「そこタクトで開けて入って!」
T字を右に曲がり前進していると、縦幅8m横幅5mほどのハッチが見えた。
周囲のスパイダーの数は落ち着いていて、ビットカノンのみの処理で全く間に合っていた。
ビットに周囲の攻防を任せながらハッチに一辺1.5m程になるよう4回太刀を入れ、ジュオジュオと赤く光る四角形の中央を蹴り飛ばした。
ハッチの厚さは80cmほどだった。それをまたぎ、屈んで入っていった先で最初に目についたのは、10m以上の高さの天井、そこに設置された巨大なアームだった。
第一装甲、または戦闘機装甲の研究やメンテナンスを行うような部屋なのかもしれない。正面には等間隔に置かれた50インチ以上のモニター。左壁際にはサーバー群、右には数十トンの鉄塊を運ぶためのキャタピラのついた機械が3台整列して並んでいる。
フリーブロックを出てから初めて、夏姫の人型が現れる。僕の背後からフラリと視界に入ってきた。
「ちょっとの間、タクト使えなくなるよ」
夏姫が横目に僕を見ながらそう忠告すると、僕の上に浮かんでいた2つのビットが降りてきて、出入り口の四角形の前で止まり、侵入を防ぐシールドを生成した。
部屋に入ってきていたアドバンスビット2機が部屋中央に移動していく夏姫の後ろに追従する。
夏姫が立ち止まって天井を仰ぐ。
「アームが邪魔か」
少し左へテクテクと移動すると
「うむ、ここにしよう」
2機のアドバンスビットが三角を解いた。僕を運んだときのようなボードに変形し、続けて「く」の字に折れると、ひし形を作って連結を始めた。
その四角柱は天井へ先頭を向けたまま高速回転し発光を始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
「うん、チャージの間に説明をしよう。近づかないで、そこで立ってて」
夏姫はピシリと手のひらを僕へ向けて指示を出す。僕はそれに従って、一歩後ろへ退いてまっすぐ立ち、彼女の言葉を待った。
「多分だけど、鉱格生命体はエレベーター付近に監視の目を置いてる。
これだけ地下に展開された施設だからね。昇降機を使わない敵は少なく、それを使わせなければほぼ蓋をした状態にできる。
エレベーターにスパイダーを待機させて、それが動き出したら持てる戦力をそこに突入させる、みたいな作戦なんだと思う。」
ギュイイィン!
出入り口に張ったシールドから鳴った音が部屋の中に反響した。
「安心しな。ゴーレムより上位の戦力が来ないとアレは突破できないから」
バキバキバキバキ……!!
ビットカノンの発射では見られなかった帯電のような現象がビット周りに起こっている。
「今この地点は、A研究棟のあらゆる階層のエレベーターから遠い地点なんだ。
この区間の天井をぶち開けてイッキに上昇しよう。
これからこの『オルタナティブ』のアドバンスカノンを三連射する。多分、地上から30〜10m地点ぐらいまでは上がれると思うよ」
ギュイイィン、ギュイイィン!
バキバキバキバキ……!
僕は出入り口を抑えるシールドと合体したビット「オルタナティブ」を何度も往復して見た。夏姫は余裕そうに天井を見上げている。
夏姫がそういう態度を取っているなら、きっと大丈夫なのだろうが……。自分の焦りがあまりに空振りになっていることに、なんとも微妙な気持ちがある。
「ゴーレムよりって、あれはそんなに下位の兵器なの?」
「君が見た『蕾』あれは高度と幅が15と10km程ある。鉱格生命体の兵器は、そのほとんどが人間の想像の規格外だ。
多分鉱格生命体の主力は今地上制圧にほとんど割かれているんだと思う。
初動はあらゆる施設内部のエネルギー関連の要所をダウンさせる事。外部への長距離ワープ機能を停止させるためにね。
ワープさえ潰してしまえば、残りの脱出先は地下から出て飛行に頼るしかない。丁寧に丁寧に全体を俯瞰しながら確実にモグラ叩きをしてるんだよ」
高さ15km、幅10km。そして丁寧なモグラ叩き……。
「……生き残りは、いるのかな」
姉さんは……
「そうだね、私の最後の記憶は、脱出船の護衛として着いてた所を撃破されたもの。あれじゃ、護衛してた船も無事なわけがない。生き残りがいるかと言われると、わからないね。なにせ最高戦闘力だった私を乗せた部隊が全滅してるんだから」
僕は、なんだか力が抜けてきて、フラフラと後退した。スーツが転倒を避けようと僕の姿勢を正す方向に制御がかかる。僕は姿勢をまっすぐにしたまま、フラフラと壁に向かって下がっていくことになった。
ベタリと壁に背中をつけた。
このまま尻餅をついて、座ってしまおうかと思った。
「準備完了。ランプ、いくよ」
僕のなにかを察してるのか、厳しい口調だった。
僕は夏姫と目を合わせて、壁から腰を浮かそうとしたけど、力が入らなかった。
「どんな状況にせよ、こんなところで立ち止まってる理由にはならないでしょう。こういう時こそ、冷静になるんだよ」
ビュイイイィッ!!
視界が真っ白に染まった。ディスプレイが光度を下げる。僕はまばたきをする気にすらなれなくて、その淡い白一色を眺めていた。
ビュイイッ
ビュイイイィン!!
もう2発同じ音が発せられる。
白が収束し、オルタナティブの四角柱が分解され2機のアドバンスビットとなり、一方がボード状態を保って地面に置かれた。
僕はそのボードに乗るためにフラフラと前進した。
「うん、良い子だ! とにかく体を動かすよ!」
その言葉に、祖母を思い出した。
もう、遠く遠く昔のような気がする。
姉との会話も、友人たちも。
カキンカキンカキン!
いつの間にか入り口からビットが退いて僕の左右についていた。シールドの解かれた四角形の入り口から、一体のスパイダーが侵入をしようと顔をこちらへ覗かせていた。
メキリ
と、自分のこめかみが動いたような気がした。目が見開き、唇が震える。
悲しい。
それ以上に
奴らがイラつく
タクトを握る手に必要以上の力が入る。
「ランプ」
突如、視界が夏姫の顔だけになった。
「気持ちは分かる。でも、こんな時こそ冷静に。そのままじゃ、なにもわからず、なにもかもを奪われる。」
夏姫の顔が僕から距離を取る。上半身が視界に入るまで後退すると、すーーーっとわざとらしく音を立てて息を吸うジェスチャーをした。
僕はそれを真似ることにした。
夏姫が吐く動作をして、僕が続こうとしたその時、ビットカノンが入り口に一発発射された。
僕は驚いて深呼吸の姿勢を崩した。
「んははっ! すんごい顔してるよランプ。どう? 落ち着いた?」
「落ち着いてない」
僕はボードの上に立ち、屈んでボードの脇を左手で掴んだ。
「ランプ! 好き勝手やってるあいつらに、冷や汗をかかせてやろう。あなたになら、それができるんだから!」
夏姫の言葉と同時に、ボードは上昇を始めた。