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失恋御曹司の愛情が深すぎです!
失恋御曹司の愛情が深すぎです!
花音莉亜
恋愛現代恋愛
2025年04月02日
公開日
2.5万字
連載中
大手総合商社に勤める乃亜は、ある夜公園のベンチに座り込む男性を見かける。気になり声をかけると、彼は自社の副社長、智哉だった。目に涙を滲ませている智哉に乃亜は驚くが、彼は乃亜を知らず軽く礼を言ってその場を立ち去る。その後、乃亜は人事異動で智哉の秘書となり、彼の涙の原因が結婚を考えていた恋人にフラれたからだと分かる。少しでも智哉の力になりたい乃亜は、仕事を一生懸命頑張る。智哉は意外にも優しく、乃亜は少しずつ彼に惹かれていく。でも智哉は元恋人を忘れておらず、乃亜は彼への想いを封印するが、智哉の態度が変わってきて……!?

第1話

「ん? どうしたんだろ……」

 いつもの会社からの帰り道、普段なら気にならない小さな公園に目が向いて、私、原田(はらだ)乃亜(のあ)の足が止まった。

 今日は想定外のトラブルに見舞われ、退社時間が遅くなったのだ。こんな夜間に、男性が一人で公園のベンチに座っている。

 後ろ姿だからどんな人か分からないけれど、スーツを着ているからビジネスパーソンだと想像できた。肩幅が広く、雰囲気的に若い人だろうとも思う。

 両手で顔を覆い、うなだれている様子だった。もしかして、具合が悪いのだろうか。心配になり、声をかけようか悩んでしまう。

 人どおりの少ない道なうえ、周りの店はほとんど閉まっている。もしかすると、彼が危険な人かもしれないのだ。

 なにかあって叫んでも、誰にも気づかれない可能性もある。でももし、本当に体調が悪いのなら、見過ごすことはできない……。

「あ、あの。大丈夫ですか?」

 やっぱり無視できなくて、背後から控えめに声をかける。すると、彼は驚いたように思いきり振り向いた。

「は、はい。大丈夫です」

 強張った顔と硬い口調で返事をした男性を見て、私は声を上げそうになった。なぜなら、その人は自社の副社長だったからだ。

(な、なんで副社長が!?)

 九条(くじょう)智哉(ともや)さんは、私が勤める大手総合商社の副社長であり御曹司でもある。

 創業者一族で、彼の父が社長を務めている。業界トップクラスの企業で、毎年新卒者の就職人気ランキングのトップテンに入っているほどだ。

 九条副社長は、そんな会社の未来の社長であり、彼の有能さは社内の誰でも知っている。

「そうですか。すみません、余計なことをしまして……」

 さすがに副社長は私を知らないようで、視線をずらすとゆっくり立ち上がった。

「いえ。ご親切に、ありがとうございました」

 副社長は丁寧に会釈をすると、足早に公園を出ていった。会社には戻らないようで、オフィスビルとは反対に向かっている。

「びっくりした……」

  まさか、夜の公園に副社長が一人でいるとは想像もできなかった。それに、副社長の目は真っ赤で、涙を含んでいたのだ。

「なにが、あったんだろ……」

 社内で見かける副社長は、いつも颯爽と歩いていて惚れ惚れするような人だ。御曹司といっても甘やかされた人ではなく、海外の有名大学で経営学の博士号を取ったエリートでもある。

 仕事は順調そうだし、もしアクシデントがあったとしても、こんな場所で泣くとは思えない。もしかして、プライベートが原因なのだろうか。

 思いがけない凛々しい副社長の弱々しい一面を見てしまい、私の心は乱されていた──。


「ねえ、乃亜。副社長が彼女にフラれたって、知ってる?」

「は!?」

 突拍子もない同期の言葉に、食べかけのサンドウィッチが詰まりそうになる。水で流し込むと、声を潜めて聞いてみた。

 いくらなんでも、他の社員たちもいる中で、迂闊に話せる内容ではない。

「佐知(さち)、それ本当なの? 全然、知らないけど」

 お昼時の空き会議室は、昼食を取る社員で賑わっている。私たちは端のテーブルで、並んで壁に向かって座っていた。

「みたいよ? 某大手自動車メーカーの社長令嬢が元カノみたいで、結婚まで考えてたらしいけど。知ってる人は知ってる話なんだって」

「そうなんだ……。私は、副社長のプライベートなんて全然知らないよ」

 まさか、それであの夜、公園にいたのだろうか。あれから一週間、社内で副社長を見かけることはあるけれど、一人で泣いていたことが信じられないくらい普通だった。

 私とは軽く挨拶をする程度だからか、あの夜声をかけたのが私だと気づいていないようだ。きっと、副社長は気まずいだろうから、それでいいと思っている。

「そっか。乃亜は聞いたことないんじゃ、ガセネタかなぁ?」

「もし本当だとしても、知らない振りをしてたほうがいいんじゃない?」

 噂が事実なら、いくらなんでも社内中に知れ渡るのは気の毒すぎる。涙の原因が失恋だとしたら、気づかない振りをしておきたい。

「そうだね。そういえば、乃亜って副社長に憧れてなかったっけ? もし副社長がフリーになったんなら、誰でも望みはあるってことよ?」

 からかわれるように言われ、私は頬が熱くなる。たしかに半年前、そんなことを言ったと思う。

「それは、深い意味じゃないよ。アイドルに憧れるようなもので……」

「はい、はい。そういうことにしておく。乃亜は恋愛に奥手だから、副社長より身近な男性を見たほうがいいかもね」

 佐知にニッとされ、私は返す言葉もなく肩をすくめた。佐知のように、スレンダーな美人なら、自信が持てると思う。

 だけど、童顔で女性の色気とは程遠い私は、大人の女性として少しのコンプレックスを持っていた。

 佐知と同じ二十六歳にしては、私は彼女より幼く見える。きっと副社長の元カノは、大人の魅力に溢れた女性に違いない。

「副社長って、本当に素敵な方だもんね。乃亜、ちょっとくらい本気になってもいいかもよ?」


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