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深層同調-Chapter7

 強烈な発射音と発光の後、天井の穴から鉄たちの衝撃音がいくつも鳴っていた。

 僕の周囲に、無数のハニカム構造の透明な膜が発生すると、前のアドバンスビットと乗っていたボード、僕の横に控えていた二つのビットが急速に上昇を始め、煙の灰色に染まった丸の中へ突っ込んでいく。

 煙を越えながら上昇をしていると、いくつか進行上にいた鉄塊を弾き飛ばしたらしく、バキンガシャンとシールドに衝撃が走った。

 時速数百で上昇するハニカム構造の球体の中、僕は闇に染まっているように見えたエレベーターシャフトの壁を見た。

 僕の視界が、高速にブレる景色に反応して、その解像度を上げていく。これが夏姫が僕にもたらした機能の一つ、超反射神経だろう。

 壁面に赤い点がいくつか見え始めた。

 それはすぐに無数の数になり、光度が調整され解像度が上がると、足を絡めあいながら壁に敷き詰まった蜘蛛型の鉱格生命体が見えた。

 息を呑むような時間もなく

 赤い点のいくつかが白く発光し、こちらへ向けてなにかを発射する。

 ギュイィィン!

 発射と同時にシールドに弾かれたレーザーはシールドの球体に沿って轟音を撒き散らしながら流れていった。

 一つのレーザーを発端に数え切れない光線がシールドを覆った。暗闇だったシールド周辺の景色が一瞬で超高熱による白と赤に変化した。

 弾かれるビームと、ビーム同士がぶつかり合う爆音が球体内でとてつもない圧を発していた。

 左手だけでボードを持っていたが、タクトを持った右手でもボードを掴もうとした時

 大丈夫心配しないで

 夏姫の言葉が聞こえていた。

 いや、聞こえてきたように錯覚しただけだ。これは、なんと言えばいいのか

「流れてくる、って同調経験者は言うけどね」

 爆音が大きく抑制され、次はちゃんと語りかけられた。

「タクトをちゃんと保持してて。怖がっておっことしたら、敵は的確にタクトを破壊する。そうなったら終わりだよ。防御は完璧だから、今はタクトの保持を優先して」

 ビームを受けながら、5秒ほどの高速上昇を続けていると、遥か遠く左壁際からスパイダーが出入りしているのが見えた。

 遥か先に見えた地点の正面に3秒ほどで接近すると、僕を載せた球体はスパイダーを蹴散らしながらスルリとそこに入り込む。

 シャフトの外に出ると途端にスパイダーの数が少なくなった。

 シャフトの出入り口から右側に折れて進むと

「降りて!」

 と声がかかって、僕はボードから手を離し着地した。

 先ほどいた廊下と同じく、ここも第一装甲による移動を前提にした巨大な廊下だった。

 僕の左右に広がる通路の床、壁面、天井に張り付く10体ほどのスパイダーが見える。

 中央に赤い目のような装置を持った球体。その球体からVの字に2度折れた長い足が4本、補助として使われるそれよりも短い足がもう4本生えている。足先は丸まっていて何かが取り付けられているように見える。その装置が床や天井に張り付く機構を持っているようだ。

 6体ほどのスパイダーが、8本の足それぞれをカシャカシャと忙しなく動かして俊敏にこちらとの距離を詰めてくる。

 2つのアドバンスビットがシールドを解き、何度か僕の左右に向けてビットカノンを発射した。

 一発も外れる事なく、一撃は一体ずつスパイダーを破壊した。

 左奥のエレベーターシャフトの中、そして右奥の曲がり角から、スパイダーが十数匹現れてこちらへ向かってくるのが見える。同時に、後方へ控えていたスパイダーがこちらへ距離を詰め、続けて控えたスパイダーが目を白く発光させレーザーの発射準備を始めた。

 僕はその光景に冷静ではいられなくなってきた。

「全方位シールドを展開し続けられないの!?」

「あれはスパイダー程度の出力だからできる事。ここからはスパイダー以外との会敵も考えられる。リスクがありすぎるね」

 ディスプレイ左端、この階層を真上から俯瞰したマップホログラムが現れた。自分の現在地が示されたけど、複雑ではないが広大でパッと見ではなにも分からない。

「よし! 廊下右側へ前進! 道なりに進んで次のT字を右に曲がる感じでいこう! いけそうかな?」

「知らない! もう全部決めてよ!」

 僕の左右のアドバンスビットはシールドと砲撃のモードを的確に変化させながら、確実に防御し確実に敵を一体ずつ排除していく。どうやらモード変更自体は、まばたきのうちにできるほどスムーズなようだ。

 無数のスパイダーという状況と、自分を囲む兵装の優秀さでより頭が混乱してくる。

「いや判断機関が一つしかないのはダメだよランプくん」

「じゃあもう左の曲がり角まで突っ込むよ!」

「体を斜に向けておくのは忘れないでね! ゴーゴーゴーゴー!」

 僕は八相に構え、左に向かい右足で飛んだ。スーツによる強化で、一回の跳躍で5mほど進む。

「なるべくジグザグに飛んで!」

 左足を踏み込んで着地し、言われた通り正面方向ではなく少し角度を付けて右足を跳ねさせる。

 進行方向にいたスパイダー達の前線が一歩だけ退いた。敵の行動開始によって作戦の書き換えを行なっているようだ。

 左足で着地。

 右肩側でビットがビームを防ぐ。正面のビットがレーザーを発射し僕の進行方向を定めるようにスパイダーを排除していく。僕はその方向へ右足を踏み切る。

「次! 正面スパイダーに突進してタクトで処理!」

 跳躍中に夏姫から指示が飛んだ。

 ディスプレイに映る12mほど先、床に控えたスパイダーにターゲットマークが乗った。

 着地、タクトを上段に構えて踏み切り正面ターゲットに向かって突進。

 スパイダーが目を白く発光させ始めたが、発射より早く僕は右上から左下へ横薙ぎにスパイダーを破壊した。まるで砂が固まった薄い板に全力の手刀を突っ込むような軽さだった。

 横の壁面と天井から攻撃が飛んできたがアドバンスビットがシールドにより防御。即座に砲撃モードへ変化し2体を処理。発射終了と同時に正面へ向きを変えシールド生成、前から飛んできた3発のレーザーを僕に届かせなかった。

 左右方向に視認できるだけでも50を超えるスパイダー、それらに対してビットと僕は速度、防御力攻撃力共に圧倒的だった。

 スパイダーの動きは漫然と見ていると俊敏に映るが、一体にフォーカスして見ると途端にゆっくりと見える。反射神経強化による速度優位も僕に余裕を与えてくれる。

 気を抜かないよ

 強い緊張の意識が流れてきた。

「ふふっ」

 同時に夏姫の笑い声が聞こえる。

 ムッとするような気持ちになった瞬間、またディスプレイにターゲットマークが現れる。

 着地、構えを直しながら跳躍、破壊。

「アンドロイド体でさえ、彼らの一撃が生身に入れば致命的なんだ。慢心は私の指示漏れに繋がるよ。鉱格との戦闘において一度のミスは1発の致命傷。致命傷は2度は受けれない。」

 ……この夏姫という人は、本当によく分からない人格だ。

 曲がり角にあと一飛びで着くかと見えた瞬間、マップホログラム上の曲がり角奥に何かが出現した。

「陸上制圧の突撃中衛『ゴーレム』! 脇構えに、曲がり角中央に着地してゴーレムを正面に捉えて、そのまま突進!」

 アドバンスビットが正面に出てシールドを展開。そのまま右足で踏み切り、曲がり角の中央へ飛び出た。

 曲がりへ体を出したと同時に強烈な光が襲ってきた。

 スパイダーのレーザーとは明らかに威力の違う衝撃音とともに、シールドが難なく防御する。

 光が止み、僕は左足で着地しながら右足を後ろへ引き、タクトを低く構えた。

 6mはあるだろうか、4脚の先が丸まった大木のような足に支えられた巨大な体躯と大砲のような銃口のついた両手を持つ機体が2機、前後に展開しこちらに向いていた。

 顔のような機構はなく、4っつの脚部にカメラのような突起が2つずつ付いていた。

 アドバンスビットが正面のシールドを崩さず、もう片方がカノンを使って周囲のスパイダーを片付け、僕の動線を作ろうとしていた。

 タクトによる処理をしろという指示が状況から伝わる。

 僕は左肩を前に出しながら跳んだ。

 前面のゴーレムがレーザーを発射。同時に、背中側がガシャンと開放されるように動き、何かを床に落とした。

「ゴーレムの周囲を片付ける『ハウンド』! タクトは使わず、ハウンドに向かって突撃! シールドで押し潰して処理するよ!」

 ビームの光が退くと、背中に機関銃のような機構を付けた犬型の鉱格生命体が今まさに僕の方へ突っ込んで来ていた。

 僕は左足を踏み込んでブレーキを踏み、ハウンドに向けてタックルをかますように右足を踏み込んだ。

 ハウンドは背中の機関銃から砲撃を乱射しながら僕の方へ飛んで口を大きく開けた。牙に見える部位が超高熱によって眩く発光している。

 乱射されるレーザーは全て弾かれた。

 ハウンドが大きく開けた口をシールドに食いこせる。 

 ハウンドの上顎と下顎をシールドが突き破るように裂いた。衝撃によってハウンドの首が破裂する。

 首を失ったハウンドの体がシールドに弾かれて右前脚周辺を大きく変形させながら、僕の右上へグシャガシャと激しく音を立て弾け飛んでいった。

 左足で着地、ゴーレムとの距離が2mほどまで詰まった。すぐさまステップを踏んでゴーレムの足元へ潜り込んだ。

 僕は腰を回転させながら、右下段に構えていたタクトを左上に振り上げた。

 タクトから発射されたレーザーと重力波が、6mの巨体を左切上げに分断した。

 後ろに控えていたゴーレムが後退する。

「突進して右薙!」

 僕は振り上げたタクトを左に霞に構え、右足を前に出す。左足で飛んでゴーレムの後退より早く接近した。

 ゴーレムの足元へ潜り込むように着地、タクトを足元まで下げ、そのまま右上に振り上げた。

 ゴーレムは先ほどとは逆の右切上げに分断される。

 ハウンドを砕いてから2秒半の行動だった。

 分断されたゴーレム達の体がゴリゴリと音を立てながら崩れ、グシャリと床に落ちていった。

「あとは目的地までほぼスパイダーだ。焦らず素早く行くよ!」

「了解!」

 僕はそう答えながら、進行方向で蠢く無数の赤い点達を睨んだ。


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