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第31話 お金で解決できますか?②

  シュトルトの持ってきたラーニングスクロールは、これまで稼いできた金貨四百枚でお買い上げする。

  足りなかった分は、少しだけ残して持ってきたカレールーで補完した。


 半分以上は、兎田山うだやまの持ち金貨だが、推しに課金できるチャンスを逃すオタクはいません!と嬉しげに支払っていた。


  問題は、翻訳トランスレーションのラーニングスクロールが一枚しかなかったことだ。


「俺は別になくてもいいぜ。小桜こざくらと兎田山が翻訳してくれるんなら」

「不便じゃないですか?」

「このパーティで別行動はねぇだろ。問題ねえよ」

犬丸いぬまるくん、フラグみたいな発言ですねぇ。推しが一人になったら僕の不安が炸裂するので迷子にはならないで下さいね」

「兎田山てめぇ!」


  ペットボトルの水を飲みながら、猫宮ねこみやは笑う。

  兎田山と連れ立つようになってから、犬丸の素顔が出てきてくれて嬉しい。


剣術ソードプレイ一枚、瞬足スピードアクセル三枚、体術コンスティートゥート三枚、鑑定アプレイズ二枚、翻訳トランスレーション一枚、飛行フライ三枚――そして、氷槍アイシクルランス一枚」


氷槍アイシクルランスって――魔法かしら?」

「はい、魔法使い系の『ジョブ』の方専用です」


  猫宮は嬉しくて兎田山を振り返ったが、兎田山は少し考え込んでいた。

「シュトルトさん、これ金貨四百枚でほんとに足りてますか?」


  はっとする。シュトルトはお金を使い果たしたと言っていた。もしかすると本来はもっと――。


「ウダヤマさん、商人にはコネがあります。見くびらないでください。私がお金ないのは、王都の外れに店を持ったからです。商人の願いを叶えました、それもこれもみなさんが貴重なものを売ってくれたからです」

「それなら――いいのですが」


  兎田山の声は、何割か納得しきれていない様子だった。今の猫宮はそれが分かる。

  もっと、異世界のものを持ち込んでシュトルトには恩返ししたい。

  シュトルトは、すぐさま猫宮たちに使い方を説明してくれた。


 『魔核』と一緒に魔力をラーニングスクロールに流すと、『スキル』が体内に宿る。

  本来の『ジョブ』から派生しない『スキル』なので、使い込んでもレベルは上がらないことだけが難点だと言う。


  猫宮は早速、キラーラビットの『魔核』を使って魔力を流し込む。

 ラーニングスクロールに書いてあった文字が、魔力に吸い取られるように消えていき、開いていたステータスに翻訳トランスレーションの『スキル』が足された。


[これが、異世界語――話せる!話せてるわ]

[凄いですねえ、ラーニングスクロール]

「おいっもう仲間はずれなのか?!」


  ツッコミつつも、犬丸も笑っている。

  一つ取得して、弾みがついた。次々と各自自分のラーニングスクロールをゲットしていく。


  猫宮は、翻訳トランスレーション鑑定アプレイズ剣術ソードプレイ瞬足スピードアクセル体術コンスティートゥート飛行フライ


  犬丸は鑑定アプレイズ体術コンスティートゥート瞬足スピードアクセル飛行フライ


  兎田山は瞬足スピードアクセル体術コンスティートゥート飛行フライ氷槍アイシクルランス


 パワー系の『スキル』もすぐさま使ってみたいが、村の女性からお風呂が沸いたと言われて、猫宮は汗を流すことにした。

  兎田山はシュトルトと商談をしつつカレーを。    

  犬丸は覗きが出ないようテントを見張ると言う。


「異世界でお風呂――贅沢ね」


  犬丸があらゆることに備えるお陰で、猫宮はサンダルでお風呂を堪能していた。

  五右衛門風呂は直だと足が火傷する。

  成人男性向けのサイズなので、思ったよりは狭くないが長い髪を洗うのが難しい。


慧士けいし、お願いがあるんだけど」

「どうした、小桜こざくら?!何かあったか?」


 テントに、慌てた犬丸のシルエットが映る。


「髪の毛を洗うのを手伝って欲しいの」


  シルエットはつんのめり、転倒した。

  小桜が思わず、鹿下かのしたを思い出すレベルの動転ぶりだ。


「なっっ!はっっ、その、待て!」

「ええ」


  熊のようにウロウロしてひとしきり、犬丸はマジックバッグから何か取り出す。

「は、入るぞ……?」


   後ろの方で兎田山がぎゃあぎゃあと盛り上がっている音を背負って、スポーツタオルで視界をできる限りシャットアウトしながら犬丸が入ってきた。


  手にした大判バスタオルを、湯に浸かる猫宮に渡してくる。


「これで……身体に巻いてくれ。濡れていいからっ」

   言われた通りに猫宮が巻くと、犬丸はスポーツタオルで自分の視界にハチマキをした。


「危なくない……?」

「見えた方が色々あぶねーから気にするな!!」


  手探りで、犬丸は猫宮の髪を濡らしていく。

  ゴツゴツした指が、不意に猫宮の肩に触れて、二人は慌てて声を殺す。そうでないと変な声をあげるところだった。


(むかしやってもらっていたから頼んでしまったかど……慧士ってもうすっかり大人の手をしてるわ……)


  訳もなく、顔が熱くなる。とんでもないことを頼んでしまったかもしれない。

  優しい手つきで髪に触れ、お湯を流す。その仕草に猫宮は顔を覆った。


  見ていれば分かるのに。とっくにお互いは子供じゃないことを。


  それなのに、バスタオル一枚の姿でようやく猫宮は理解した。

  犬丸が大事にしてくれていること。

  護衛だからかもしれない――それでも自分は犬丸の中で特別なのだと。


  異世界で、まるで二人きりのような感覚に襲われて、猫宮はそっと目を閉じた。


  ――自分は、想像以上に恵まれて、幸せだ。

  自分だけの片思いだとしても。


   今、彼の指を支配するのは自分だということ。

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