――真っ正面から照りつける、無機質な白い照明。
それはまるで、昆虫の複眼のようで……。
目覚めた僕が見たのは、そんな眩しすぎる白い照明を背に、ぐるりと輪になって僕の顔を見下ろす人々の姿だった。
とても明るいのに、少しの暖かみも無い空気の中で。
これまでの人生で実物を目の当たりにした機会はないけれど……彼らの服装や視界に入る光景から、ここが、いわゆる手術室と呼ばれる類の部屋だってことは分かる。
現に、僕を見下ろしつつ、何か言葉を交わし合う人々(どうやら外国人も混じっているらしい)は、マスクで隠れて目元しか見えないものの、いかにも医者だとか研究者といった雰囲気が窺えた。
ただ彼らは、僕が見ていることに気付いていないようだった。
いくら真っ直ぐ見つめても、彼らと僕の視線がまるで交わらないのだ。
意図的に無視したとしても、こんなに近くで、こうまで噛み合わないなんて、まずありえないはずなのに。
いや、そんなことより――
僕はなぜ、こんな所にいるのか?
……肝心なその理由が、僕にはまるで分からない。
ただ、きっと手術の最中なんだってこと……それぐらいは分かる。
手をやって確かめることが無理なら、見ることだって出来ないけれど……ついさっき、頭を切り開かれたばかりだって感触があるから。
痛くはない、でも、ひどく心細い。
――何せ、脳を剥き出しにされたんだ。
だけどこれが何の手術なのか、そしてその原因が何なのかは……分からない。
病気なのか、怪我をしたのか……その辺りの記憶がまるで無い。
……記憶…………記憶?
待て、そもそも僕は……何を、覚えている……?
何かを思い出そうとしても、思考が掻き乱されて、まとまろうとしない。
しかもそれに合わせるように……何かが、僕の脳に触れている。
指か――何かの器具か。
思考を直接、掻き混ぜようとするように。
または、何かを探すように……。
それは僕の脳のあちこちに触れ、まさぐっていく。
――途端に、急激に気分が悪くなった。
やめてくれ、と叫びそうになる。
けれどそうする前に、脳に触れていたものは。
何かを、そっと抜き取って――そして僕から離れていった。
――からん、と。
金属質の物が転がったような音が、した。
――からん、と……。
金属質の物が――
「
「――え?」
からん、という音の余韻が尾を引く頭の中に、誰かの声が割り込んでくる。
それが、耳元で僕自身を呼んでいるものだと気付いた瞬間――。
視界の光景が、手術室の白から、赤へ――。
射し込む太陽に赤く染まる休憩室の天井へと、移り変わった。
……夢を? 夢を、見ていた……!?
「――まさか……っ!」
その事実の示すところに僕はぞっとした。
慌ててソファの上で身を起こし、名前を呼んでくれていた傍らの人間を見やる。
生粋の日本人とは明らかに違う金髪の少女は、その髪と見事に調和した青い瞳を不安げに見開いて、僕を見つめていた。
「景司くん、まさか、夢……」
問いかけに僕が頷いて返すと、息を呑む彼女の瞳に、怯えが影を射した。
けれど――彼女はこの場から逃げたりはせず、おずおずと僕に質問を向ける。
「私の名前、分かる?」
「……ユリ。
「じゃあ、あなた自身は?」
「僕は――景司。
僕がはっきりと名前を答えると、彼女は――ユリは、ほうっと大きく安堵の息を吐いた。
「よかった……大丈夫みたいだね」
「うん……早いうちに起こしてもらえたお陰かな。
――ありがとう、助かったよ」
簡素なソファやテーブル、そして大画面のテレビに、申し訳程度の観葉植物が置かれた、もとはきっと、この建物で働く人たちの休憩室だった場所――。
そんなこじんまりとした室内の様子を改めて確かめた後、ソファ側の壁に掛けられていた鏡を覗き込みながら、僕は……。
自分の手を何度か握ったり開いたりして、自分が自分であることを再認識する。
……もっとも――。
もしも『あの状態』になってしまっていたのなら、結局そんな確認なんて、何の意味も無いのだろうけど……。
「大丈夫だよ、景司くん。目も、普通」
鏡越しのユリの言葉に、僕はもう一度小さく礼を言って頷いた。
そう……僕は確かに夢を見た。
けれども、その中で『見る』ことは無く、『見られる』ことも無かったようだ――幸運なことに。
額に浮いた冷や汗を拭いつつ、ソファの大きな肘掛けの上に置いていたスマホを見る。
ディスプレイのデジタル表示は、今が37時ちょうどであることを示していた。
その事実に、僕はほんの少し落胆していることを自覚する。
どうやらまだ、もしかしたら、という希望を捨て切れていないみたいだ。
――いや、希望そのものを捨てるわけにはいかない。
生き残るため、生き抜くために。
だけどそれは、向ける方向を間違ったら、意味が無いどころか、さらなる絶望へ繋がることになりかねない。
だから、余計な部分は切り捨てなきゃならない――。
ソファを下りた僕は、スマホと同じようにすぐ側――枕元に置いていた拳銃を手に取って、何度かグリップを握り直してその感触を実感してから、ズボンのベルトに引っかけた。
……気が付けばいつの間にか、こんな冷たい鉄の塊が手にしっくりと馴染むようになっていた――そのことに僅かな嫌悪すら感じながら。
この『1日』の間に、何人を手に掛けただろう。
知らない人も知っている人も、そして友達すら――僕は殺した。
もはや、人に銃を向けることに慣れてしまった僕は、たとえ誰かが必要悪だったと弁護してくれたとしても……もう後戻りの出来ない、殺人者だ。
「……………」
そうして、暗い気分を弄んでいられたのも僅かのこと――。
いきなり辺りに、恐怖一色に塗りつぶされた悲鳴が響き渡った。
「――ッ!」
――近い……!
僕と同じように驚くユリに、他の友人たちの居場所を尋ねながら、僕は急いでドアに駆け寄った。
「景司くんが起きるまでは、って言ってたから、まだあの――」
ユリの返事を背中で聞きつつ、ドアノブに手を伸ばす。
けれど――僕の手が触れるその前に、ドアの方が開いた。
そこにいたのは。
水平線にもたれかかる太陽に赤く照らされた、見知った顔で――
「もう少し、寝ていれば良かったのに」
そう言うなり、僕の額に冷たいものを押しつける。
「――――え」
それが、銃口だと気付いた瞬間――。
何かが弾ける乾いた音が……すべての感覚を、真っ黒に塗りつぶした。