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深層同調-Lastchapter

 遥か先、それよりももっと先まで、直径5m程の円状の穴が空いている。

 夏姫はあの3回の砲撃で地上10〜30mまで貫通できると言っていた。僕たちがいたA研究棟最下層は地上から12kmの地点。とするとこの穴は11km以上続いているということだ。

 一つ一つの階層を仕切る床と天井を担う層もまた分厚い。だんだん円筒の中を上昇しているような気持ちになってくる。

 夏姫の狙い通り、各エレベーターシャフトから距離を置いたこの円筒は敵の注意の外にあるみたいだった。

 上昇中にどの階層の廊下や部屋の内部を通過しても、敵は居なかったり遠くからこちらへ向かってくる途中だった。

 難なく高速度で上昇をしていると突然

「んんっ!?」

 と夏姫にしては珍しい驚愕と困惑が聞こえた。かと思うと

 バリバリバリ

 と電気系的な異常音とともに視界が真っ暗になった。

 ボードが大きく失速し、フワリと穴から横に移動して着地する。

「ちょちょっちょっとちょっと! 夏姫さん!」

「待ちなまちなまちな! 待ってね〜……えーっとね〜……これは〜……」

 ピキっビビっ……

 ヂヂッ、ピキピキ

 真っ暗なディスプレイに白い線がたびたび走った。それとともに、異音が鳴る。

「んーーーっ! よしおっけーおっけー! シールド情報変化、展開っ!」

 ビュンッといった音と共に視界が回復した。そしてディスプレイは完全な暗視モードになっており、自分たちのいる階層の一部が確認できた。

 高く高くそびえる巨大な円筒が、等間隔で置かれていた。

 15mの天井。その床から天井まで貫く半径10mの円筒。それがこの階層にはいくつもいくつも配置されていた。

 その存在感に圧倒されて仰ぎ見ることばかりをしていたから、下を見た時ついに僕は腰を抜かして尻餅をついてしまった。

 何百体ものアンドロイドが地面に倒れていた。施設があまりに広大なのでそれぞれ倒れている地点はまばらだが、その数は確かに百を超えている。

 そしてそのアンドロイドの百倍の数、スパイダーの死体が転がっている。こちらは施設が広大なのに敷き詰められたようになっていた。

 アンドロイドも巨大円筒も、そのどれもが大きく損壊していた。スパイダーは破壊されたというより、機能が停止したという印象を受ける。

「これはおそらく、防御としてこの部屋全体にジャミングがかかってるんだね。スパイダー程度なら3秒も持たず機能が停止する」

 なるほど、さっきの視界不良は、そのジャミングが原因なのか。僕はヨロヨロと立ち上がりながら、部屋の中央へ歩き始めた。

「この円筒は多分、情報炉サーバーだね。重要な要所だ。でも、3秒で機能停止しようがスパイダーには関係ない。圧倒的な物量で施設の完全破壊に成功した。そのあとは、こんな面倒な場所に戦力を投入する意味もないから、こんな静寂の空間になってるんだね」

 僕は巨大な円筒に手を滑らせながら、部屋のおそらく中央部へ向かって歩いていた。

 歴史の授業で、地球類似環境下で設計される洪水防止用の地下放水路の写真を見たが、確かこんなだった気がする。

「うーん、ちょうどいいや。ランプ、3分ぐらい休憩しよう。君との同調の違和感について調べたいんだ」

「同調の違和感……。生体脳のせいとか?」

「生体脳との同調は何度もやってる。君との違和感は多分、君の装備した拡張脳の特殊さにあるんだ。いままでのどれとも全く質が違うんだよ」

「……わかった。」

 巨大サーバーのそば、アンドロイドもスパイダーも倒れていない一帯を見つけた。

 サーバーを背にして腰を下ろし、両膝を曲げて肘を乗せた。顔を俯かせて、目を閉じた。


「そうだね、18になったら解禁しようか」

 そう言っているアンナ姉さんの笑顔が自然と思い出された。

「君はどうやら、相当情報が制限された環境にいたらしい。

 現在、宇宙全域の人類を脅かす『鉱格生命体』との闘争の歴史も研究の成果も、君のメモリーには存在しなかった。」

 B区画教育棟の同級生たちも、それについては知らなかったかもと、夏姫は言った。

 ……………………。

 そして彼らと再会できる確率は、恐らく低い。


「なぁ、ランプくん」

 夏姫の声が聞こえた。顔を上げて前を見たが、誰もいなかった。

 なんだかすごく神妙な声色だ。

 ……そうか、僕の思考を読んだのかもしれない。

「そうね、結構失礼なことだけど。私を組み込んだからには慣れるしかないね」

 思考と話さないでくれ。あとは気づかないフリとかもできるんじゃないのか。

「ふっふっふっ。ねぇ、君は、アンナの事が好きだったかい?」

 また閉じようとしていた瞼が開いた。

 目の前の暗闇を眺めながら、少し考えてみた。

「好き……、どうかな。生まれてからずっといた人ってだけで……。好きとか嫌いとかでもないかも。結構パシリに使われたし、自分勝手だったし」

「そう……そうね。ランプくん、君は『真実』にどれだけ価値があると思う?」

「……ん? どういうこと?」

「辛い真実より、甘い嘘の世界にいた方が幸せだと思う?」

「……。」

 夏姫さん。それは、優良な15才の少年に聞くには、あまりにもう答えが決まってる問いだよ。

「くっくっく……。確かにね。ごめんよ。じゃあランプ、心して聞いてくれるかな?」


 君が本格的な生体活動を始めたのは一年前だ。

 君はフラスコから生まれ、培養槽に移されて5ヶ月で14才の肉体になった。

 研究者たちは君に中等部入学までの記憶を与え、環境を用意した。

 君は、私「夏姫」の演算強化が機械脳と生体脳でどう効果が違ってくるのか、または生体脳の優位性はあるのかという研究の一部だ。

 しかも君はその研究の途上じゃない。ほぼ完成系といっていい。

 君の14年間は、完全に入力されたものだ。


 いつの間にか、足を伸ばして、両手を完全にだらけさせていた。

 背中を完全にサーバーに預けて、真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ前を見ていた。

「……元々惑星アルターは、周辺星系が結託して管理する研究惑星。貴重な地球類似惑星を最大限に有効活用するための施作だ。

 人の記憶を矛盾なく操り、それに即した環境を用意するのは、並大抵のことじゃない。相当……いや、あまりにも強大な資金と人員、目的がないとできない。

 多分、同級生や先生は誰も君を騙してない。君が入学した時点で、14年間の記憶を君がいた前提に書き換えられたんだ。」

 ……姉さんは? おばあちゃんは?

「……わからない」

 ロトールさんは……。


 君の若さからくる他人への信頼の

 その至極一人称的な人生観の

 あまりの脆弱さに気付かされる瞬間、そこで起こる大きな大きな津波について。


 ロトールさんの眠たげなまぶたの奥、青い瞳が僕を見ていた。

 僕は……どうすればいいのだろう。

 僕は

 僕は……

 ひとりぼっちだ。


「ふふっ」

 どこか遠くの方で、夏姫が笑った。


 体がフワリと浮く。

 夏姫が僕の名前を呼んだ。


 この世界ではね

 騙される人間は

 騙されていることにすら気づけない

 誰かに作られたものが現実になる。

 でも現実が誰かに作られたなんて信じ込むことはただの崩壊でしかない。

 そして次の瞬間には、

 疑惑も記憶も消し飛んで

 数年来の友人や

 数十年従事した仕事や

 数百年の歴史がある自分の血筋が

 突如なんの違和感もなく発生する


 そんな中で、信じられるのはなんだと思う?


 浮遊感が消えた。

 目の前に、夏姫が座り込んでいた。

「なんだと思う?」

 彼女はもう一度、声で問いかけた。

 僕は俯いた。

 伸ばした足、両腿の上にだらけた手が落ちている。

 右腿の隣に、薄闇の中でも赤くつやめくタクトが置かれていた。

「……分からない」

 なにもない。

 僕にはなにもない。

「今あなたは、何を見て、何を感じてる?」

 そうだ、今彼女は同調を切っている。

 思っただけでは、伝わらない。

「……何も見てないよ」

「ふっふっふっ、少年。見るとはそんなに簡単なことじゃないよ」

 俯いた僕の視界に、夏姫の手が現れて、僕の手にフワリと乗せられた。

「今君は、君自身と対峙してる。そして絶望を感じている。」

 なんだその……よくわかんないの。

「君との初の深い同調で私は感じたよ。自分の周囲を君がどれだけ愛していたのか。そしてそれから転じた深い絶望を。そして同時に、君がこの絶望に怒り、絶対に生き残ってやると歯ぎしりしているのもね」

「……生き残ってやる?」

「もう一度聞こうか」

 手のひらが視界の外へ退いた。

「顔を上げて答えて」

 僕は顔を上げた。

「なにもかもがマヤカシかもしれないなかで、信じられるのはなんだと思う? あなたは今、何を見て、何を感じてる?」

「僕は……」

 生き残りたい。

「あなたはここから、なんにだってなれる」

 アンナ姉さんの笑顔……。

 なにかメラメラとしたものが湧き上がるのを感じる。

「誰にも踏みにじらせず、誰にも操られない。これからきっとあなたは誰かに信頼され、誰かを助けられる。誰かと命をかけて戦い、誰かに勝利できる。

 これは紛れもなく、あなたの物語」

「僕は……」

 生き残ってやる。

 ここから出て、姉さんを見つけて、全部分かったって言って、首根っこを掴んでやる。

 全部喋らせて、謝らせて、それから……。

「仲直りして、一緒に逃げようって言ってあげな」

 突然の介入に僕の体が跳ねた。

 いつの間にか夏姫が入り込んでいたらしい。

「年頃の男はヤダね〜ほんとに。男型パーソナリティは女型パーソナリティに優しくしてやんな」

「……じゃあ脳を機械化してパーソナリティを女型に変更する。」

「だとしたら姉妹でラブラブめっちゃ好き好き同士になって終了だね」

「ていうかパーソナリティに男女差は無いって教わったよ」

「無いとされているけど、私は反対派だね」

 本当にわけのわからない人格だ。でも、そうだ。

 僕は、夏姫と共にある。

 必ず生き残れる。

 そんな気がする。

「さて、ランプくん。ここからは全開の同調でいけるよ! なんと君の生体脳と拡張脳は、並の機械脳と拡張脳のセットよりも優位性が認められているからね!」

 タクトを右手に持ち、タクトを杖にして立ち上がる。僕の左右に一機ずつ控えていたビットとアドバンスビットも浮き上がり、グオオォという音と共に情報子光を発し始めた。

「この同調はとっても特殊だからね。研究の題名を借りて深層同調と呼んでいこうか」

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