私の名前は、
見りゃかわかんでしょ。
前髪パッツンの姫カットのカワイイ女子高生よ。
アタシが柴犬や黒髪ショートの剣士に見えんなら、眼科か脳外科に行ってきなさいって話。
おっといけない。こんなところで無駄に女子力を浪費するわけにはいかない。
女子高生は3年しか保たないのだ。アタシが女子高生でいられるのは、約26,280時間しかない。
もう1年は使っちゃったから、今の残り時間は約17,520時間だ。
そんなわけで、アタシは忙しいの。
いま何しているかと言うと、自分の部屋でベッドをひっくり返して、カーペットを引っペ返し、剥き出しのフローリングに油性マジックで魔方陣を描いてる。
なぜこんなことをしてるのかと言われたら、女子高生にとっては当たり前だけど、大悪魔を召喚するため。
アタシが好きになったサッカー部の
できれば、ヨシコを血祭りに上げて、モズの早贄みたいに屋上のポールに突き立て、校長先生が「あばばば!」って叫ぶところまではいきたい。
「もう! ルーン文字とか方程式より難しい! でも、これで大丈夫ね! さあ、召喚するわよ!」
なんか見様見真似で描いて、床板の隙間のせいで微妙に線が曲がったところもあるけど細かいことは大丈夫でしょ。
「えーと、呪文は…『エロエスドエム〜、エロエスドエム〜、我は喚び求めちゃうんだからぁ! ど●だけぇ〜!』? ……なんでどっかのメイクアーティストっぽいのよ?」
うーん。お父さんの部屋のベッド下に隠してあった、『悪魔的調教編〜理想のMになるために〜』は何か役立ちそうだったけど、役に立たなさそうね。
薄給で、アタシを理想の金持ち令嬢にできなかったお父さんも、大悪魔に頼んで市役所の屋上に早贄で……まあ、それはついででいいわね。
「後半はアレンジでいっか。『エロエスドエム〜、エロエスドエム〜、我は喚び求める! 早く来いや! さっさと来いや!!』…どうよ!?」
お。なんか魔方陣が光りだしたっぽい。
なんか「何も起きないじゃない!」ってのがよくある展開だけど、アタシみたいなカワイイ女子高生なんだから何が起きてもいい。むしろ起きない方が失礼とも言える。
スモークも立ち込めてきた。こんな思わせぶりな演出いらんからはよしろ。
そして、人影がスモークの後ろから……ん? あれ?
なんか1人じゃなくね? 数人いるんじゃね?
目を凝らすと、人影は3つ……中ぐらいの、大きいの、小さいの。随分と身長差がある。
そして光と煙が少しずつ晴れて……
「ふむ。ここが異世界か」
真ん中にいた銀色のショートボブが、バリントンボイスで言った。
「魔力を感じさせない世界。新鮮ですね」
向かって左側、背の高い、銀髪のロングストレートがハスキーボイスで言った。
「兄さん。本当によかったの?」
向かって右側、背の低い、ショートカット銀髪がソプラノボイスで言った。
……これが悪魔?
なんか耳は尖ってるけど、3人ともイケメンっぽい。
アタシのイメージしてたのは、毛むくじゃらのクマみたいな感じで……用途的にもそれを希望してたんだけど。
「ん? おい。そこの下等生物」
ん? どこの?
「お前だ。お前」
「え? もしかしてアタシ?」
「そうだ。他に誰がいる」
なんだ。顔はいいけど、口悪くね? サイアクなんですけど。
でも、まあ、願いを叶えるためだから我慢よ。叶えて貰ったら速攻帰って貰おう。用無しになったらオサラバよ。
「我々を喚び出したのはお前か?」
「え、ええ。そうよ。アタシは黒川まじか!」
「そうか。わかったぞ、下等生物」
「わかってないじゃん!」
思わずツッコんでしまった。
「コホン。ええと……まず、名前! そっちの名前は?」
「なぜ教えなければならん? 察せ」
「察せるか!」
なんなの、コイツは!
確かに悪魔は名乗らないとか書いてあったけどさー。
「あのー」
「え?」
右の小さな子がおずおずと手を上げてる。
「ボクはティーノです。そして、こっちが次男の…グランシュタイン」
背の高いメガネが「フフン」とか言って腕を組む。
……なんか厨二病っぽい名前だなぁ。
「そして長男の…」
「シルバー吉田だ」
「……は?」
「シルバー吉田だ」
「そんな芸人みたいな名前が…」
「すみません。長男のアリオンです」
「おーい! なぜウソついた!?」
アリオンは「エイプリルフール」とか言ってるけど、もうとっくに過ぎてるわ!
「……んで、こんな無駄な時間過ごしたくないの。本題にいくわね。アンタたち悪魔を召喚したわけは…」
「「「悪魔?」」」
あれ? 3人が首を傾げている。
どういうこと?
「俺たちのどこが悪魔に見えるんだ?」
「え? だって、さっき魔力がどうたらって…」
アタシは、グランシュタインを指さす。
「私たちもエルフですから。魔法くらいは使えますよ」
「エルフ?」
「マジカさん、もしかして僕たちがエルフと知らなかったんですか?」
ティーノが聞いてくるのに、アタシは頷く。
エルフ……って、耳が長い森に住むファンタジーな種族よね。
ってことは、悪魔喚ぼうとして、間違えてエルフを喚び出しちゃったってこと?
これは事故ってこと?
「うーん、まあ、悪魔じゃないけど、出てきたんだから願いは叶えてくれるのよ…ね?」
「「「願いを叶える?」」」
ハモるなよ。イラッとするな。
「なにを言ってるんだ? この下等生物は」
「え?」
「お前が我々の願いを叶えるんだろ?」
「……は?」
「ええ。私たちの伝承には、『異世界に召喚された者はなんでも願いを叶えてもらえる』とあります」
「は? い、いやいや! 逆だから! 普通、喚び出された方が願いを叶えるもんでしょ!」
「なにを騒いでいるんだ。お前の願いなんて知らん」
「いや、待って。ちょっと待って。そのエルフの伝承ってヤツが間違ってると思うから…」
「間違いですか?」
小首を傾げるショタ、ティーノはカワイイけど今はそれどころじゃない!
「えーと、あーと……そう! そうよ! アンタら流暢に日本語喋ってるけど、きっと言語が翻訳する時に何か手違いがあったとかよ!」
「手違い? 俺たちの日本語は完璧だ。『林檎』や『鸚鵡』という漢字だって書けるぞ」
アリオンは、転がっていたマジックペンで床に達筆な字で漢字を書く。
「普通の日本人はまず書けないわよ! って、なんでそんなに詳しいのよ!」
「勉強したから」
「え?」
3人はローブの下から、『ゴブリソでも解る日本語入門』という本を取り出して見せる。付箋がやたらと付いている。
「べ、勉強って…」
「この『日本』という異世界は、私たちにとっては理想郷でしてね。このようなモノであれば魔法で取り寄せる事も可能なのですが…」
「異世界『日本』に行ったエルフは伝承にしかない」
「なら、どうしてアンタたちは…」
「今日、『日本』からマンガが届く予定だったんです。そこで転移門でボクたちが待機していたら…」
「いつもは両手幅しか開かないゲートが、今日ばかりは俺たちが通れそうなくらいに拡がってな。これはチャンスだと思ったんだ」
「もしかして、それがアタシの魔方陣と…」
「偶然、繋がった…ということですね」
そんな……
悪魔じゃなくて、『日本』かぶれの外国人を招くような感じになるなんて……
「ちゃんとガイドブックも持ってきている」
アリオンは、もう1冊……『東京観光案内』を持っていた。もちろん付箋もたくさんついている。
「さあ、下等生物。行くぞ」
「行くって……どこに?」
「決まっているだろう。まずは『浅草』だ。案内して貰うぞ」
「え、ええ…!? そ、そんな、ジジババ臭スポットに女子高生である私が!」
「兄上、私は秋葉原というところへ興味がありましてね」
「そうか、グラン。お前はフィギュアが趣味だったもんな。浅草からそう遠くないから、今日ついでに行けそうだぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「あ、あの、ボクは……」
「え? ティーノ…くん、も?」
指を突き合わせてモジモジするショタ……くっ! お姉さんを萌頃す気か!
そして、ティーノくんは、恥ずかしそうに『東京ディ●ニーランド』のパンフを取り出す。
「……ミッ●ーに会いたいです」
キュン!
狙ってんのか! 唇に人差し指を当てるなんて!
くそー! 会わせてあげたい!!
「さあ、行くぞ。下等生物。俺はカタナが欲しい」
「行きましょう、マジカ殿。私はレトロゲームも興味があります」
「……あのー、マジカさん。ボク、パフェってのも食べてみたいです」
イケメン3人が容赦なく、アタシを囲う。
「もー! わ、わ、わかったわよ! いいわよ!」
どうしてこうなった、という気もしたけど──もういい。女子高生は勢いだ!
それに、イケメン3人を引き連れて歩くのはなんか自慢になって楽しそうだし!
「こうなったら、アンタらまとめて面倒みてやるわよ!!」
アタシがそう言うと、日本かぶれエルフどもは沸き立つ。
──そう。これは、アタシこと黒川まじかと、イケメンエルフたちの不思議で奇天烈な生活の始まりに過ぎなかったんだ。