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深層同調-Chapter6

○鉱格生命体

 人類の成長が、技術の飽和によって完全に停滞した。

 無限に近い質量生成と超光速技術を獲得し、ビッグバンによって生まれた宇宙全域の観測に成功すると、このビッグバン宇宙もまた、なんらかの全体の一部であると分かった。

 拡散する宇宙は、なにかを押し退けているのではなく、空間と言えるものに広がっていると、誰もが観測結果として告げた。

 そこには膨張する空間と絶大なエネルギーを交換し合う暗黒の歪みがあった。

 訳のわからないまま投げ込まれた超高密度のシールドを持つ無人探査機は、エネルギー移動の破壊力に耐えて暗闇の中へと入り込んだはずだった。

 0.1秒にも満たない最後の通信を解析した科学者たちは、あの暗闇に全身を投げ込むと「座標の喪失」の後に「存在か情報が消滅する」と結論づけた。

「それは、四つの宇宙空間を繋ぐ、第五の空間。四つの宇宙は第五空間を経由しエネルギーを交換し合う事で、熱量死という寿命を完全に克服した。私たち『春夏秋冬の真姫』計画の達成を意味している。」

 助言を求めた人類に夏姫はそう答えた。

 夏姫主導の元、人類は空間膨張を追尾する装置を作り出し、第五空間の中に意志をねじ込んだ。

 そこから人類は長い長い時間をかけて、第五空間という砂丘に、深い深い穴を掘っていくことになる。

 一万、十万、一億の年月が流れても、その研究は全く衰えを見せなかった。

 別次元の宇宙との交信。誰もがその夢に見せられた。

 ある時、深く砂の中、肩まで突っ込んだ指先に、なにかが触れた。それは自分と同じ指先の形をしていて、明らかな意思があった。

 そこから、それまでにかかった時間以上をかけて、四つの宇宙空間は行き来が可能となった。

 異世界の人類を繋ぐ半径40kmの大きさをもつ3つのワープロール、それらに人類は「三柱の門(The Three)」と名前をつけた。

 鉱格生命体の始祖はそこから現れた。

 それは人間の頭部よりも少し大きい程度、直径70cmの球体だった。

 三柱の門を監視する船団が発見し収容される。

 それは明らかに内部でエネルギーを循環させていた。その情報量はあまりに膨大で、一つの宇宙世界全てのエネルギーと同等の量が考えられた。

 その上それは、人類の干渉に反応した。

 最初の反応は「分裂」だった。研究を進めるために、それに触れれば触れるほど、それは同じ大きさの球体を生成し続けた。

 話し合いの末それらは各星系文明に分けられ、研究を進めることになった。

 そうして一つの惑星の寿命ほどの時間が流れると「球体」を保持する星系がどこにあり、どんな研究を行なっているのか把握できなくなった。

 そして把握の必要性を急ぐものと、諦めるものが終わりの見えない口論と行動をし続けていたある時


 攻撃性を持った球体の分裂個体に攻撃を受けたという星系の報告

 知性を持った球体の分裂個体と協力して新たな文明基盤を築き上げようとしているという報告

 それらがほぼ同時に発生した。


「鉱格」という名称は、彼らに侵略を受けた人類が自分たちの持つ「人格」に対して付けたものだ。彼らと友好的な関係を築く文明は、その言葉を嫌っている。


 ……と、ここまで、夏姫は僕と浅く同調をして伝えてきた。

 春夏秋冬の真姫についての説明は省かれていたけど、多分これ以上詰め込まれると脳みそが爆発すると本当に感じた。

 僕と夏姫は、ビットとアドバンスビットを後ろに控えさせながら、右側へ開く扉の前に立っていた。

 元は自動で開いてくれるのだろう。扉の左側中間にAUTOと上に書かれた矢印が書いてあった。しかし同時に手動操作も簡単で、矢印がくぼんで指を引っ掛けられるようになっていた。

「ランプ君、なにか質問は?」

 矢印に左手を伸ばす僕に夏姫が声をかけた。

 ……今夏姫に質問をして、どうなるというのだろう?

「僕の同級生は、鉱格生命体について知ってたのかな」

「多分知らなかったんじゃないかな。もっと色々情報を仕入れないと判断難しいけど。実戦部隊に配備されてた時は、そういう研究側面の情報は全然入らなかったんだよね」

 この質問に夏姫がどう答えていようと、僕の気持ちは変わらない。


 外に出たい。

 みんなに会いたい。

 姉さんに会いたい。

 そして……そしたら……。

 僕がどこに向かっているのかを知りたい。

 僕はどこに向かえばいいのかを知りたい。

 きっと、きっと失望はさせないから。

 だから

 だから僕を

 置いていかないでほしい


 ディスプレイ右端のワイプで、夏姫が心配そうな顔をした後、なにも聞かなくなった。

 腕と足に力を入れて、引っ掛けた指からドアを動かそうとした。

 一瞬扉の重さを感じたが、手動によって動かすための機構があるのかメキリと少し開いた後はツルツルと動いてくれた。

 ついにできた逃げ場に、モクモクと部屋の中を蠢いていた煙たちが我先にと廊下へ出ていく。

 外へ出た煙は高く登っていき、8mほどの天井に突き当たって広がった。奥行きは13m以上、僕たちのいる出入り口の正面に、第一装甲の脱着をする装置が三つ並んでいて、他のドアの前にも同じように装置が並んでいた。

 全長5mの第一装甲を装備したまま往来ができるように廊下の大きさは設計されているらしい。 

 発光する緑の網が、左右にも大きく広がっていく。左右ともに突き当たりはT時になっているようだ。

 モニタールームも広かったけど、この廊下はそれよりも際限が無い。

 廊下の真ん中へ進み出ると、自分があまりに小さく、あまりに異物であると感じる。

 僕に続いてビット群がゾロゾロと出てきた。

 アドバンスビットは僕の前後に配置され。グラビトンタクトを制御する2つのビットは、僕より上を保ちながら位置を定めずフラフラと浮遊していた。

「前後の状況確認を早くできるように、なるべく体を斜めに向けて動いて。エレベーターはここから左にまっすぐ行って、T字を右。カニ歩きを意識して。カニ。」

 なぜ最後にもう一度カニと付け加えたのか。

 ある所では冷静なAIになり、ある所ではわけわかんないユーモアを発揮する。……正直夏姫のテンションについていく必要をだんだん感じなくなっていた。

 僕は指示通り、少し体を壁に向け足の側面から前に出して進んでいった。

 いつの間にか視界の明度が戻っている。ビットたちの出す光が広大な廊下の水色の壁を照らす。それでも30mほど先からは闇に隠れ始め視覚での確認は不可能だった。

 定期的にソナーを発射しているのか、緑の網で作られるホログラムはフワリと画面に走ったかと思うと消え始め、完全に消失するともう一度フワリと現れる。

 更新され続ける廊下のホログラムに変化は無い。

 戦闘や破壊が行われているような音も無い。

 それでも警戒を解くことは間違っているのだろう。

「あの、戦闘があるって言ってたけど、友好的な生命体であることもあるんだよね?」

「この星のは違う。『蕾』を見たんでしょ? あれが友好的に見えた?」

「……わかった。」

 そんな話をしながら突き当たりに立ち、右へ曲がる。

 モニタールームを出てからおよそ800mほどを進んだだろうか。ついに昇降機の出入り口についた。

「……開いてるね」

 エレベーターは入り口も中も巨大だった。

 エレベーターの正面区間だけ天井が上に伸びていて、エレベーターの入り口自体でも高さが10mある。

 箱は一辺15mの立方体で、真ん中に支柱が立っている。

 第一装甲を装備したままの移動も考慮に入っているのだから当たり前だが、やはり自分がミニチュアになったような違和感がある。

 右奥の天井に、一辺3mほどの正方形の線が見える。恐らく点検や緊急用のハッチなのだろう。

「つかまって」

 僕を先導していたアドバンスビットが三角柱を開く。中央部が後ろに下り、開いた空間を左右の板が狭まって補完した。

 ボードはハッチの下に控える。僕はその上に乗っかって、左手で側面を掴み、上を見上げた。

 視界に後方にいたアドバンスビットが入ってくる。

 それは先端を真っ直ぐハッチに向けて、高速回転と強烈な発光を始めた。

 ゴオオといった回転の風切り音と共にエネルギーが高まっていく音が聞こえる。

 ビュウゥン!

 音だけでも圧力を感じるような低い轟音が鳴り、視界が白に埋め尽くされる。ハッチが破壊される音は発射音に紛れてほとんど聞こえなかった。

 3m正方形の真ん中に、正方形の辺に触れる程の大きく丸い穴が開いた。

 丸の縁はジュワジュワと赤く発光し、その先はまたモワモワと発生する煙に遮られて視認が不可能になっていた。

 カキン。

 煙の奥から鳴った。

 無意識に目が見開いてしまうのを感じた。

 カキン、カキン、カキン。

 それは明らかに足音だった。

「陸上制圧の尖兵スパイダー。頭部からのレーザーはスーツに直撃を喰らうとアウト。ビットカノンとシールドの突撃で処理可能だけど、とにかく数がいるから気をつけて。」

 カキン、カキン、カキン、カキン

 カキンカキンカキンカキン。

 夏姫から敵の情報が伝達されている間に足音は大きく増殖し接近に躊躇が無くなった。

「冷静に、私の話を聞いて動く事、忘れないで。」

 アドバンスビットがまた轟音を鳴らしチャージを始めたその時。

 煙の壁を越えて10以上の赤い点がこちらを見下ろした。

「さぁいこうか!」

 ビュウゥン!

 夏姫の咆哮と共に視界が白く染まった。

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