──もしかして、さっきの女性は、彼女さんなのかなあ? 佐伯さんに見えたけど……
そりゃあ、優輝先輩は、あんなにカッコイイし、優しいんだもの、彼女ぐらいは居るだろうな
私は、
「ありがとうございました」と優星先輩にお礼を言った。
「おお、じゃあ、そろそろ行くか!」
「はい……」
そして私は又、反対方向へと歩き出した。
「お〜い、何処行くんだ〜? 車こっち」と逆方向を指差している優星先輩。
「あっ……」
慌てて、小走りで優星先輩の後に続いた。
黙ったまま歩いて駐車場まで行き、車に乗った。
「……」
「……」
運転席からチラチラと優星先輩が私の方を見ているのが分かった。
駐車場を出て、しばらく走ると、
「あ〜もう!」
と言って車を公園の横に停めた優星先輩。
そして、
「何?」と聞かれた。
「え? あ、すみません」
「望み通り優輝に会わせてやったのに……」と言われた。
「そうですよね、ありがとうございました」
「どうした?」
「いえ、優輝先輩、今彼女さんいらっしゃるんですか?」と聞くと、
「あ〜それは自分で聞けば?」と言われた。
「そんなの怖くて聞けないですよ……」と言うと、
「なら聞かなくても良くない?」と言われた。
「……ですよね」
なぜか急に悲しみが込み上げて来た。
さっきのを見て彼女さんが居るんだ! と思えたからだ。下を向いていると、やっぱり涙が滲んできた。
「あっ、ごめんなさい」と言うと同時に涙が一筋頬を伝った。
「え?」と、慌ててティッシュを箱ごと取って渡してくれた。
「ありがとうございます。ズルズル……ウウッ」
しばらく泣いていると優星先輩は、黙って付き合ってくれた。
「ごめんなさい。仕事中なのに……」
「いや今日は、もうコレで終わりだ」と言ってくれた。
そして、
「落ち着いたか?」と聞いてくれた。
「はい! 鼻水擤んでも良いですか?」
「お、おお……」と言ってくれたので、
ブーブーと音を立てて鼻水を擤んだ。
「フッ、ホントに噛むんだ」と笑っている。
「ん?」と顔を見ると、
「いや……」と笑っている。
ブーブー
「あ〜スッキリした!」
「おお、それは良かった」
なぜか私は、優星先輩の前では平気だった。
それに、話したくなった。
「私ね……」
「ん?」
「大学生になっても、ずっと優輝先輩みたいな男性を探してて……」
「ふ〜ん、そうなんだ」と驚く優星先輩。
「はい、優輝先輩は、私が本気で好きになった初恋の人だから」
「え、そうなのか?」
「はい! だから、彼氏が出来てもつい優輝先輩と比べてしまって、全然続かなくて……」
「そんなに好きだったのか?」
「そうみたいです。でもね、今日会って分かりました! やっぱり優輝先輩は、私の憧れの人で、私が近づけるような人じゃなかったんです」
と言うと、
「はあ〜? どこがだよ?」と言う優星先輩。
「う〜ん、なんて言うか、優輝先輩は私の中で完璧な人なんですよ!」と言うと、
「ふ〜ん、見た目は、俺と変わらないけど?」と言われたので、
「そうなんですよ! やっぱりそっくりですよね」と、ジーッと優星先輩を見つめる。
「何が違うんだ?」
「う〜ん、優しさ?」と言うと、
「俺も随分丸くなったと思うんだけど?」と、
──ふっ、自分で言うんだ!
と可笑しくなった。
「そうですよね? なんか高校生の頃よりは丸くなりましたよね?」と笑うと、
「いつまでも尖ってね〜わ」と言われた。
──その言い方は、まだ尖ってるんだけど……
「大人になったんですね?」と言うと、
「そりゃあ俺だって成長する! 人には、優しくしなきゃなと思って」と言った。
「ブッ」
「何笑ってんだよ?」
「だって、ドSな優星先輩からそんな言葉が聞けるなんて思わなかったから、ふふ」と思わず笑ってしまった。
「誰がドSだよ! お前ホント失礼だよな! 俺にだって優しさぐらいあるわ」と言った。
「そうなんだ!」と驚いた顔をすると、
「お前なあ〜」と呆れたように言った。
確かに、さっき優星先輩にぶつかった時、私が倒れないようにぎゅっと抱きしめてもらった。
──ちょっと、きゅんとした!
とは言えない。
それに、コーヒーだって私の分も買って来てくれたし、オムライスの時も……
優輝先輩にも会わせてくれたし、黙って泣かせてくれた。ブーブー鼻水を擤んでも笑って許してくれたし……ホント気を遣わなくて良いから楽だ。
「それに、誰かさん平気ですぐ反対方向に歩いて行っちゃうから目が離せないし」と言われた。
「あ、ご迷惑をおかけします」と言うと、
「平気でグースカ寝ちゃうし」
「グースカ寝てません」
「鼾もかくし」
「さっき、かいてないって! ヨダレも垂らしてませんから!」と言うと、
「ハハッ先に言ったな」
「どうせ言おうと思ってたんでしょう?」と言ってやった。
一瞬、優星先輩が私のことをジッと見ていた。
「ん?」
「いや……じゃあ会社、戻るか」と言うので、
「はい」と返事をした。
──ん? 何? 今の間は?
優星先輩に会社まで運転してもらって、私は、黙って外の景色をボーっと眺めながら帰った。
「ただいま戻りました」とご挨拶した。
「お帰り〜どうだった?」と山岸さんに聞かれたので、
「はい、勉強になりました!」と笑顔で答えた。
「そう、良かったわ。桐生に虐められなかった?」と聞かれた。
「はい」とチラッと優星先輩の方を見た。
「は? どういう意味っすか? この上なく丁寧に指導しましたけど?」と山岸さんに言っている。
「そっか、良く出来ました」と言われて頭をワシャワシャされている。
「ふふ」思わず笑ってしまった。
そして、席に着くや否や、他の事務員さんから、
「高橋さん!」と呼ばれ、
「はい」と返事をすると、
「YSカンパニーの篠崎さんからお電話です」と言われた。
「え? あ、はい」と言いながら、優星先輩の方を見た。
「ん? なんで高橋に?」と、優星先輩に聞かれた。
「さあ? 出ますか?」と聞くと、
「うん、とりあえず出てみて!」と、隣りに居てくれた優星先輩。
そして、私は電話に出た。
「お待たせしました。高橋です」
『あっ、花怜ちゃん! 今日はお疲れ様でした』
と言われたので、
「お疲れ様でした。ありがとうございました」と言うと、
『花怜ちゃん! もし良かったら、今夜食事にでも行かない?』と言われた。
「え?」
隣りから心配そうに、耳を近づけて聞いていた優星先輩にジェスチャーで、ご飯を食べる真似をすると、
「は?! 飯?」と小声で怒っている。
そして、「代わって!」と受話器を奪われた。
「もしもし、お電話代わりました、桐生です! 篠崎さん、先程はありがとうございました」
「あ〜桐生さん! お疲れ様、花怜ちゃんは?」
「申し訳ありません、高橋は、営業担当ではありませんので、私が承りますが何か?」と……
「いや〜桐生さんじゃなくて、花怜ちゃんと食事でも行きたいなと思って」とおっしゃているのが聞こえた。
「あ〜篠崎さん! 申し訳ありませんが、それは出来兼ねます。我が社は、人材派遣をしておりますが、お食事のお相手をする社員の派遣は致しておりませんので」と上手く返してくださった。
『ハハッ、桐生さん上手いこと言うね! でも、花怜ちゃんとプライベートで食事に行きたいんだけど』と、おっしゃる横で不安そうにしていると、
「篠崎さん! 申し訳ありません。本人もそのようなことは望んでおりませんので」と言ってくれたが、
『え〜花怜ちゃん、嫌がってるの? じゃあお宅との取引もちょっと考えようかなあ?』と言い出した篠崎さん。
──え? 私のせいで仕事が減ってしまうの?
という心配をよそに……
「分かりました! でしたら仕方がないですね、
御社の社長様ともご相談の上、取引は、白紙に戻すしか……」と言った優星先輩。
山岸さんも隣りで聞いてくださっていたので、
私が不安そうな顔をしていると、
「大丈夫よ」と言ってくださった。
『ハハッ、冗談ですよ! やだな〜じゃあ桐生さん、また〜! 花怜ちゃんにもよろしく!』と、電話を切られた。
「……ったく、何なんだよ!」と怒っている優星先輩。
「なんか、すみませんでした」と私が謝ると、
「お前が謝ることなんてないよ!」と言われた。
山岸さんにも「そうよ、こういう時は、『すみません』じゃなくて『ありがとう』って言っとけば良いのよ」と笑顔で言われた。
「ありがとうございました」と言うと、
「おお! 篠崎、最低だな。もし又連絡があったら必ず俺に言えよ」と、
「はい、分かりました。すみ……ありがとうございます」と言い直した。
私には、優星先輩がとても逞しく思えた。