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第2話 身近にある死線

世界が混沌に満ちてからどれほどの時が流れたのだろう。 これまでに多くの血が流れ、数えきれないほどの人命が失われていた。


しかし俺に、いや――俺たち人間にとって、それは生まれてきた時から変わらず続いている日常であり、平和な時代を知らない人たちにとっては何らなげくほどの悲劇でもなかった。すでに死や破壊が当たり前の日常となってしまっていたのだ。


一日として途切れることの無い魔族との戦い。


まるで戯れの様に現れては災害のような爪痕を遺しては消えていく悪魔族デーモン


世界中のどこにも安寧の場所などなく、いつ訪れるとも知れぬ死への恐怖との戦いの毎日。


各国が協力して指揮を執り、戦える人々は剣を手に、押し寄せる脅威へと懸命に立ち向かい続けた。



それが普通の事。



この世界はそういうものなのだ。



これまでも、これからも、ずっと変わることの無い混沌カオス



ずっとそう思って生きてきた。



あの時、あの場所で、この世界に起こった真実を知るその時までは……。




ロディニア大陸南部にあるレムリア王国。


俺の生まれ故郷であるこの地に新たに発見されたダンジョンがあった。


『ダンジョン』。


それは各地に自然発生する地下迷宮。


そこには地上にはいない「魔物」と呼ばれる生物が生息しており、誰が置いたのか分からないアイテムや武具が眠る場所。


そのアイテムらは何故か人類にしか使用することが出来ず、それらのお陰で身体的にも魔力的にも劣る人類が、これまで長きに渡って魔族との戦闘を継続することが出来ている理由でもあった。


魔族や悪魔族と戦う戦士たちとは別に、ダンジョンでの探索を主とする探索者と呼ばれる者たち。


俺が探索者となって十年ほどがあったある日、その新しいダンジョン発見の報と、その初回探索の募集が探索者ギルドのギルマスから告げられた。


「アベルさんは参加するんですか?」


皆が突然の発表にざわつく中、唐突に背後から声をかけられた。


「……カインか」


赤髪の若い男。精悍な顔つきだが、どこか人懐っこさを感じる少年の幼さの残こる青年。


これまでに何度か共に行動をしたことがあり、このギルドの中では珍しく俺に声をかけてくる一人だ。


「お前も知っているだろう?初回の探索は道中にどんな罠があるかも分からないから危険が大きい」


「でも、見返りも大きいですよ?」


「命と天秤にかけるだけの物が手に入る保証は無い」


魔物を倒して手に入るドロップアイテムは確率で何度でもドロップするが、宝箱に入っているレアアイテムは一度しか手に入れることは出来ない。つまり早い者勝ちである。だが、そういったものは深層にしかなく、ダンジョン内の道も分からない初見で取りに行くのはリスクが高い。欲を出して命を落とした探索者がこれまでにどれだけいたことか。


初回の探索の目的は上層でのマッピング作成が主な仕事になる。


下層へのゲートと帰還ゲート、道中の罠の有無、生息する魔物の種類やドロップアイテム等、後発の探索者が安全に進める為の土台を作ることだ。

そしてその情報を元にダンジョンの危険度ランクを決定することになる。


A級指定されているダンジョンとC級指定のダンジョンとでは、上層においてすら難易度が桁違いとなる。つまり初めて入る者は、そのダンジョンの危険度が分からない状態で探索を行うことになる。


「俺はこれまでに何人もそう言って死んでいった奴らを見てきた。悪いことは言わない。今回は止めておけ」


何度同じことを伝えても、誰も理解しようとしない。死が生まれた時から身近なこの世界の人たちにとって、その価値は遊びで賭けるポーカーのチップと変わりないのかもしれない。今まで誰かに俺の忠告が受け入れられたことは一度も無かった。

逆に俺のような考え方をする者の方が珍しいのだ。


俺には平和な前世の世界の記憶があるから。



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