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第13話 一番怒らせたくない人


  列車の中で揺られながら隊本部すぐ近くの駅に戻ってきた翠蓮達。不破がほぼ完璧に治癒をして傷口は塞がってはいるが、翠蓮は魔力の消費も相まって疲労でぐっすり眠っていた。そんな翠蓮を起こすのは忍びないと、不破が翠蓮を背負って本部へと帰還していた。 先に報告の為に戻らせていたでんでん丸と不破の伝令蝶が二人の帰還に気付いて飛んで来る。

 でんでん丸が不破に背負われている翠蓮を心配するのを見て不破が笑って答える。


「疲れて寝てるだけだから大丈夫だよ〜。もう報告は終わった?」


「それなら良かったぜ!おう!ばっちり報告してきたぞっ!オマエも後で良いから来いってよ!」


「そっか〜、わかった!ありがとねでんでん丸〜」


「その名前気に入らないぜ……」


 そうしょんぼりするでんでん丸。


「氷上ちゃんに言わなかったの?」


「だって翠蓮のやつ、すっげー自信満々な顔してたからさ、言えなかったんだよ」


 そうでんでん丸が言えば、不破がまた笑う。


「へぇ〜、でんでん丸可愛いとこあるじゃ〜ん!」


 そんな話をしながら不破は翠蓮を五番隊舎へと連れていく。


「不破副隊長、只今楪隊長は総隊長のところに呼ばれておりますので隊士の方で対応させて頂きます!」


 五番隊舎につくと、五番隊で治癒要員として働く一般隊士達に案内される。


「うん、ありがとね。俺も呼ばれてるから後は頼める?」

「はい!わかりました!」


 そう言って不破は翠蓮を五番隊舎に預けて、総隊長の屋敷へと向かう。楪隊長も呼ばれているということは恐らく重要な会議があるのだろう。

 残りの報告もそこでしようと、不破はその道のりを急ぐ。

 屋敷に到着し、仲居さんに軽く挨拶すると、不破はいつもの様に会議で使われるお座敷の椿の間へと歩いていく。中からは特に何も聞こえないためまだ会議が始まっていないことに安堵し、一度声を掛ける。


「一番隊副隊長、不破です。失礼します」

「入っておいで」


 あまねの声がして、不破は中へと入っていく。どうやら今回は隊長・副隊長全員招集のようだがまだ揃っていないようで、京月の姿もこの場には無かった。今いるのは 二番隊の四龍院隊長とその副隊長。そしてほとんど隊長代理のような三番隊副隊長と四番隊副隊長、五番隊の楪隊長と副隊長が来ていた。


「不破さんだ!任務お疲れっす不破さぁん!!!」


 そうまさしく犬のように見えない尻尾を振りながら寄ってくるのは二番隊副隊長の礼凛。


「あーはいはい、ありがとね〜」


 擦り寄る礼凛を適当に躱していると、二番隊隊長である四龍院が礼凛のことを掴んで引き離す。


「全くお前は……不破を見て直ぐに飛びつくのをやめろ、凛」

「ちぇ〜」


 そうぶすくれる礼凛を横目に見ながら、不破は任務の報告をどう済ませるか考えていた。隊の手が届きにくい遠方で、任務中に禁出レベルの魔物が出ることは極稀にあるが、それでも確率でいえばかなり少ない。

 だが、隊本部の目の届く近場で起きたとなればほぼ確実に誰かが故意で禁出の任務を通常任務と偽ったことになる。それを証拠が無い内から指摘したところで、もし近くに犯人が潜んでいれば証拠隠滅に走られるだろう。そうならない為には、まずその証拠を探さないといけない。

 不破はそこであることを思い出した。あの場で感じていた結界術。異質だと感じていたのは、古びた魔力と絡まっていたからで、そこに掛けられていた結界術が最近になって掛けられたものだったならば。誰かが意図的に魔物と共謀し、禁出の魔物の魔力のみを隠匿していたならば。なるほど、とそこで不破は納得した。


深月みつき?」


 総隊長が何度か声を掛けていたことに気付いて、すぐ顔を上げる。


「どうしたんだい?考え込んで」

「いえ、大丈夫です。すみません」


 不破はあの場で感じた結界術の残穢を記憶の中で辿る。まだ入ったばかりだとは言え、自分が副隊長を務める一番隊の隊士に手を出した者を何がなんでも見つけ出してやると、その怒りは沸き上がる。


「そう?なら大丈夫なんだけど」


 そうあまねが言った時、丁度京月隊長と四番隊隊長が到着する。一言告げて、京月と、うさぎの被り物を被った四番隊隊長、宇佐幽元が入ってくる。

 それと一緒に書類を持った一般隊士一人が同時にやって来たのを見て、不破は立ち上がった。


「不破?」


 皆が座っている中立ち上がった不破を京月が不思議に思いその名前を呼ぶが、不破は一切何も答えずにただただあの場の結界術と同じ波長の魔力と残穢を持つ一般隊士の顔面を殴り飛ばした。

 不破の突然の行動に京月だけでなく他の隊長や副隊長、総隊長である、あまねまで呆然と固まっていた。


「不、不破さぁあん!!?!?」


 少し遅れて礼凛がそう素っ頓狂な声で不破を呼ぶが、不破は答えず、投げ飛ばした隊士に言葉を向ける。


「氷上ちゃんに禁出の任務出したの、お前だろ」


 その言葉にその場の全員の表情が強ばる。


「禁出だと?」


 京月の声にも怒りが宿る。


「あの場所で禁出レベルの魔物の魔力の観測は無かったはず……。何か分かったことがあったんだね?深月みつき


 そのあまねの言葉に答えようとする不破の前から逃げ出そうとする隊士の目の前に、不破よりはやく京月が刀を突きつける。


「まず、本来今回の任務は指令書そのものが通常任務のものでした。氷上ちゃんに割り当てられたそれに、総隊長からの指名で俺が着いていきました」


 そう話しながら、不破は証拠品として伝令蝶に渡していた飴玉を手に取る。


「この飴玉にもう魔力はありませんが、最初は意識操作系の魔法が掛かっていました。その時点で魔物のレベルは中級。それだけじゃなくその場には上級の魔物がいた。飴玉にかけた魔法を使い人間の子供を誘拐していたみたいです」


 不破の言葉に隊士が叫ぶ。


「はぁ!?ふざけんな!なんで俺なんだよ!証拠がどこにある!?」


「まぁそうだね。結界術使う人にしか分かんないよね、飴玉の中にある魔法を隠す結界術の上から更に結界術の残穢を消す結界」


 でも残念。そう言って不破は笑う。


「君の結界術丸見えなんだよね。……飴にかけられた結界も、屋敷そのものと禁出レベルの魔物を隠匿するための結界術も、全部君の結界術の魔力と同じなんだよ」


 暴かれた魔物との内通者。自分の命と引き換えに仲間を殺そうとしていたその隊士にその場の全員から怒りの視線が向けられる。


「そう、そうか。そうだったんだね。」


 総隊長がゆっくり紡いだその言葉だけで、空気がピリついたのが分かる。


「そ、総隊長………俺は…………」


 縋ろうとする隊士の前に、いつもの優しい総隊長はいない。

 京月曰く、一番怒らせたくない人だという朱雀すざくあまねを朝霧と同じくこの隊士は本気で怒らせてしまったのだ。

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