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第3話 そのお芝居はどんな話?

「『約束の花束をあなたに』……」


 そのタイトルには覚えがある。


「身分の差がある関係は上手くいきませんわ。それは物語やお芝居の中だけのもの。『約束の花束をあなたに』のような出来事は決して起きないのだと、固く己に言い聞かせておきなさい」


 前に姉上が引き合いに出したけど、『約束の花束をあなたに』がどういうものなのかを知らない僕の心には、まったく響かなかったやつだ。

 意味を尋ねる前に姉上は本邸から去ってしまったし、書き付けを調べても『王都で流行りの演劇』という一文いちぶんしかなくて、内容は分からずじまい。

 困った僕は勝手に「姉上が記載を避けるくらいだから、没落した貴族の男が高い地位を持つ家の女性を誘惑するような……つまり、ちょっとオトナな内容の劇」と予想した。


 でも、サラは本を読んだって言ったよね。

 そんなオトナな話を読んだの?

 あれ、でも『約束の花束をあなたに』って、演劇だったよね?


 混乱する僕の前でサラは微笑み、また前を向いて歩いて行く。いつものように部屋に入って、扉を閉めて、本棚から一冊の本を取り出した。


「……ね。あなたは『約束の花束をあなたに』のこと、好き?」

「そう……ですわね……」


 僕は口ごもる。

 困ったな。僕は内容を知らないから好きも嫌いも答えられない。でも姉上エレノアは当然知ってるわけだから、何かしらの返答はしなきゃ。


 とりあえず「嫌い」って言えば簡単だよね。「嫌いだからこれ以上その話はしないで」で、おしまい。

 ただし“最高の淑女”としてはあまりに「らしくない」答えだ。本物の姉上ならきっと会話を広げるはず。

 それになにより、サラは『約束の花束をあなたに』が好きみたいだ。好きなものを頭ごなしに否定されると悲しくなるよね。僕はサラの悲しい顔なんて見たくない。


 じゃあ、どうする?


 頭を全力で回転させて、僕は答えに辿りついた。

 ニッコリ笑って扇で口元を隠す。


「サラさんはその作品がお好きなのね? どのようなところが良いのか、わたくしに教えていただけるかしら?」


 サラはニ、三度瞬きをして、くすっと笑った。


「これもテストの一環ってことですね? 分かりました。じゃあまず、私が内容をちゃんと分かっていることを示すために、あらすじをお話します。エレノア様は私がズルをしないよう、本を持っていてください」


 サラは手の中の本を僕に渡す。薄紅色の装丁がなされた表紙には上品な金の飾り文字で『約束の花束をあなたに』という文字が綴られていた。

 僕の胸が急速に高鳴る。あのとき姉上が教えてくれなかった物語が今、数か月たって僕の手の中にあるんだ……。


 なんて、さすがに誇張しすぎだね。ちょっとドキドキするけどそこまでじゃないよ。


「お預かりいたしますわ」

「私が話しているあいだでも、中のページは自由に確認してくださいね」

「ええ」


 僕は座って机に本を置く。

 サラは立ったまま話を始めた。


「『約束の花束をあなたに』はもともと戯曲でした。公開は二年近く前のこと、作者はロナ・エグディです――」


 ロナ・エグディという劇作家が現れたのは三年ばかり前。

 観劇が盛んな王都では“まがりかえでどおり”に大小いくつもの劇場が並んでる。劇作家だって何人もいるから、新人作家ロナ・エグディの作品は比較的小さい劇場で公開された。


 ところがロナ・エグディの四作目『約束の花束をあなたに』が大ヒット。連日のように観客が押しよせるため小さな劇場は大変な騒ぎになり、ついに劇場同士が協議して『約束の花束をあなたに』を大きな劇場へ移動させることにしたそうだ。

 しかもとどまることを知らない人気のおかげで『約束の花束をあなたに』は小説まで出版されたんだって。

 すごいねぇ。ずいぶんお金も入ったんだろうなあ。


「まず、暗い舞台の脇に吟遊詩人が現れます。そして『これより皆様をご案内しますのは、今ではない時間、ここではない場所でございます』と言って、持っていた楽器をかきならす。途端に舞台がぱっと明るくなったかと思うと、砂色をした王宮が現れ、鮮やかな色合いの衣装を着た人々がいる。――この素敵な導入部分は、エレノア様もご存知ですよね?」


 全然ご存知じゃないけど僕はうなずいておく。

 本をめくってみると、サラの言ったとおり、吟遊詩人のセリフのあとに異国情緒あふれる挿絵があった。南の国の風景だ。僕が子どものころ、こんな絵をうちで見たことがあるよ。


「お話は、主人公である王子ムダルの子ども時代から始まります」


 ムダルの住む王宮にはいろいろな人が出入りしていた。その中の一人が商人の娘、ラジュワー。

 同じ年齢ということもあって、ムダルとラジュワーは仲良くなる。


「『大きくなったら結婚しようね。そのとき僕は両手いっぱいの花束を持って会いに行くよ』というムダルの言葉に、ラジュワーは大きく『待ってるね!』って答えるんです。無邪気な二人は可愛い……です、ね」


 サラはちょっと切なそうな表情で言って、話を続ける。


 やがてラジュワーの父は高官たちに賄賂を贈り、低いとはいえ王宮内の官職を得た。娘のラジュワーも美しく成長していて、多くの求婚者が押し寄せてくる。

 けれど愛らしかった子ども時代と違い、ラジュワーは高飛車でワガママな性格に成長していた。誰からの求婚も酷い言葉ではねつけるため男性たちは少しずつラジュワーから離れて行くが、たった一人諦めなかった人物がいる。ムダルだ。


「ムダルは信じていたんです。昔のラジュワーは優しい子だった、今の彼女は絶対に嘘の姿だ、何か理由があるはずだって」


 だけど父親が官職を得たとはいえ、王子と平民の結婚なんて許されるはずもない。しかもラジュワーは悪名高い女性だ。周りはみんな反対するし、ラジュワー自身もムダルの求婚を手ひどく断り続ける。

 それでもムダルは諦めなかった。周りを説得する一方で、ラジュワーにアプローチも続けた。


 口笛を吹きながら通り過ぎると見せかけて、投げキッスと同時に求婚したり。

 玄関横の樽から急に現れ、大声で脅かしつつ求婚したり。


 ムダルが努力するシーンの数々をサラがコミカルに演じるうち、物語はクライマックスへ進む。


 ある日ムダルは、王宮の庭にしか咲かない花を持ってラジュワーを訪ねた。それは二人の思い出の花だった。

 ラジュワーはムダルと花束を見て涙を流し、こう言った。


 身分の低い自分はムダルと結婚できないけれど、他の誰かとなんて結婚したくない。だから悪い女のフリをして男性を遠ざけていたのだと。

 すべてを告白したラジュワーは花束を受け取った。ムダルの想いが通じたんだ。

 ラジュワーは今までの行いを男性たちに謝罪し、皆も二人の関係を認めてくれた。


 舞台の最後を飾るのは結婚式。

 華やかな祝いの場で晴れやかなムダルとラジュワーが見つめあう。互いの顔が近づいたところで幕が下り、めでたし、めでたし――。


 途中からずっとポカンとしていた僕は、本のページをめくることさえ忘れてた。机の上では子ども時代のムダルとラジュワーが花の咲く庭で楽しそうに笑っている。


 あの……サラは、お芝居の内容を語ってくれたんだよね?

 内容の一部に既視感があるんだけど、これはきっと僕の気のせいだよね……?


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