「ここは・・・・・・」
参道を歩いているはずだった。しかしそこはどう見ても、怜美の住む街並みだった。しかも夕暮れである。
「わたし、夢をみているのかしら?」
見馴れた家々がある。どこかで
怜美の影法師が道端にさびしそうなトンボのように伸びている。見慣れた景観を進んで行くと、やはりそこに怜美の住む家があった。
「どうして・・・・・・?」
明かりが灯っている。「え、なに。泥棒?」
怜美がそっと玄関の扉を開けると、奥で誰かの話し声がする。
そのとき突然、柱の陰からふいに子供の顔が現れた。
「!」
「お姉ちゃん、帰って来たよ」
怜美の弟が顔を出したのだ。
「正ちゃん、正ちゃんなの!」
怜美は慌てて下駄を脱ぐと、声のする部屋の中になだれこんだ。そこには、父と母が食卓を挟んで談笑している姿があった。
「あら、遅かったのねぇ」
母の育子がやさしく微笑みかける。
「お母ちゃん、お父ちゃん、正ちゃん。みんな・・・・・・みんな助かってたの?よかったあ」
怜美の目から涙が止めどなくこぼれ落ちた。
「どうしたんだ怜美、泣いたりして。会社で嫌なことでもあったのか?」
父の孝夫が優しい眼差しで怜美を下からのぞき込む。怜美はかぶりを振った。違う、違うんだよ。
「まあまあ、突っ立てないで、とりあえずお夕飯を食べなさい」
母が嬉しそうな顔をして席を立った。ご飯と味噌汁の匂いがした。
「ぶううん」
五歳の弟はテーブルの周りを、飛行機のおもちゃを持ってグルグル走り回っている。いつもの家族の風景であった。
「ほんとよかった」怜美は涙を拭った。「たった一日でもいい。怜美、もとの暮らしに戻りたかったの。言えなかった事がたくさんあるのよ」
そのとき怜美たちの周りに、温かい光の粉が舞い降りてきていた。まるで怜美たち家族を包み込むかのように・・・・・・。
「陽が、ほら光が・・・」怜美は光を見上げて微笑んだ。そして細やかに
※※※※※※
「ねえ、今、怜美が帰って来たような気がしなかった?」
ご飯をよそいながら、育子が天井を見上げた。蛍光灯が柔らかな光をたたえている。仮設住宅の天井は何の変哲もない簡素な裏板だった。
「母さんもか。実はおれもなぜかそんな気がしたんだよ」
お茶を飲みながら父親が答える。食卓に手を掛けた正ちゃんが両親を見上げる。
「お姉ちゃん、早く帰ってこないかなぁ。夏休みになったら一緒に縁日に連れてってくれるって約束したんだよ」
孝夫と育子は目を合わせる。
「そうだな」父親は息子の頭を優しくなぜる。「そのうちきっと戻ってくるさ。」
あのとき大型船は親子を通り過ぎて流れて行った。そしてその巨体は、無残にもある造船会社のビルを押し潰したのだ。
母は仏壇の写真の前にご飯をお供えして、静かに手を合わせた。怜美がにっこり笑っている写真だった。