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契約の彼、政略の私
契約の彼、政略の私
かずさともひろ
現実世界ラブコメ
2025年04月03日
公開日
3.7万字
連載中
偽装・契約・政略の、三略結婚!? 「ライバル会社アイオン・グループからのパーティーの招待状が来たから行ってきなさい」一条仁愛は第会社ファーストアイ・ホールディングスの会長である祖父に告げられる。アルオンの社長子息、橘栄貴に近づけということだ。仁愛は嫌だったが抗えず、渋々参加したパーティーで出会ったのは栄貴の弟・和樹だった。政略・契約・偽装。この三略結婚、はたしてどうなる?

第一章 兵は拙速を聞く

第一話

「あー、仁愛、今日はもう帰っていいから、今夜、これに参加してこい」


 仁愛は、ファーストアイ・ホールディングス会長である祖父・一条令司から、そんな言葉と共に封筒を渡された。


 普段は絶対に呼ばれることのない会長室に呼ばれた仁愛は、その時点で嫌な予感しかせず、げんなりしていた。


「あー、これって、まさか、以前言ってたものですか?」


 仁愛が中を改めながら訊く。


「まあ、似たようなものだ」


 隣で社長の父・志郎が低い声で言う。小太りの父にとってこの部屋の暖房は暑かったらしく、ハンカチで額を拭っていた。


「はぁ……またお見合いの話ですか……」


 あからさまにうんざりした表情で、封書の中を改める。その中に、一枚の写真が入っていた。


「え!? これ、まさか!?」


 仁愛の言葉に、令司がうなずいた。


「そう、相手はアルオン・グループ会長、たちばな市政いちまさの長男、栄貴えいきだ。つまり、将来はアルオンの跡取りになる、ということだな」


「それって……」


 俗にいう〝政略結婚〟じゃないか、と言いたかった仁愛だが、祖父と父の視線で制された。


 つまり、そういうこと、なのだ。


「このパーティーはもともと栄貴の嫁選びが目的らしい。故に、おまえにはこの栄貴に近づいてもらう」


「ええ~~~~!?」


 仁愛にとって、予想外の言葉だった。


「いや、そんな上手うまくいかないですよ! というか、そんなパーティーに行きたくないんですがっ!」


 仁愛は唾を飛ばして反抗したが、腕組みする祖父や貫禄を増した父を前にしては、明らかに無駄な抵抗だった。


「いいか、これは今やライバルとなったアルオン・グループに近づく、またとない機会なのだ!」


「だからって娘を送りこむって、親としてどうですか!?」


 戦国時代とかじゃあるまいし、こんな政略じみたこと、時代錯誤も甚だしい。


 しかし祖父の一言が、仁愛の胸を深く貫いた。


「ならばおまえに問うが、将来を誓った相手はおるんかい?」


「うっ!」


 残念ながら……そんな相手は、いない。


「お前も、いいトシだ。これが嫌ならば、強制的にこっちで見合いをさせても――」


「行かせて頂きます」


 祖父の脅迫に、仁愛は屈した。


 仁愛の背中に悪寒おかんが走る。


 お見合いなんて、とんでもない。


 絶対に嫌だ。


 そんなことをされるくらいなら、このパーティーに参加して、適当に過ごして帰ろう。


 そうだ、なにもこびを売って気に入られる必要はない。行くだけ行って、馬が合いませんでしたで終わらせればいい。仁愛は深くて長~い、ため息をつきながら、封筒を持って会長室を出た。


 会長室があるファーストアイ・ホールディングス本社ビル十階の廊下を、青い顔でよろよろと歩く仁愛。


 今回のような話は、以前からされていた。


 仁愛は二十二歳だが、二十歳を過ぎてから頻繁に結婚の話をされるようになった。


 早い話、祖父は早く曾孫ひまごを、父は早く孫を見たいし、今後の会社の跡取りが候補が欲しくて仕方がないのだ。


 ところが残念ながら仁愛は、これまで異性を好きになったことがない。


 興味もない。


 でも、こればかりは……あらがえない、か。


 仕方ない。


 がっくーん、と肩を落としながら、廊下を歩き、エレベーターのボタンを押した。


 仁愛は商品開発部、第二課、第三係に所属している平社員だ。当然、このファーストアイ・ホールディングス本社社長の令嬢が就くべきポストではない。


 だが、これは「会社のトップ候補は下を知らなければならない」という父の意向であり、父もかつては平社員として働き、会社の実態を知ってから上へと駆けていった人物だ。


 仁愛が昼で帰ることは部署にも伝わっていた。


 昼前に係長から「帰っていいぞ」と言われ、席を立ち、頭を下げて更衣室に行く。


 私服に着替え、スマートフォンを手にしながら会社を出ると、父に電話をした。


「お父様?」


「ああ。例の件か?」


「はい」


「で、どうだ?」


「佐藤係長は疑いようもなくE評価です。彼の業績は全て部下の仕事によるもので、それを自分の手柄にしています。前回の新商品開発プレゼンテーションの資料を作ったのは全て私です。しかし、プレゼンで佐藤係長の口から私の名は出なかったと推察しますが、いかがでしょうか?」


「ああ、確かにおまえの名前は出なかったそうだ。会議の内容は開発部長の土橋君から聞いている。土橋君は、おまえが資料に入れておいたサインに気づき、あの資料は佐藤係長が作ったものではないと見抜いていたよ」


「さすがは土橋さんです。しかし、佐藤係長は上からの受けだけは良いのです。率先して宴会の幹事を行ったりするので、課長クラスからは好まれているようですが、仕事は全くできない無能なので、部下は残業を余儀なくされています。このままでは、近いうちに第三係でメンタルダウンする社員が出ます」


「そうか……そこまでか。わかった。早急に対応しよう」


「そうするべきです。では」


 画面をタップして、通話を終える。


 これが仁愛の、ファーストアイにおける本当の仕事だ。


 ただの平社員で仕事を学ぶだけではない。


 下から見た上司をひそかに評価し、それを会社役員に持ち上げる。ファーストアイがここまで大きくなれたのは〝上司による評価制度〟だけではなかったからだ。


 現社長でもある仁愛の父と仁愛は、自らそのモデルケースになった。実際、こうして主任・係長・課長レベルは下からの評価システムによって安泰とはいかなくなったおかげで、社内のがんになっている中間管理職を早めに切り取ることで、急速に強い組織へと育っていった。


この評価制度を導入するにあたり、どうして祖父と仁愛でやったのかというと、そこは仁愛の父である志郎強く反対したからだ。


 志郎の経営方針は社員を信じることだったが、それに対して祖父である令司と仁愛は、昭和時代に築かれたシステムは変えていかなければどんどん衰退していくという、革新派だった。


 そこでまず令司は志郎を平社員として入社させ、無能な上司を明るみに出し、本当に有能なものが上に立つという結果を出した。


 こうして結果を出した令司は志郎を説得、孫娘である仁愛も学歴社会の壁をぶち壊すことに賛成で、祖父の改革に強烈な追い風を吹かせた。


 仁愛は祖父と父に、学歴よりも才覚を重視すべきであると主張し、有能ならば中卒の社員でも係長にするという、この規模の会社では珍しいことをやってのけて会社の成長を促進した。


 それにしても、と、仁愛は封筒に目を向けて思う。


 今回の話は、仁愛が勤めるファーストアイのライバル会社である、アルオンの創業者一族と懇意になってこいというものだ。


 あわよくば、この橘栄貴という男性とお近づきになれという。


 はあ、とため息をつく。


 生まれてから、このかた二十二年間、恋人ができたことはない。


 そしてこれからも、恋人を作るつもりもない。


 もっともっと仕事に打ち込みたいし、今の立場から出世して、バリバリ働いていきたい。その方が楽しいし、友人が話す恋人の愚痴を聞いていても、やはり一人が楽だとしか思えなかった。


(よし、パーティーには参加する。で、上手くいきませんでした、ということで済ましちゃおう!)


 仁愛はこの日の夜、どう立ち回るかを定めると、帰宅する足を速めた。

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