目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

深層同調-Chapter5

 床から縦3m横1.5m程の範囲の壁が、白から灰色に色を変えた。

 発光を失った部分が下がり床に収納され、その先には長い廊下が見えた。

 廊下の中間で僕は立ち止まって後ろを見た。

 150cmもあるミサイルのような筒が、4機ずつタテヨコ2×2の2列に分かれながら、フヨフヨと後ろについて来ている。なんて奇怪な光景なんだろう。

「まぁスタイリッシュなものではないね。屋内でビット展開なんてしたことないよ」

 僕の怪訝な表情を見てとったからか、僕と整列したビットの間にいる夏姫が可笑しそうに言った。

 廊下は照明が機能しなくなっていた。ビット達が情報光を柔らかくまとっていて、それが廊下内の灰色の壁と奥行きを見えるようにしていた。

 歩いていると行き止まりに当たった。左右方向に開閉しそうだが、これも機能を失っているようだった。グルリと見渡してみたが、手動による開閉装置も見当たらない。

「ふむ、ちょうどいいね」

 後ろでそう聞こえると、夏姫が僕の目を両手で隠した。

 それはすぐ、目の前の薄闇の壁を目視できるまで透き通った。

 ヘッドフォンのようなものが両耳と後頭部の間に生成される。目と後頭部を覆うディスプレイとヘッドフォンの間にある頭髪を、生成されるメットが隠していった。

「ビットとの連携と出力は私がやるから、ランプはタクトを振り回すだけでいいよ」

「エフェクタービットと繋げたタクトなんて使ったことないし、出力も知らないんだけど」

 僕は不満な顔を作って後ろを振り返る。

 後方に控えていたビットが二つ前に出てきて僕に近づいてきた。少し手を差し出せば触れられるほどの距離になると、二機のビットは変形を始めた。

 中間の一部が四分割され外に出る。その中間の隙間を埋めるように先頭が下がり、後部とガシャリと連結すると、少しだけ戻されるように前は出た。

 分割されながら外側に出てきた中間部が本体から少し浮くと距離を保ちながら回転を始めた。それはみるみるうちに早くなり、その高速化とともに中間に空いた部分が光を発し強めていく。

 二つの変形したビットは呼応し、グラビトンタクトの重力操作を強化するフィールドを、僕の周囲に発生させた。

 空間形成は目視では確認できないが、タクトの赤い刃が薄く光を帯びていくのが分かった。

「うんうん、フルフェイスにして正解。情報子光の光度で目が潰れなくて済むし、説明も楽になりそうだ」

 さぁ、ハッチの方へ向き直って! というと夏姫は僕の視界からパッと消えた。

 視界ディスプレイの右端に縦長のワイプが立ち上がり、その中に夏姫が現れた。楽しそうに笑う彼女の表情に驚いていると、ディスプレイ中央にグラビトンタクトとエフェクタービットのホログラムが一つずつ現れた。

「ビットのフィールドは大体半径4m。タクトを使用するときはしっかりビットの近くでね。二つのビットによる重力生成の瞬間出力はざっくり20億J以上。大体のものは破壊できると思うよ。先ずは目の前のハッチに、柔らかい食材を切るような気持ちでタクトを置いてみて」

 20億J……。そんなエネルギー兵器を扱うのにそんな軽さでいいのだろうか。

 そんな文句を飲み込んで、僕はハッチに体を向けた。

 タクトを胸の前に持ってくる。

 グラグラと揺れる、蜃気楼のような光を纏い、刀身は反射して赤く発光している。

「……ふぅーーっ」

 右手をハッチへ差し伸ばし、タクトの光と鉄板を触れさせた。

 キーーーーーーーーッ!

 悲鳴のような轟音が鳴る。あまりにも異常な重量の一点集中によって鋼鉄が大きく変形を始めた。

 変形部は赤く変色しその範囲を拡大させ、タクトとの接触部は強烈に白く発光している。

 ギリギリギリギリ

 ガリガリガリガリ

 悲鳴とともにそんな音がひしめき合って空間にこだまする。数え切れないほどの火花が飛び散り始めた。

 僕に被せられたディスプレイとメットは、視界に入る光度と聴覚に届く音を抑制し、僕の生体にダメージが入らないようにしてくれている。数え切れないほどの火花を全て被っているのに、プレートスーツは全く僕に熱さを感じさせなかった。

 グラビトンタクトは、正に鮮魚を切る包丁のように3mの鉄板に沈み込んでいく。

 そうして長方形に4回切り込みを入れ、思いっきりそこへタックルをすると、ハッチは前方へ吹っ飛んでズシンと倒れた。

 赤く発光し続ける切断面、もうもうと立ち上がる煙。

 緊急事態であることがわかってきてはいるが、気持ちがついてこない。脱出口を作ったのに、そこを越えようと足が上手く動かない。

 数秒ほどそうしていただろうか、右端のワイプが閉じた。

 後ろから夏姫が現れる。

 切り開いた出口へ進んで行く、煙の中に入りながら振り返って

「まずは落ち着きなね」

 と言いながら笑顔を見せて、後ろ歩きのまま煙の中へ消えていった。

「あー……?」

「ふーむ、ふむふむ」

「んー? なんとかなりそうか〜?」

 煙の奥で、彼女の独り言が聞こえてくる。

 廊下の中、夏姫がまた声をかけてくれるのを待ってしまっている。……なんかすごく情けない気持ちが押し寄せてきた。

 そんな感情に押されて足を動かそうとした時、向こうから声がかかった。

「敵性なし。ここがどの地点か分からないけど、攻撃は受けてないみたい。フリーブロックのモニタールームなのかな。出てこれる?」

 3mもの幅がジュクジュクと赤く、煙の厚みを貫いてギラついている。

 僕は右足を浮かせて、その幅の真ん中へずしりと置いた。

 ほんの一瞬泥を踏んだような感覚があったが、熱は感じなかった。

 地面、つまり僕の作った切断面はガタガタとしていたが、スーツの補助性能で僕の膝下はピシリとした重心を崩さないでいてくれた。

 右足に力を入れて、左足を上げる。

 モクモクと立ち上がる煙の壁に、僕はそのまま突っ込んでいった。


 煙を乗り越えた先は、また煙だった。

 フリーブロックが作られる区画は基本的に10km近い地下に作られる。

 照明が機能していないのを見ると、換気機能もほとんど動いていないのだろう。

 すると、僕の視界の明度が大きく下がった。ほぼ明かりのない闇の中のようになると細かい網目状の緑色の光線が奥へ奥へと走っていった。

 夏姫が見当たらないけど、モニタールームかもと言っていた。

 緑の網目に形作られた空間は左右に分かれ、どちらも広大だった。

 左は20m、右はその倍はありそうだ。僕たちの出てきたハッチから正面の壁までは20mほど、そっちの壁には人間大の片側に開く自動ドアが等間隔に5個設置されている。

 5mほどにだろうか、広大な室内にいくつも支柱があることを光線の作るホログラムは伝えている、

 左側は壁につくまでに下がるための段差があり、壁面には床から天井までを覆う巨大なモニターが設置されているらしかった。モニターを確認できると、その段差が席としても機能していることが察せられた。

 部屋の真ん中まで前進し、右へ方向を変えて進んだ。

 僕たちが出てきた側の壁、そこに沿わせてこの部屋の終わりまで数え切れないほど設置された箱のようなものがあるのが分かる。

 これは分かる。サーバーだ。

 完全機械化した人格は、アンドロイド体をココに接続し人格をネットの海に泳がせる。

 このサーバーは彼らにアバターを与え、情報の海を整理し道と街を描き出す。

 全く整備されていない情報の海に、全く防御のない人格を投げ入れると、一瞬でそれは形を無くし二度と戻らないらしい。

 それを推奨する人類文明もあると、コバは言ってたっけ……。あんまり覚えていない。とにかく惑星アルターの文明は「仮想と現実」「電脳と思考」の見分けがほとんど付かなくなっても、個人性を尊重し、イタズラに個人性が失われる行為を禁止している。

 生体を残した僕が、こんな部屋にいるというのは、なんの因果なのだろう。

 そんな事を考えながら、自分の出てきたハッチの方へ体を向けると、出口からズラズラとビット達が出てきているところだった。

 出口に僕がいて邪魔だったのか……。

 フィールド生成のためのビットが僕の後方につく。残り6つのビットが3つずつ正三角に整列した。

 緑色の網目がその情景を作り「なんだ?」と僕が眉を寄せた時、6つは変形し板のような形になった。

 それらは端と端が連結され、まさに正三角柱を作り、回転を始め強く発光をし始めたみたいだった。薄暗く、煙越しなのに、ビットがいる部分だけ視界が白く抜けている。

 それはヌルリとサーバーの方へ移動し、まるで品定めでもするように顔をサーバーの前で上下させていた。

「うーん、どれも変わんねーな」

 どこからか夏姫の声が聞こえてきたかと思うと、サーバーの前のビットからビュウゥンというような低いレーザー音が聞こえてきた。

 サーバーを一部起動し、情報を取り出そうとしているのだろう。情報ピック、なんていう技術だったか。でもあれは、相当な機器の準備と迂回と許可が必要な技術だ。

 それを情報子光によって即席で有線を作り、現実から直で情報を吸い取ろうとしている……。

 エフェクタービットは、想像以上にいろんな使い方があるようだ。

 そんな光景を眺めていると、やることが無い事に気づいた。周りを見渡してもサーバーとモニター、しかもそれは緑の網目で構成されていて、実際の僕は薄くなる見込みのない煙の中にいる。

 周りは、静かすぎるほど静かだ。

 気持ち悪い緊張感を解くことも高めることもできないし、足を動かす当ても無い。

「暇そうだから、アドバンスビットの説明をしてあげるよ」

 突然視界正面にワイプが立ち上がって夏姫の顔面が現れた。少しのけぞって半歩後ろに足を出してしまった。

「この子達が戦闘になったらやってくれることは2通り、ビットカノンかシールド生成。」

 ワイプが縮小しながら右端へ退いていくと、僕らしき直立したホログラムと、全長2m直径1mほどの三角柱「アドバンスビット」のホログラムが2つ、それらを真横側から見たものが視界中央に現れた。

「ビットカノンは小型の鉱格兵器の無力化にとても有効だ。でも分厚い装甲を持ってる奴が出てきたら5、6発は必要になるし、撃ちどころも難しい。その場合は、君のタクトによる接近戦か、難しければ後退を推奨する。」

 僕のホログラムの前に僕の胸まである蜘蛛のような生物が現れた。ビットから光線が発射され直撃を受けると、それは薄くなりながら消失した。

 次に僕の前に出たのは僕の3倍はありそうな巨人。ビットが2度カノンを発射すると、一発は胸部に直撃、しかし巨人は消えず、二発目は巨人の前に生成されたシールドによって無力化された。

 巨人が大砲のような手を僕へ向けてきた。

 それが発射されると、ビットはシールドを生成しそれを無力化した。

 ……えっとね。と心の中でつぶやいた。

「シールドは前方のみと考えておいて。周囲に分散させる余裕はない。ビットはカノンとシールドを同時に発生させられない。2方向を囲まれたら、どちらかの方向にシールドと一緒に突撃するか、別方向への撤退を考えて。とにかく第一に囲まれないこと、それを考えて。」

 沈黙。夏姫は明らかに僕からの反応を待っていた。しかし、返す言葉がイマイチ見つからない。

「なに、なんか不満かね?」

 僕はどんな表情をしてたんだろう。

 また周囲を見た。耳を立てて音を拾おうとした。緊急性が何一つ見当たらない。

 巨大蜘蛛、戦車のような巨人。

 鉱格生命体の兵器群……?

「……本当に戦闘になるの?」

 左端に、大きくワイプが立ち上がると、そこにはフロアのマップが書いてあった。

「ここ、A研究棟のマップは手に入れたけど、襲撃されてからの情報は得られなかった。研究棟の中でも、ここは秘匿された場所みたいだね。敵は先ず目立ったサーバー施設、エネルギー施設を潰していってる。」

 真上から俯瞰していた視点が動き、平面のマップが縦長の立体に変化した。

 現在いるここは、地下12km地点まで広がる研究棟からまた2kmほど潜った先、一方通行のエレベーターでたどり着ける区画のようだ。

「戦闘は確実に起きる。なぜか君との同調は上手くいかないんだ。私は君に、光速の攻撃を視認し避けられる能力は与えられるけど、体を動かすのはほぼできない。戦闘になったら、混乱せず、しっかり私の言葉を聞いて」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?