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11.ゴメンな


 岩崎いわさき古宮こみや、それに富永とみながさんと合流した僕らは、みんなで少し休憩を取ることに決めた――のだけれど。

 ここでそのまま座り込んで休憩するというのも、封鎖した扉のこともあるし不安が多い。


 そこでひとまず、壁の案内表示で、次の出口とのちょうど中間辺りにあるのが分かった、スタッフ用の休憩室まで頑張って進むことにして――。


 そして特に問題にぶつかることもなく、スムーズに辿り着けたそこは……大きめのソファと、小綺麗なテーブルがいくつも設えられていて、僕ら全員がゆったり出来るだけの広さが充分にあった。

 他にはテレビ台らしいものもあるけど、残念ながらテレビは置かれていない。


 泰輔たいすけが先に言ったように、いい加減みんな疲れが溜まってきてたんだろう――。

 休憩室に入るや否や、みんな思い思いの場所に腰を落ち着ける。

 ふう、という大きなため息もいくつも聞こえた。


 そんな中……泰輔はすぐに立ち上がると、部屋を出ようとする。


「泰輔、どこ行くの?」


「ん? いや、向かいに清掃器具とか工具とかしまってある部屋あっただろ?

 何か、いざってときに使えそうなものないか、また見とこうと思ってさ。

 ……モップ、さっき使っちまったし」


 泰輔の答えに僕は、それこそいざってときに1人じゃ危険だと思い、同行を申し出た。


「僕も付き合うよ。1人より2人だと思うし」


「そっか、悪いな」


「……ならその間に、こっちはこっちで情報交換みたいなことでもしておく」


 任せろ、とばかり手を挙げる祥治しょうじに思い思いに返事をし、僕らは部屋を出た。



 休憩室の向かいは、先だってやはり僕と泰輔で物色した部屋と同じく、いくつもの棚で区切られた中に、それぞれ洗剤や工具、清掃具がきちんと整理して収められている。



「これでチェーンソーとか置いてあったら、状況に合いすぎてて笑えるよな」


 棚に置いてある物をざっと目で追いながら、泰輔は軽口混じりに苦笑してみせる。

 ……そんな彼を、僕は頼もしく思わずにいられない。


 基本的に普段の彼は面倒くさがりで、良くも悪くもマイペースな人間だ。

 だけどそのお陰か……何かが起こったときなんかは、他の人間が慌てて混乱したりする中でも、比較的冷静に、率先して行動を起こしてくれる。


 今日のこの状況なんかは、その最たるものだ。

 今のところ何とかみんな落ち着いて行動出来ているのも、彼の力によるところは大きいだろうし……そもそも僕について言えば、彼が助けてくれなければ、あのレストランで死んでいたかも知れないのだから。


「電動の小型ドリルと釘打ち機ならあるけど?」


 奥の方の棚に置いてあった、銃のような形の機械を見せると、泰輔は一瞬「お」と興味深そうにするものの……すぐさまため息混じりに首を振った。


「……ダメだダメだ、そんなもん持ってっても却って危ないだけだぜ。かさばるしな」


「まあ……そうだね」


 僕が小型ドリルと釘打ち機を元に戻している間に、泰輔は、ガムみたいな地面にこびり付く汚れをこそぎ落とすための、金属のヘラを手に取っていた。

 そして、別の棚に置いてあった小さいながら丈夫そうなウエストポーチを腰に巻くと、その中にヘラを初めとしてこまごまとした物を色々詰め込む。


 ヘラなんて何に使うのかと思ったけど、休憩室に戻ってからの彼の行動で理解出来た。


 泰輔はソファに腰を下ろすと、一緒に持ってきた棒ヤスリで、先端部分を丁寧にやすりがけし始めたのだ。

 鋭利とまではいかなくても、薄く尖らせることで簡易ナイフにするんだろう。


 ちなみに僕らが戻ったときには、既に休憩室では何人もがうとうとと舟を漕いでいて、あとは起きている人の間で、ぽつぽつと散発的に雑談が発生するだけのような状況だった。

 ある程度予想はしていたけど、祥治に改めて聞くまでもなく、互いに交換するほどの情報が無かったことが窺える。


 ただ、もし話し合うことがいっぱいあるような状況だったとしても、どれだけ真剣に向き合えたかは分からない。

 ……ソファに座って身体から力を抜いた途端、僕も眠気に襲われたからだ。


 さすがにみんながみんな眠ってしまうようなことになったら無防備で危ないんじゃないか……と思って、何とか僕は睡魔に抵抗しようとする。


 それを知ってか知らずか、ちょうどいいタイミングで、テーブルを挟んで向かいに座っている岩崎が話しかけてきてくれた。

 どうやら彼は彼で、疲れてはいるものの眠ろうという気は起こらないらしい。


「……なあ、そう言えばさ。

 有須賀ありすがたちって、みんな、幼なじみなんだろ? 小学校ぐらいからの」


「ああ……うん。

 みんなが同時に仲良くなったわけじゃないけど、大体そうかな」


「ならさ、何か昔の面白い話とかない?

 有須賀なら頭もいいし、結構そういうの覚えてるだろ?

 ネットも繋がらないし……なんか、気晴らししたくてさ」


「ああ、うん、えっと……」


 そんなことを尋ねる岩崎に、何の悪意も無いのはよく分かっている。

 他愛のない話で、少しでも今の理不尽な状況を忘れたいんだって気持ちも分かる。

 そして僕自身、出来ればそれに付き合いたいとも思う。


 でも――。



「ん? 何? 有須賀、意外と記憶力には自信ないとか?」


「うん、何て言うかな……」



 でも、僕は、昔――特に小学校の頃の記憶を思い出すという行為を……あまり、したくはなかった。

 額に、嫌な汗が浮かぶのが分かる。



「――悪いな、岩崎。

 景司けいじに、ガキの頃のこと聞くのはやめてやってくれ」



 僕が岩崎にどう言い出そうか悩んでいると……。

 事情を知る泰輔が、ヘラをやすりがけしながら、少しばかり強い語調で助け船を出してくれた。


「ヘタに隠しても景司が余計な誤解受けるだけだから、ぶっちゃけて言うけど。

 コイツ、ガキの頃、大きい事故に遭ってるんだ。

 その影響でさ、今でもその頃のことをムリに思い出そうとすると、気分が悪くなったりとか――」


「え、マジ……!? あああ、ゴメン、悪かったよ有須賀。

 オレ、そんな話全然知らなくてさ……さっき言ったこと忘れてくれ。

 あ〜、ホント、ゴメンな?」


 泰輔が言い切るよりも早く、事情を察してくれた岩崎は平謝りに謝ってくる。

 僕は却って悪いことをしたような気になりながら、気にしてないから大丈夫、と岩崎に応えた。


「バカ話なら俺が代わりに付き合ってやるよ、岩崎。俺もまだ眠くねえから。

 ――だから景司、お前はちょっと寝とけ。

 目がしょぼしょぼしてて、眠いの丸分かりだぜ?」


「え、うん……ごめん、ありがとう」


 泰輔のお陰で、過去を思い出すという行為から逃れられたという安堵も手伝ったんだろうか。


 彼の言葉に甘えることにした僕は、ソファに深くもたれかかって目を閉じた途端……。

 すっかり強力になっていた睡魔に、あっさり眠りの中に引きずり込まれた。



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