母に学校にいく旨を伝えてから部屋に戻るとスマホがチカチカと点灯していた。通知が来ている。中学の時の奴らだろうかと恐る恐る開くと『水戸恭一』の文字。連絡先を交換したっけと思いながら開く。
『羽山、明日の体育で使うから縄跳び持ってこい。なかったら俺が貸してやるけど、跳びやすいやつあるだろ?』
取り急ぎ『ありがとう』と返信してからふと気になり『跳びやすい縄跳びってなに?』と尋ねた。
「えっ」
水戸くんから電話がかかってきた。何故、と思いつつ、ひとまず出る。
「もしも……」
『縄跳びは跳びやすい方がいいだろうが』
食いぎみによくわからないことを言われた。
「え、なに?」
『まさか縄跳びを試さないで買うタイプか?』
「なんの話してるの?」
『羽山、……二重跳び何回できる?』
「え、二重跳び? で、できない」
『……』
水戸くんの沈黙には恐ろしい重さがあった。
「二重跳びできないのそんなにだめ?」
『だめではない。伸び代だ』
「あ、え、できるようにはならなきゃだめなのね?」
『できて困ることもないだろ。羽山、明日財布持ってこい』
「え、なんで……」
もしかしてカツアゲか。
『昼休みに学校の近くの運動具専門店で縄跳び買いにいくから。千円あればいい。あ、羽山は小遣いもらってるか? なければ貸すぞ』
全然ちがった。
「千円ならあるよ」
『じゃあ問題ない。安心しろ、羽山。必ずお前を縄跳びマスターにしてやるからな……』
いい声でなにいってんだこいつ、とは思ったが、初対面のイケメンにそんなことをいう勇気は僕にはなかった。
「……ありがとう?」
『ン、あとは時間割通り、教科書持ってこい。お前、ノート派? ルーズリーフ派? それともラップトップ派?』
「え、ラップトップでもいいの?」
『いいよ、テストはだめだけどな。俺は筆記しないと覚えらんないからノート派だけど、……人数比だと半々。学校でiPad貸し出してるからそれも使えるぞ。つっても学内Wi-Fiクソだから基本デザリング。で、iPhoneならギリつながるけどAndroidは死ぬ』
「えー、微妙だねそれ……どうしようかな……」
『お前受験勉強なにでやったの?』
「半々。過去問はノートでやったし、受講はラップトップ。んー、とりあえずノートで始めようかな……」
『あー……マア、過去のやつ見たかったら俺の渡すよ。ノートでもPDFでも……つーか明日世界史もあるし地学もあんだよなあ……』
「あるとなんなの?」
水戸くんは少し黙ったあと『マア、とにかく頑張ってこいよ。一年のクラスは一階だから迷わないだろ』と笑った。
『あとなんか不安なことあるか?』
彼は僕に必要な情報を全部くれた。
「……ありがとう」
『ン』
「……水戸くんって、本当に同級生の親に手出したの?」
僕の質問に水戸くんは『ふぁ?』と間の抜けた返答をした。
「だって水戸くん優しいから、そんなことしなそう」
『……つーか逆に聞きたいんだけど、荒れてる息子を思って泣いている人妻慰める方法ってセックス以外なにがあるの?』
「は?」
『羽山のお母さん、つーか冴子さんって美人だよなー。今日泣いてる?』
「絶対うちに来ないで!!」
僕は電話を切った。
水戸くんからはすぐに『😂』というムカつく絵文字が届いたので即ブロックした。
僕はスマホをベッドに放り捨て、枕だけもって母の部屋に向かった。母は思った通り少し泣いたあとの顔をしていた。
「お母さん、僕、明日から学校行く」
「……うん」
「だから泣かないで。泣くなら僕の前で泣いて。他の人はだめ。特に水戸くんの前は絶対だめ。約束だよ」
「……うん? 水戸くん? 水戸くんいい子よね、仲良くなれそうだった?」
「そんなことはいいから約束!」
「あ、はいはい。わかりました。約束ね」
「お母さんは僕が守るから……」
「それは頼もしいわね」
その日は久し振りに母の隣で寝た。
明日から学校に通うと決めたのにすこしも怖くなくて、朝まで一度も目覚めることはなかった。