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寄夢 ~よりゅうめ~
寄夢 ~よりゅうめ~
八刀皿 日音
ホラーホラーコレクション
2025年04月06日
公開日
8万字
連載中
 本州近海の島、鐘目島。日本有数のテーマパークが開園し、新開発のただ中にあったこの地を襲った大地震と台風の複合災害は、たった1日で観光客も含めた島内のほとんどの人間を犠牲にした――。  世間ではそう認知されている、〈鐘目島大災害〉。  しかし――その真実は、余人の想像を超えるどころか、世の理の埒外にすら及ぶものであった。  回収された資料によれば、「1ヶ月」はその災厄の中を生き続けていたという高校生たち……。  その中の1人の視点から、改めてこの事態を振り返ることとする。  ――『夢を見るな。夢に見られるな』

おはようとおやすみと


 ――真っ正面から照りつける、無機質な白い照明。

 それはまるで、昆虫の複眼のようで……。



 目覚めた僕が見たのは、そんな眩しすぎる白い照明を背に、ぐるりと輪になって僕の顔を見下ろす人々の姿だった。

 とても明るいのに、少しの暖かみも無い空気の中で。


 これまでの人生で実物を目の当たりにした機会はないけれど……彼らの服装や視界に入る光景から、ここが、いわゆる手術室と呼ばれる類の部屋だってことは分かる。


 現に、僕を見下ろしつつ、何か言葉を交わし合う人々(どうやら外国人も混じっているらしい)は、マスクで隠れて目元しか見えないものの、いかにも医者だとか研究者といった雰囲気が窺えた。


 ただ彼らは、僕が見ていることに気付いていないようだった。

 いくら真っ直ぐ見つめても、彼らと僕の視線がまるで交わらないのだ。


 意図的に無視したとしても、こんなに近くで、こうまで噛み合わないなんて、まずありえないはずなのに。



 いや、そんなことより――



 僕はなぜ、こんな所にいるのか?

 ……肝心なその理由が、僕にはまるで分からない。


 ただ、きっと手術の最中なんだってこと……それぐらいは分かる。


 手をやって確かめることが無理なら、見ることだって出来ないけれど……ついさっき、頭を切り開かれたばかりだって感触があるから。


 痛くはない、でも、ひどく心細い。

 ――何せ、脳を剥き出しにされたんだ。


 だけどこれが何の手術なのか、そしてその原因が何なのかは……分からない。

 病気なのか、怪我をしたのか……その辺りの記憶がまるで無い。



 ……記憶…………記憶?


 待て、そもそも僕は……何を、覚えている……?



 何かを思い出そうとしても、思考が掻き乱されて、まとまろうとしない。

 しかもそれに合わせるように……何かが、僕の脳に触れている。


 指か――何かの器具か。


 思考を直接、掻き混ぜようとするように。

 または、何かを探すように……。


 それは僕の脳のあちこちに触れ、まさぐっていく。



 ――途端に、急激に気分が悪くなった。

 やめてくれ、と叫びそうになる。



 けれどそうする前に、脳に触れていたものは。

 何かを、そっと抜き取って――そして僕から離れていった。



 ――からん、と。


 金属質の物が転がったような音が、した。




 ――からん、と……。


 金属質の物が――





景司けいじくん、景司くん!」


「――え?」



 からん、という音の余韻が尾を引く頭の中に、誰かの声が割り込んでくる。

 それが、耳元で僕自身を呼んでいるものだと気付いた瞬間――。



 視界の光景が、手術室の白から、赤へ――。

 射し込む太陽に赤く染まる休憩室の天井へと、移り変わった。



 ……夢を? 夢を、見ていた……!?



「――まさか……っ!」


 その事実の示すところに僕はぞっとした。

 慌ててソファの上で身を起こし、名前を呼んでくれていた傍らの人間を見やる。


 生粋の日本人とは明らかに違う金髪の少女は、その髪と見事に調和した青い瞳を不安げに見開いて、僕を見つめていた。



「景司くん、まさか、夢……」



 問いかけに僕が頷いて返すと、息を呑む彼女の瞳に、怯えが影を射した。

 けれど――彼女はこの場から逃げたりはせず、おずおずと僕に質問を向ける。


「私の名前、分かる?」


「……ユリ。唐津からつ、ユリ」


「じゃあ、あなた自身は?」


「僕は――景司。有須賀ありすが 景司」



 僕がはっきりと名前を答えると、彼女は――ユリは、ほうっと大きく安堵の息を吐いた。



「よかった……大丈夫みたいだね」


「うん……早いうちに起こしてもらえたお陰かな。

 ――ありがとう、助かったよ」



 簡素なソファやテーブル、そして大画面のテレビに、申し訳程度の観葉植物が置かれた、もとはきっと、この建物で働く人たちの休憩室だった場所――。


 そんなこじんまりとした室内の様子を改めて確かめた後、ソファ側の壁に掛けられていた鏡を覗き込みながら、僕は……。

 自分の手を何度か握ったり開いたりして、自分が自分であることを再認識する。


 ……もっとも――。

 もしも『あの状態』になってしまっていたのなら、結局そんな確認なんて、何の意味も無いのだろうけど……。


「大丈夫だよ、景司くん。目も、普通」


 鏡越しのユリの言葉に、僕はもう一度小さく礼を言って頷いた。



 そう……僕は確かに夢を見た。


 けれども、その中で『見る』ことは無く、『見られる』ことも無かったようだ――幸運なことに。



 額に浮いた冷や汗を拭いつつ、ソファの大きな肘掛けの上に置いていたスマホを見る。

 ディスプレイのデジタル表示は、今が37時ちょうどであることを示していた。


 その事実に、僕はほんの少し落胆していることを自覚する。

 どうやらまだ、もしかしたら、という希望を捨て切れていないみたいだ。


 ――いや、希望そのものを捨てるわけにはいかない。

 生き残るため、生き抜くために。


 だけどそれは、向ける方向を間違ったら、意味が無いどころか、さらなる絶望へ繋がることになりかねない。

 だから、余計な部分は切り捨てなきゃならない――。


 ソファを下りた僕は、スマホと同じようにすぐ側――枕元に置いていた拳銃を手に取って、何度かグリップを握り直してその感触を実感してから、ズボンのベルトに引っかけた。

 ……気が付けばいつの間にか、こんな冷たい鉄の塊が手にしっくりと馴染むようになっていた――そのことに僅かな嫌悪すら感じながら。


 この『1日』の間に、何人を手に掛けただろう。

 知らない人も知っている人も、そして友達すら――僕は殺した。


 もはや、人に銃を向けることに慣れてしまった僕は、たとえ誰かが必要悪だったと弁護してくれたとしても……もう後戻りの出来ない、殺人者だ。



「……………」



 そうして、暗い気分を弄んでいられたのも僅かのこと――。


 いきなり辺りに、恐怖一色に塗りつぶされた悲鳴が響き渡った。



「――ッ!」


 ――近い……!



 僕と同じように驚くユリに、他の友人たちの居場所を尋ねながら、僕は急いでドアに駆け寄った。


「景司くんが起きるまでは、って言ってたから、まだあの――」


 ユリの返事を背中で聞きつつ、ドアノブに手を伸ばす。

 けれど――僕の手が触れるその前に、ドアの方が開いた。



 そこにいたのは。

 水平線にもたれかかる太陽に赤く照らされた、見知った顔で――



「もう少し、寝ていれば良かったのに」


 そう言うなり、僕の額に冷たいものを押しつける。



「――――え」



 それが、銃口だと気付いた瞬間――。

 何かが弾ける乾いた音が……すべての感覚を、真っ黒に塗りつぶした。



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