魔道具とは、こんなに便利なのか――
隠密のブレスレットからは僅かに魔力が吸われていた。ただ、レベル三の猫宮だから感じる事かもしれない。兎田山なら気づかないレベルの微力だろう。
集めた『魔核』を持って異世界側からゲートを潜ったが、人にぶつからない限り相手からはこちらが見えていない。
問題は、
鹿下も、本来そのくらい盛況であるべき店なのだが。他に客がいたら、いなくなるまで待つ作戦で、そっと中に入った。
「誰もいませんね……こんにちは、鹿下さん!」
「ひゃぁぁぶぁぁぁぁ!!!」
兎田山が隠密ブレスレットを外して声をかけたせいで、鹿下は椅子から勢いよく滑り落ちる。
「そんなお化けみたいな出現の仕方があるか、普通ビビるだろーが」
「私たちもたいして変わってないと思うわ」
犬丸と猫宮も姿を現し、立ちかけた鹿下はまたも転倒した。
猫宮も、先程エンテとシーニュにやられたので、気持ちはよく分かる。
「すみません、例のアイテムを折りよく借りれたので」
「あ、あ、あ……し、死ぬかと思いました……」
「すまん」
「ごめんなさいね、ここに出入りしてることを
兎田山に手を引っ張られて、ようよう立ち上がった鹿下は、被っていた黒いフードを引っ張った。
「やっぱり――生徒会長さんだったんですね」
「やっぱりというと、なにかありましたか?」
「少し前に来て、犬丸くんたちにはポーション類を売るなって」
姿を隠して入店して、正解だった。
四狼の手があちこちに回っている。おそらく、初心者が行きそうなところは既に目を光らせているのだろう。
「鹿下さん、無理しないでくださいね。鹿下さんを困らせたいわけではないんです。今回きたのも、『魔核』をただで融通する代わりに魔力ポーションを安くしてくれないかという図々しいお願いをしに来ただけなんです」
「も、勿論無理しますですよ!一介の陰キャだって、虫ケラみたいな意思がありますですよ、『貴方の意思なんて関係しやがらねぇんです』とまで言われたら、オケラだってアメンボだって陰キャだって生きてるんですよ!リメンバーミー!」
猫宮は眉を顰める。
鹿下に言われた言葉は、きっとあの一年生生徒会の女子のものだ。
四狼に心酔してるのは分かったが、犬丸がいないところでもこんなに高圧的だとは思わなかった。
四狼がここまで犬丸に固執する理由は、何なのだろう。
もしや――兎田山が唱えていたBL論。それがもしかしたら真実なのではないのか。
「小桜、目のハイライトが消えてる!何考えてるかわからねーが今すぐ止めてくれ!!きっとそれは何かの間違いだ!!」
「イチャイチャは是非見たいところですが、脱線してますよ!私たちの目的は一致してるんです。鹿下さんがいいなら協力してもらいましょう」
『魔核』を渡し、魔力ポーションを値引きしてもらう。
またも揉めたが、珍しく鹿下が強気で言い張るので兎田山たち三人だけは魔力ポーションの販売価格は一つ十万に決まった。
「あの、あのあのあのあの……」
「鹿下さん、どうしたんですか。随分口ごもってますが」
「いつか、その、こんなクソザコですがいつか護衛依頼を出してもいいですか?皆さんに」
「勿論よ」
よく分からないなりに、猫宮は即座に了承する。
四狼たちに脅されても、負けずにこちらに味方してくれたご縁には仇を返せない。もっとも、猫宮たちはもっとレベルを上げなければならないが。
「護衛は生産職さんのアイテム収集など、外出の際の身の回りの安全を守る役目ですね」
「なにかとってくるものがあれば、取ってくんぞ」
「うああああの、毛虫モブの分際で、へあああっ」
「落ち着いて、鹿下さん!」
猫宮が鹿下の手を握ると、鹿下は手を振り切って器用に後方に三転した。
「まっ眩しい……呼吸がっ」
「しっかりしてください、気持ちはよーく分かりますよ!尊死、それは推しからのもたらされる情報と奇跡……!宇宙が始まり、モブはただそこに為す術なく拝むしかないというそのエラ呼吸のハート」
「主語が意味もなくデカすぎるんだよッッ!
鹿下の店は駄菓子屋サイズの店であり、その狭い中で揉めていいはずもない。危うく並べられた体力ポーションのひとつが割られかけて、騒動は止まった。
「すみません……お騒がせしました、毛虫モブですみません……」
「そんな、何か言いかけていたわよね?」
視線を合わせると鹿下が激しく動揺するので、猫宮は気をつけて発言する。
「あの……ただ、一緒っっにっっ……ゲートをっ……まだこっちで出歩いたことがなくてっ」
「ああ、異世界をお散歩したかったのね?四狼くんのことがどうにかなったら、絶対に一緒に行きましょうね」
「猫宮さん――あなたという方は崇拝者量産型の罪な推しですね」
蕩けて崩れ落ちた鹿下を、兎田山が風を送る。
だが、猫宮は兎田山という経験値で知っていた。
過度に接触すると何故か挙動不審を与えてしまう事は、少しずつ時間をかければ慣れてくれる法則を。
いつか、
こんなにひっそりと訪れず、堂々と会える時までに。