◇◇◇第一部隊発電所◇◇◇
「見世瀬さん。総司令からの許可がおりました。本当は嫌ですが、総司令と同設定での使用をこちらからも許可します」
「え? いいんですか? やったー!」
「貴方、本当に総司令がお好きなんですね。こちらとしても心配です」
私は先に発電機の中に入り、埃をはらった。電気・電流を使用するこの機械は埃一つで火事になる。
常人では耐えきれないほどの超電流を流すことができる、この機械は使う人も見る人もヒヤヒヤするくらいだ。
そしてこれは、0から総司令が設計・組み立て等を行ったもの。有り合わせの部品と、彼が持つ大金を注ぎ込みかき集めたもので、作り上げた発電機。
ここにある全6機中2機しかないものだ。そんな機械に見世瀬さんが乗り込もうとしている。
準備が終わると、今度はパネルを操作する。今回使う発電機は総司令が普段使ってるものと同じモデル。
それでも、初期モデルではなく正規部品で作った安全性の高いモデルにしている。総司令が使うのは、その隣にある初号機だが……。
「見世瀬さん。貴方が今から使うのは、初期モデルの次に作られた超電流使用可能モデルです。景斗総司令との相談の結果、初期モデルは暴走する可能性があると、先程連絡がきました。それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫です。景斗さんと同じことができるのであれば」
「かしこまりました。では、段階的に上げて行きましょう」
「お願いします」
見世瀬さんが機械に乗り込む。電力を流すヘルメットをかぶる。Tの字になるように手足を伸ばし、枷で固定。
扉を閉める。見世瀬さんからの合図を待つ。その目には迷いがなかった。むしろ、総司令と同じことができるという喜びを含んだ笑顔。
私でも下位モデルで唸るくらいなのに、彼は何も分かっていない。ここからが、地獄だと言うのに。
総司令・隊長・副隊長。この3つの役職でしか許されない発電機。私が初めて知った時は、『こんな地獄があるなら、なんのため』と疑問視していたくらいだ。
見世瀬さんがコクリと頷く。開始の合図だ。私はコードや装置などの最終点検をして、起動のボタンを押した。
「では始めます」
機械は作動する。電流が流れる音。その一瞬で、見世瀬さんの顔から笑顔が消える。
大丈夫なのだろうか。私は余計に心配になった。総司令に連絡をする。すると、10分おきにレベルを上げるよう指示を受けた。
総司令でも1時間おきなのに、かなりのハイペースだ。その勢いに勝てるはずもない。
相手が苦しんでなくても、苦しそうに見えてしまう私の手は、電流の出力を上げるボタンの上で震えていた。
見世瀬さんの目を見る。歯を食いしばっている姿は無理をしているようにも見えた。だけど、これが彼の覚悟だと分かれば、総司令の言うことを聞くしかない。
レベルを1段階上げる。耳をつんざくような機械音。少し見世瀬さんの表情が強ばった気がした。
目を凝らしてみると、何かを唱えている。耳を傾けて聞こえてきたのは……。
『もっと……。魔力操作が上手くなるように……』
まるで、自ら自分を鍛えようとしているかのようだった。ここまでストイックになったのかと、彼の成長を感じる。
自己肯定感が低く。自分に自信もなく。だけど、〝次期隊長になるんだ〟という、意思の表れ。
それだけ、みんなの前に立ちたいのなら、自分を褒められるようになることを優先した方がいい。
でも、これが彼なりのやるべきことなら――。きっと総司令はそのために、発電機への乗りこみを許可したのだろう。
いつの間にか彼を応援しようとする私がいる。もっと、もっと、誰よりも強くなって欲しい。
私でもギリギリだったこの試練乗り越えて欲しい。また10分経ちもう1段階上げた。その時の彼の表情はとても清々しい顔をしている。
どうやら電流の勢いに慣れてしまったようだ。タンクへの魔力供給を開始して、もう30分。たった30分でこんな澄まし顔ができるなんて……。
彼の身体で何が起きているのか。それを探ろうとするほど、迷宮に入っていく。少しして、甲高い音が鳴った。
警報だ。私はすぐに状況を確認した。どこかで不具合が起こっている。どこで、なぜ。
すると、一人の整備士が『タンク不足』と教えてくれる。タンク容量を確認すると、最初から接続していた3つが全て満杯寸前。
急遽追加で5つ接続すると、警報が止まる。彼の魔力量もパネルに表示された数値でチェックすると、全て異常値を示していた。底知れない魔力。彼はどこまでいく。
「ただいまー。お、最中やってるねー!」
「け、景斗総司令……。おかえりなさい……。って彼らは」
神出鬼没にも無理があるが、いつの間にか総司令が帰っていた。それも一人でではない。政府の人間から、別地区の服をきた少年まで。
「皆さん紹介します。こちらが現隊長の朝比奈麗華さんです。そして、後ろにいるのが、この発電施設の整備士。今機械に入って魔力提供しているのが、件の見世瀬優人次期隊長です」
「『なるほど……』」
総司令は普通に話しているが、他のメンバーは興味なさげに頷く。私もどのテンションがこうさせてるのか不明だった。
「麗華さん。今優人さんは何段階目?」
「え? あ。はい。今10段階中3段階目です」
「了解。時間ないから、一気に10段階目に変更して。彼なら大丈夫だから」
「本気ですか!? 10段階目って……」
私は総司令の指示に耳を疑った。何が時間がないというのだろうか。現状を理解できない私は、パネルに手を伸ばすことすらできなかった。
「わかったよ。じゃあ、麗華さんは、後ろで見てて。通話接続開始。優人さん? 聞こえる?」
『はい。聞こえます。話は聞いてました。体調に変化はないです。このまま最終段階まで上げてください』
「了解。通信切断。出力ページ展開。出力レベルを3段階目から10段階目まで上昇。適用確定っと……」
総司令は迷いなく操作を完了させた。機械の中にいる見世瀬さんは、電流を浴びながらも大あくびを見せる。
この人も斬さんや総司令と同じ部類。ありえない。まるで私だけが置いてきぼりを喰らっているかのようで、存在が薄くなった気がした。
「優人次期隊長。とても楽しそうですね……」
「そ、そうでしょうか……」
「そうですよ! あ、自己紹介忘れてました。ぼくは吾妻涼。小学6年ですけど、現役で中部地区第一部隊隊長と総司令を兼任しています」
「は、はぁ……。わ、私は関東地区第一部隊隊長の朝比奈麗華です。もう、隊長と呼べるほど強くないですが……」
なんだか私の方が自信を無くしてる感じがした。この時点で彼は私を超えている。いや、超えられてしまった。
私がここを去るのは時間の問題だ。見世瀬さんが魔力提供を開始して約1時間。結果接続していたタンク全てが満杯になった。
機械を停止させる。扉を開けて枷を外す。念の為脈を測ると、正常よりも低かった。あれは痩せ我慢だったのだろうか。
彼はぐっすり眠っていた。とても気持ちよさそうな顔だった。景斗さんが亜空間から魔生物の残骸を見せる。
すると、見世瀬さんの鼻が数回ピクりと動いた。パッと見開かれる目。ガシッと残骸を捕まえると、貪るように食らいつく。
「お腹すいてたんだね……。優人さんの意識は低下してるから――。今は蓮さんかな?」
「え? い、いえ……僕ですけど……」
「あはは。動きが蓮さんっぽかったから勘違いしたかも。あそこにいる少年が蓮さんと戦いたいって言ってるから、魔力回復したらお願いできる?」
「わかりました。大丈夫です」
「じゃ、決まりってことで……。皆さんを第一部隊訓練場へと案内します。ついてきてください」