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第12話 二度目の


 魔物が消滅し、翠蓮は一息つくと刀を鞘へとしまう。しかし、肝心の屋敷内に蔓延る魔力は残ったまま。魔法具に残っていた魔力が放出され、屋敷に様々な魔力を付加することとなっていたのならば、それの守護として魔法具の魔力により作り出された魔物が消滅した時点でそれも消滅するはず。


「まだなにかいる……」


 翠蓮はそう気付いて気配を探るが、何の気配も得られなかった。そんな時、翠蓮のすぐ後ろで声がした。


「なんだ、お前国家守護十隊の新入りか?」


 その声に反応するよりはやく、翠蓮の体は強い蹴りを入れられ吹き飛ばされて崩れた瓦礫の山に激突する。


「う"っっ、かはっ!!」


 全身を打ち付け、一瞬で意識が吹き飛びそうになる程の激痛に襲われる。翠蓮はそこであの禁出の任務の時の傷口が開いたことに気が付くが、それに構わず激痛に耐えて立ち上がる。


「お前が、子供たちを攫ったのか」


 翠蓮がそう聞けば、目の前に立つ魔物は笑う。


「そうだ。良いコレクションだろ?子供の脳は美味いからなぁ。魔力は大した量じゃねぇが、搾り取れるだけ搾り取ればまあそれなりになるだろ」


「お前……!!」


 魔物の言葉に翠蓮は怒りを露わにする。だが、翠蓮は同時にどうしようもない恐怖に襲われていた。

 魔物が言葉を口にする。それは異常なのだ。翠蓮が行った禁出の任務で現れた魔物も言葉を口にしていた。それは魔物の中でもかなりの魔力と知能を持ったことで言語の使用が可能となっていたのだ。禁出レベルの魔物ともなるとほぼ全てが言語を使用する。

 魔物にも階級があり、一番低いものから低級・中級・上級そして最上級とある。禁出となる魔物に与えられるランクは上級からであることが多く、中には中級で与えられるものもいる。

 最上級の魔物に関しては、国家守護十隊の結成から今までの五年、長く言えば朱雀あまねが京月亜良也と出会ってからの十年の中でたった一度しか姿を見せたことがない。

 そして、最上級の魔物とは、国家守護十隊最強と言われる京月亜良也がその十年の中で唯一として敗北した相手である。

 翠蓮は禁出に値するであろうその魔物の登場に恐怖を感じた。


「それは、怒りでは無い震えだな?クハハハ」


 目の前でそう笑う魔物に翠蓮は足が震えるが、刀を握りしめる。


「この屋敷は良い。死んだ魔道士が遺した屋敷で廃れてはいるが魔法具に侵食されていて些か心地が良い。お前もこの屋敷の餌になるか?」


 そう言って手を伸ばす魔物。まるで心臓を掴まれたかのような冷ややかさ。だが、翠蓮の体は勝手に動いていた。

 恐怖の中でさえ折れない強さは、その魔物の体に斬りかかった。


「な、……!?」


 翠蓮は気付かない。恐怖の中で自分の強さの芯が花開いたことを。翠蓮の刀は禁出の魔物の腕に傷を負わせる。

 子供たちを絶対に守るという思いが翠蓮の恐怖をかき消していく。


「大丈夫、絶対。わたしがやるんだ」


 開いた傷口のせいで激痛が全身を襲っているはずなのに、翠蓮は止まらない。血を吐きながらも、決して揺るがない意思に魔物は笑う。


「クハハハハハ!!!自殺主義者か!?!?」


 すぐに完治した腕で魔法を放ち、翠蓮の体を殴り飛ばす。そこで、その魔物は何かが近付いていることに気付きその場から子供たちを連れて離脱しようとする。地下へ向かおうとする魔物を止めるために翠蓮は自分の頭から流れる血を拭うことすらせずに魔物の前に立ちはだかる。


「おいおい、面白いから生かしといてやろうとしたのにそんなに死にたいのか!?あ"!?」


 翠蓮が刀で押し留めようとするのを、グイグイ押し返す魔物の腕には魔力が強すぎるが故に刃が通らず、翠蓮は為す術なく魔物からの攻撃に耐えていた。

 ぼたぼたと床には血が溢れ落ちるのが見える。ぐらぐら揺れる意識の中、ただただ強い意思だけが残っていた。


「絶対、っ行かせない!!!!!」


 そこでブツンと魔物の何かが切れる。


「あぁ、そうか。お前は俺が殺してやるよ……!クソガキがァ!!!!!」


 魔物の大きな魔力が翠蓮へと向けられ、翠蓮はぎゅうっと刀を持つ手に力が入る。わずかに魔物の首に刃が刺さるが、それよりはやく魔物の攻撃は翠蓮の体を真っ二つにするために振り翳された。そんな時、屋敷の壁が勢いよく破壊され、翠蓮が目を見開いたと同時に魔物が吹き飛ばされる。


雷震らいしん!!!』


 不破の魔力が雷となり雷鳴を轟かせながら魔物へと直撃する。


「ふ、不破副隊長………」

「子供たちを見つけてくれたんだね、ありがとう氷上ちゃん。ちょーっと休んで待っててくれる?大丈夫、すぐ終わるからさ」


 不破の魔力のあたたかさを感じていると、翠蓮の傷口がみるみるうちに閉じていく。


「あれ……」


「すごいでしょ。楪隊長直伝の治癒魔法だからね。ほら、大丈夫だから、座ってて」


「あっ、……えっ、もう体は大丈夫……」


 不破の治癒は完璧で、楪隊長から受けた治癒魔法と同じくらい痛みが感じられなくなり、もうほとんど全快だが、不破に押されてその場に座り込む。

 不破はにっこり笑みを浮かべると、刀を抜いてまだ倒れている魔物へと近付いていく。


「ほら、さっさと起きなよ」


 不破は笑みを浮かべてこそいるが、その声に温度が無い。魔物はそこで、先程まで翠蓮が感じていた恐怖という感情を手に入れる。受けた雷の魔法でまっ黒焦げになった体を完治させると、魔物は起き上がり不破と向かい合う。


「どっち使っても結局俺が勝っちゃうからさ、選んでよ」


 不破の言葉に魔物は怪訝そうにする。


「選べだと……?」

「うん。雷と刀、どっちがいい?」


 そう答えた不破に魔物は笑みを浮かべる。魔道士に肉弾戦は不利。それならば中途半端なのは刀だろうと、不破の実力を見誤る。


「魔道士が剣術を覚えたところで所詮はガキの遊び程度だろう」


「なんだ、刀でいいの?」


「負けるのが怖くなったか??雷がよかったか?クハハハハハハハ!!」


 不破は可笑しそうに笑う。


「何言ってんの?今俺最高にイラついてるから全力出せる方選んでもらえて好都合だよ。うちの隊の女の子をここまで傷付けてさ、あの時の隊長の感情ってここまで酷かったんだなって」


 不破は刀に魔力を込めていない。培ってきた強さだけを刀に宿す。

 そこで魔物はかつて仲間だった魔物が死に際に残した言葉を思い出した。


『京月とは絶対戦うな。』


 不破の刀の構えを見て、魔物は更に思い出す。仲間の魔物から伝え聞いただけに過ぎぬが、魔物百体で群れを組み京月亜良也を殺しにかかった奴らがいたことを。そして、それらは京月一人の手で一瞬にして全滅させられたと。

 その様子を見て命からがら逃げ出した魔物が広めた京月の刀の構え。それと全く同じ構えをした不破を見て、魔物は最後に口を開いた。


「お前の、刀の師は誰だ?」


不破は答える。


京月亜良也きょうげつあらや


 その答えを聞いた瞬間、ようやく自分が斬られたことに気付きながら、魔物は消滅していく。魔物が消滅したことで屋敷に残っていた魔力も消滅を始める。

 あの魔物の強大な魔力が屋敷の魔力を叩き起していたのであろう。そしてパラパラと砂が落ち始め、屋敷の崩壊が近い事に気付いた不破と翠蓮はすぐに子供たちを連れて屋敷を脱出する。

 まず回復が最優先だということですぐに不破が伝令蝶を通じて本部と連絡を取り、子供たちが魔力も体もしっかり回復するまでのしばらくの間は隊本部預かりとすることになり、二人は子供たちと共に本部に帰還することに。

 屋敷を脱出した時にようやく安心を手に入れた子供たちは気絶するように全員が手を握りあったまま眠っていた。

 伝令蝶に先に子供たちを転移させてもらい、翠蓮は不破と二人で他に町への被害が無いか確認しながら本部への帰路についた。駅に着いて、隊専用の後部の車両に乗り込むと、不破がぱっと笑顔で翠蓮に声を掛けた。


「氷上ちゃんよく頑張ったね〜!!最高だったよ!」

「え、いやわたしは何にも……!不破副隊長が居なかったら……」


 そう言う翠蓮の頭を不破がよしよしと撫でまわす。


「それは俺のセリフだよ。今回氷上ちゃんがあそこで魔物を止めてなかったら俺は間に合わなかった。氷上ちゃんがいたから魔物から子供たちを助けられたんだよ」


「わたしは…………」


「氷上ちゃん、誰だって、魔物は怖いよ」


 魔物に恐怖でろくに動けなかったと悔しがっている翠蓮にその不破の言葉はよく響いた。


「え………?」


「俺だって、本当はすごく魔物が怖いよ。出来れば魔物となんて戦いたくないし、出会いたくもないね。俺、氷上ちゃんと同じで入隊した時に総隊長が俺を一番隊に指名して入ることになったんだけど、」


「そうだったんですか!?」


「ふふ、一緒なんだよねー。でさ、俺ほんっとに魔物とか嫌だったの。ならなんで入ったんだって話なんだけど、そりゃもう弱弱の逃げ腰で毎日京月隊長にしばかれて扱かれて今に至るんだけど。というか魔物から逃げまくってたおかげで結界術とか使えるようになっちゃってさ」


 京月にしばきまわされる不破のことを想像してしまい翠蓮は笑いを零す。


「ふふ、なんだか面白いですね。そういえば不破副隊長は結界術が得意なんですよね!」


「そーだよ!初歩の結界術は簡単だから練習すれば氷上ちゃんでも使えると思うよ、魔力の流れを形に変えるだけだからさ。あはは、氷上ちゃんは魔物に恐怖の中でも立ち向かえる強さがあるから、必要ないかもだけどね。ほんと、強い子だよね」


 不破のその言葉だけで、翠蓮はなんだか救われたような気がした。

 前に不破に言われた『それを誇りに思うべき』という言葉を思い出して、翠蓮は小さく笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、不破副隊長」


 そう言えば、不破は優しく笑った。


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