不破の肩に止まった伝令蝶がでんでん丸からの通信で聞いた内容を伝える。
「なーんだ、もう飴玉見つけちゃったの?さすが氷上ちゃん。じゃあこっちも、そろそろ準備しないとね〜」
不破は裏通りのさらに奥にある、もう誰も住んでいない朽ちた屋敷から自身の得意とする結界術と似た魔力の流れを感じ取っていた。結界術と言っても様々あり、この場で感じる力が主流の結界術とは違った異質なものであることに眉を寄せた。
屋敷から少し離れた場所の建物の屋根に腰を下ろして結界術に探りを入れる。
人を寄せつけず不気味な程に薄暗く、魔力の流れも読めないほどに暗い魔力が蔓延るそこで何が起きているのか。その屋敷全体に張り巡らされた結界術が影響しているのだろうか。気配を感じ取ったが、魔力も感じず、何も感じることがない。ただただ、怪しい屋敷だと言うことを知らせているだけのそれ。
「ふぅん、舐められたもんだね〜」
これ以上様子見は不要だろうと立ち上がったところで、下から翠蓮の声が掛かる。
「不破副隊長〜!」
軽い足取りで翠蓮の横に飛び降りて、不破は翠蓮が手に入れた飴玉を探る。
「うん、やっぱり魔法が込められてるね」
「わたしも一瞬魔法にかかってたみたいで、でんでん丸が助けてくれたんですよ!」
「えっ、氷上ちゃんが?大丈夫そ??」
少し驚いた顔をする不破に、でんでん丸が先程の翠蓮の様子を伝える。
「意識操作系ならかなりまずいね。氷上ちゃん、この飴玉どうやって手に入れた?」
「小さな男の子が持ってたので風船と交換してもらいました!」
「交換、ねぇ。んー、氷上ちゃんちょっと厄介なことに巻き込まれちゃったかもしれないよ」
「へ?」
翠蓮がそう素っ頓狂な声を漏らした時、どこからともなく大きな爆発音がして魔法が飛んできた。不破が翠蓮の体を引き寄せて、結界を張ったことでその魔法は砕け散るようにして消滅する。
「その男の子、飴玉を持ってて大丈夫だったのは、ただ単に飴玉に込められた魔法の対象外だったのか。それとも、その男の子が黒幕なのか」
魔法により吹き荒れた砂煙が晴れ、裏通りに入ってきたのは翠蓮が飴玉を交換してもらった男の子で。
「え、っ!!?こんな小さな男の子が……!?」
「魔法は奥が深いからね。……この子は魔法で姿を変えた、ただの魔物ってことだね!」
男の子の体がゆらゆらとぼやけ始め、ケタケタと気味の悪い笑い声を上げて風船を手放したと思えば一瞬にして大きな魔物へと姿を変えて一直線に翠蓮達を目掛けて飛びかかる。翠蓮が動くよりもはやく不破が鞘から刀を抜き、魔物の攻撃を受け止め、結界術を応用した剣術で魔物を弾き飛ばしたかと思えばそのままの勢いで、起き上がろうとする魔物の元に間合いを詰め、起き上がる間もなく一瞬でその首を切り落とす。
刀についた魔物の血を払う不破を見て、翠蓮はそこでようやく不破が魔物を倒したことを理解する。あまりにも早すぎる一瞬の出来事に、翠蓮は理解が追いつかなかったのだ。
「す、すごい…………」
翠蓮が不破の剣技に感心していると、何かに気付いた不破が口を開く。
「ん?氷上ちゃんさ、もしかして風船以外に何か交換した?」
「え?いや、風船しか交換してないですよ!交換できるようなもの何にも持ってなかったので」
不破は残る違和感に嫌な何かを感じていた。
「もし仮にこの魔物と風船を交換してたなら、魔物が死んだと同時に風船も消えるはず。そう言う契約になってたはずだからね。でも、状況的にそうじゃないみたいだ」
不破が見上げた視線の先には木に引っかかっている風船。翠蓮は一体、何を差し出したのか。
「交換しタもノ、トリニキタ」
突然聞こえたその言葉。その瞬間、ずるりと何かに足を取られ翠蓮は地面に現れた大きな穴に引きずり込まれていく。
「氷上ちゃん!!」
「ぅわぁあ!!?」
不破が翠蓮を追おうとするが、上空に現れた四体の魔物がそれを阻む。
「不破副隊長!わたしは大丈夫です!自分でなんとかします!」
そう言って消えていく翠蓮。閉じてしまった穴に向かい、不破は呟く。
「信じてるよ、その言葉」
咄嗟に翠蓮にかけた結界術の魔力を辿り、その気配があの朽ちた屋敷からすることを突き止めた不破は上空に現れた魔物を見上げる。
「さ、やっちゃおうか」
ニッと口角を上げる不破に、恐れは無い。四体の魔物は地上に降りること無く上空から次々に魔法攻撃を放つ。
四体同時に様々な方向から放たれるそれは凄まじい威力の爆発を引き起こすが、それを全て避け切った不破は建物の屋根に飛び上がり、結界術で床を作ると魔物の元へ間合いを詰める。
魔物の咆哮すら避けた不破は刀を構えて魔物の上へ飛び上がり、四体同時に切断する。
「「グギャアアアア!!!!!」」
血飛沫をあげる魔物を見て、不破は笑う。
「こんな簡単に終わるわけないじゃん。さっさと出てきなよ。隠れんぼ?俺、嫌いなんだよね〜」
不破がそう言うと、何もなかった場所に家屋よりでかいであろう魔物が姿を見せた。それは先程の魔物よりも強い魔力を持ち、一瞬で不破の目の前に飛び込んでくる。
(ちょっとはやいな、……屋敷の方にもこのレベルがいるなら、氷上ちゃんだと厳しいかもな。はやく助けに行かないと)
魔物の攻撃を結界で消滅させ、魔物の体に斬撃を与える。そんな時、あの屋敷のある方から感じた翠蓮の魔力が大きく揺らいだ。不破から受けた斬撃を自分で回復させた魔物が魔力を衝撃波として放ち不破の体を吹き飛ばす。
「うおっ、たく、勘弁してよ!」
そう言いながら空中で体勢を整える不破は、あの屋敷の方を見て目を見開いた。先程揺らぎを感じた翠蓮の魔力。そして、視界に映る氷漬けの屋敷。
その光景に、不破は笑った。
「あっははははは!!氷上ちゃんマジ最高じゃ〜ん!!俺ももっと、頑張んないとね〜」
家屋の屋根に着地した不破。不破を吹き飛ばしてすぐ町へと向かおうとしていた魔物の動きが止まる。
本能で町を破壊しようとしているのか、この裏通りから栄えた町の中心部へ進めないことに戸惑う魔物はグルグルと唸り始め、その場で大きく地団駄を踏む。しかし、不破が張った結界はそんな衝撃では破れない。
「グルル……グル……グゥウウウ!!!!」
「残念だけど、俺急いでるから町に行きたいなら来世でどーぞ」
そう言って不破の刀がその魔物の首を切り落とす。
「手応え無いなぁ」
きっと何かがあの屋敷に隠されている。そう感じた不破は一刻も早く翠蓮を助け出す為に屋敷へと向かっていった。
✼✼✼
その頃、国家守護十隊本部には、丁度京月と四龍院の二人が帰還していた。
「「お疲れ様です!!」」
どこか近寄り難い雰囲気のある二人に、隊士たちは緊張しながらそう声を上げる。 そんな声が次々にかかる中、二人は別れてそれぞれ歩き出す。
「あら、お疲れ様です、京月隊長。」
そう声を掛けてきたのは
「あぁ。……
「はい、どうされました?」
「氷上はもう復帰したのか?」
「氷上ちゃんなら、先週から復帰して、丁度今は不破くんと任務に行かれていますよ」
「不破と?そうか」
それだけ言うと、京月は先に任務の報告をする為にあまねの屋敷へと向かった。
「京月です。只今帰還しました」
「うん、おかえり。亜良也」
片膝を突いて座る亜良也は、任務で得た情報をあまねに伝える。
「禁出五件を予定していた期間よりも短期間で片付けてくれるとは。ふふ、亜良也と伊助は頼もしいね」
「元々予定されていた期間が長すぎただけです。あと、あの地区に配置する隊士ももう少し減らしても大丈夫かと。そこから東の村周辺の方に手が足りていない。そちらの人員にまわすのが最適でしょう」
ふわふわと京月のまわりを飛ぶ伝令蝶も報告のために喋り出す。
「移動中に通った植林地区にある町も人手が足りないようだったのでそちらには準一般隊士を増やして対処可能だと思います」
準一般隊士。国家守護十隊所属の一般隊士と違い、国家守護十隊に所属せずとも戦闘に参加できる者のことである。隊の所属では無いため隊服、刀などの貸与は無いが、月百万円というこの時代では多すぎる給与で、魔法や戦闘を得意とする一般人で一定の実力があれば基本的に誰でもなることができるのだ。そのため、国家守護十隊は正式に所属する隊士が百名程度であったとしても全国、世界中でその守護を担うことが出来ている。
「そうか、わかった。そちらに手配するようにしよう」
あまねがそう言うと、報告を終えた京月は部屋から出ていこうとするが、そんな京月にあまねが声を掛ける。
「翠蓮が心配かい?」
「……何故、そのようなことを俺に聞くのですか」
「なんだか、そわそわしているように見えたからね」
「はぁ、俺をからかわないで頂きたい……。あの子は病み上がりで復帰直後です。気にかかりはしますが、不破がいるなら心配は無用でしょう」
そう言って部屋を出ていった京月にあまねが笑みを浮かべる。
「ふふ。深月も随分亜良也に信頼されているね」
今から約四年前の入隊当初の不破と京月のことを思い返す。
「思えばたくさんの苦しいことがあったけど、深月なら大丈夫だね」
頑張れ、ふたりとも。