打ちのめされたかのように、黙りこくらざるを得なかった。
そのとき、無言でアルムとドーズの会話を聞きながら、横に佇んでいたザキナがはじめて言葉を発した。
「私、行くわよ」
そしてドーズの方に静かに手を差し出す。ドーズはその意を察して、懐から銀筆を取り出し、ザキナの手に乗せた。
「気をつけるんだぞ……」
ドーズの口からは、当たりきりの言葉しか出ない。だが、それに対してザキナは、なんともない様子で、口に笑みを浮かべて応じた。
「ありがとう、大尉」