初めまして。
私の名前はカルナージュ・エーデルシュタイン。
突然だけれど、少しだけ私の身の上話に付き合ってくれないかしら。
え、突然語られても困るですって?
そんな寂しいことおっしゃらないでくださいな。
まぁ、私の過去を語ってもつまらないのは確かですけれど、まずは聞いてくださる?
私、実はナルタイル王国という国の元公爵令嬢なのよ。
え?公爵令嬢がわからない?
そうねぇ。簡単に言えば、お国で二番目くらいに偉い人の娘と言えば伝わるかしら。
あ、ちなみに今は違うわよ?
今はちょっと事情があって真っ白な空間にいるのだけれど、まぁ、それは追々話すとして。まずは黙って私のお話を聞いてほしいの。
私、子供の頃から蝶よ花よとそれはもう大切に育てられてきたのよ。
それに、薔薇のように綺麗な赤と紫色のグラデーションが入った髪に、神聖さすら感じさせると言われた金色の瞳。
さらに、170cmほどの長身にメリハリのある美しい体と優れた文武の才。
しかも公爵家だからお金もあって権力もあったものだから、それはもう自分で言うのもあれだけれど超が付くほどの有名人だったのよ。
けれど、そんな私でもどうにも出来ないことが一つだけあったわ。
それが、王太子との婚約よ。
この言い方から分かる通り、私も好きで王太子と婚約したわけではないのだけれど、なんせ年齢の釣り合う高位貴族の令嬢が私しかいなかったものだから、嫌々の渋々でお受けすることになったの。
それが確か、十歳の時だったと思うわ。
それからの私は、一国の王妃になるということで、それはもう頑張って王妃教育を受けたわ。
やりたかった他の勉強も鍛錬も趣味も全部諦めて、疲労で鼻血が出ようとも頑張ったのよ?
そうしたら面白いことに、今度は王太子が私の才能に嫉妬し始めたの。
考えられるかしら?
自分が無能で何もできないのは本人の努力不足なのに、あり得ないことに私が優秀なのが悪いと罵ってきたのよ。
さすがにあの時は頭にきて、近くにあったペンをうるさく喚く口に突き刺してやろうかと思ったわ。
まぁ、そんな事をすれば反逆罪で家族諸共死ぬことになるから我慢したけれどね。
とまぁ、王太子との関係はそんな感じだったから、当然ではあるけれど恋愛感情なんてものは塵ほどもなく、ただ義務として婚約関係を続けていたのよ。
そうして私と王太子が十七歳になった年、ついに事件が起きたの。
その事件が起きたのは、私たちが通っていた王立学園の定例パーティーの日だったわ。
定例パーティーっていうのは、学園の生徒会が主導で定期的に開催しているパーティーのことで、その目的は学生たちが実践の場でマナーを学んだり、逆にパーティーを主催するうえでの手順や気をつけるべき点について学ぶためのパーティーのことよ。
そんなマナーを学ぶための定例パーティーなのだけれど、なんと私、その時に公衆の面前で王太子から婚約破棄を告げられたのよね。
驚き過ぎてもはや言葉を失ったのだけれど、そこは公爵令嬢としてすぐに気を取り直して、馬鹿の言い分を聞いてみたの。
そうしたら面白いことに、私が聖女と王太子の仲に嫉妬して、聖女に危害を加えたと言い出したのよ。
しかも、相手は貴族と平民の両方から絶大な人気のあった聖女で、彼女は全ての人に愛されていたからか、それはもう凄まじい勢いで非難されたわ。
それこそ、視線だけで何度も殺されたんじゃないかと思うほどに睨まれたのよ。
とは言っても、さすがに証拠も無しに罰せられるのも不服だったから、私が何をしたのか尋ねてみたら、教科書を破いたりだとか足を引っ掛けて転ばせたりだとか、さらには階段から突き落としたり暗殺者を差し向けたりなど、全く身に覚えのない罪状が次々と読み上げられたの。
そう。全く身に覚えのない罪状をね。
ここまで言えば、何となく分かるわよね?
つまり、簡単に言ってしまえば、私に対する罪は全て捏造で冤罪なのよ。
そもそもの話なのだけれど、私があの王太子関係で嫉妬することなんて無いし、好きでもないのだから嫉妬でそんなことをするなんて到底ありえない話なの。
まぁ、一万歩くらい譲って仮に嫉妬したとしても、私ならもっと上手く、そしてバレないように徹底的に外側から潰すから、証拠なんて残るはずが無いのだけれど。
なんて、そんなもしものお話なんてどうでも良くてね?
私がもっと驚いたのは、あれだけ子供の頃から可愛い、大切だと言って下さっていた両親ですら私のことを睨んでいたことで、兄に至っては王太子の後ろに立ち、まるで聖女に侍るかのように寄り添っていたのよ。
あれにはさすがの私も悲しくて……
ではなく、呆れて言葉も出なかったわ。
え。家族に裏切られて悲しくなかったのかって?
残念だけど、特に悲しいなんて気持ちはなかったわね。
だって、何となくそうなる気がしていたのだから。
それに、聖女が学園入学してきてから私の周りの雰囲気は少しずつ悪くなっていったから、そうなる未来も予想できていて、むしろ予想通りで少しつまらないくらいだったわ。
私、よく冷たい女だとか感情の無い女だとか言われてきたけれど、あの時ばかりは自分でもそう思ってしまうほどだったわね。
だって私、あの時は特に抵抗するでもなく、婚約破棄に対しては「はい」と答え、処刑に対しては「わかりました」と答えただけなのだから。
ふふ。
あの時のみんなの顔といったら、思い出しただけでも笑えるわね。
馬鹿王太子なんて、自分で婚約破棄だとか処刑だとか言ってたくせに、私が反抗も抵抗もすることなく受け入れたからか、まるで化け物でも見るような目で私を見て怯えていたのだから。
まぁ、それは他のみんなもだったけれど。
そんなこんなで、最後は貴族と平民たちに罵られ、蔑まれ、石を投げられて、私は処刑されたのよ。
それも、斬首ではなく、最も苦しいとされる火あぶりでね。
と言うわけで、話の最初に戻るのだけど。
気づいた人ならもう分かると思うけど……そう。
私が今いるのはあの世と呼ばれる死後の世界で、私の目の前には今……
「汝、カルナージュ・エーデルシュタイン。あなたは自分の愚かなる罪を悔い、改めますか?」
そんな頭のおかしな事を宣う女神らしき人物がいるの。
「失礼。確認になりますが、あなたは女神ということでよろしいのかしら?」
「察しがよろしいですね。私は幽導の女神イルカルラ。死した者の魂を導く神です」
イルカルラと名乗った女神は、金色の髪に白い布で目を隠した特徴的な格好をしていて、手には青白い炎が灯った灯篭を持っていた。
「死した者の魂を導く…ね。つまり、あなたが私の魂を導いてくれると言うことかしら」
「その通りです。ここはあの世とこの世の狭間にある世界であり、あなたはこれから、天界または冥界に行くことになります」
「なるほど。理解したわ。けれど、私が冥界に行く可能性があるというのは気に食わないわね。何も悪いことをしていないはずなのだけれど?」
ずっと気になっていたのだけれど、この女神、私に会ってすぐなんて言ったかしら?
確か、「罪を悔い、改めるか」と聞いてきたわよね?
おかしいわね。
私の聞き間違えかしら。
私、冤罪で処刑されたのだから悔いる罪なんて無いはずだし、改める行いも無いはずなのだけれど。
まぁ、強いて言えば美しすぎることが罪と言えなくもないけれど、こればかりはどうすることもできないのだから、罪を償うこともできないわね。
「いいえ。あなたは聖女を害したという罪があります。そして、あなたはその罪を償わなければならないのです。これは、あなたの死因について記載された書類に書かれていることなので間違いありません」
あらあら。何となくは分かっていたのだけれど、やっぱり私の罪ってその件だったのね。
ふーん……そう。
やっぱり女神も、聖女の味方をして私に冤罪をかけようとしているのね。
なるほどなるほど。
これはなんとも……
「ぷっ。あっはははは!」
お腹が痛くなるほど笑える話だわ。
「どうかしましたか?」
「いいえ。ただ、神を名乗る存在が、冤罪を見抜けず死因に直結したという理由だけで私を裁こうとしているのがおかしくて、つい笑ってしまっただけよ」
「それは、神に対する冒涜でしょうか」
「冒涜?違うわよ?冒涜とは、神聖な存在や崇高な存在を貶すことを意味する言葉よね?でも、結果しか見ていないあなたが、本当に神聖で崇高な存在だと言えるのかしら。その目を隠している布、邪魔なんじゃない?取って差し上げましょうか?ふふふ」
もしかしたら、あの布のせいで正確な記録が見れていないのではないかと思いそう言ってみたのだけれど、その言葉が気に障ったのか自称女神の威圧感が増したわね。
「私、そもそも神なんて信じていないの。あ、存在をって意味じゃないわよ?私が信じていないのは神の存在そのものじゃなくて、神が存在している理由ついてだから。そこ、間違えないでちょうだいね」
人はみんな苦難に直面した時、何故か神を頼るようだけれど、私はその気持ちが理解できないのよね。
だって、何を為すのも結局のところは全て私たち自身なのだから、神にお願いをしても意味なんて無いでしょう?
私が生きていた頃、入学試験に合格できますようにと神にお願いしている人を見かけたけれど……ふふ。笑わせてくれるわよね。
合格できるのかできないのかは神が決めるのではなく、自分が日頃どれだけ努力してきたのかで決まるものよ。
それを神にお願いするなんて、自分は努力をしてこなかったから、神様なんとかしてくださいと言ってるようなものじゃない。
私たちの道は私たち自身が切り開くものであり、そこに神なんていう存在の介入は必要ないのよ。
「私、神は常々傲慢で高慢で我儘で自分勝手な存在だと思っていたけれど、まさにその通りだったわね」
「その発言は、神への明確な侮辱ですね」
あら怖い。
また威圧感が増したわね。
「ふふ。侮辱と受け取る時点で、心当たりがあるってことよね?だからそんなにムキになっているのでしょう?」
私の言葉が図星だったのか、自称女神の顔が少し怒って見えるわね。
「くく。あっははは!」
そんな風に自称女神に対して私の信仰心を説いていると、突然どこからか鈴の音のように軽やかな笑い声が響き、ぶつかり合っていた私たちの視線は、その笑い声が聞こえた方へと吸い寄せられていった。