「あの……一体、何が起きたんですか? なんで急に街がボロボロに……?」
2年ぶの身長が伸びたミオが、リリカとライラを交互に見ながら尋ねた。
「この街は時空の歪みに引っかかってた。私はそれを直した」
リリカが2人のもとに歩み寄りながら言った。
「直した結果、動けなくなってた時間が流れはじめた。止まっていた分が急に流れたので急に街がボロボロに……そしてミオちゃんが11歳に成長したんです」
ライラがミオに微笑みかける。
「時空の歪み……って何なんですか……?」
ミオの質問に、リリカとライラは顔を見合わせる。
「TM-Incidentって私たちは呼んでいるんだけど、ミオさんは知ってるかな?」
リリカの問いにミオは首を横に振った。
「未来の世界からのタイムマシンが過去、つまり私たちの時代に干渉、そして乱用されたせいで、時間の軸はもう整合性を保つことができなくなった。あちこちの糸が絡まった状態になった。その結果、歪みが世界中に現れるようになった。それが俗にTM-Incidentと呼ばれている事件」
「私の街の人たちが黒い穴に吸い込まれていったのは……。あの日、突然、空に黒い穴ができたかと思うとみんなが吸い込まれていって……」
過去を思い出したのか、ミオが身を震わせ、その続きを言うことができないようだった。
リリカは思い当たる事例があったのか、
「それもTM-Incidentの一つかもしれない。その可能性は高いと思う。時空の歪みが現れてからは、私なんかが理解できない出来事ばかり起きている。うまく説明できなくてごめん」
リリカは頭を下げた。
「あ……あの……よくわかってはないんですけど……一つ教えていただいてもらえますか?」
「もちろんです! 私たちがわかることなら答えますよ」
ライラがそう言うとミオは頷いた。
「リリカさんが時空の歪みを直すと、正しい時の流れになるんですよね」
「はい、そうですよ」
「じゃあ……ママやパパも帰ってくるってことですか!?」
嬉々として瞳を輝かせてミオはライラを見た。その目の眩しさに胸が痛んだライラは目を細め、悲しそうな表情をした。
「すいません、そういうわけではないんです」
「……え?」
「リリカは時空の歪曲を直すだけで、失われた何かを取り戻すわけではありません。残念ながら時が正常に流れるようになっても、直らないこともあります。噴水から水が流れてこないように、寂れた家は直らないように……ミオちゃんのお父さんやお母さんが帰ってくるということにはならないんです。ごめんなさい」
深々とライラは頭を下げた。
ライラはミオの声を待ったが、何も声は聞こえなかった。ライラがゆっくりと頭を上げるとミオは目に涙をいっぱいに溜めて、唇を真一文字に結んでいた。
「ミオちゃん……」
「ママもパパも帰ってこないんですか……!?」
吐き出すように言うとミオはしゃがみ込み、顔を両手で覆い、声をあげながら泣き出した。
「どうやってこれから一人で生きていけばいいんですかぁ……!!」
ライラは何を言えばよいのかわからなかった。自分まで泣きそうになったが、自分が泣いている場合ではないと下唇を噛んだ。そんなライラの右隣にリリカが立った。
「リリカ……悔しいです。私じゃ何もしてあげられない」
「うん……。ミオさんが望むものは返してあげれない。ミオさんにとって私たちは無力だよ。それでも……」
「それでも?」
「私たちはこの世界を崩壊させた元凶である時空の歪みを一つずつ直していく。そうすることでいつか誰かの救いになったり、誰かのためになる、そう信じて進まなきゃいけないんだよ」
その言葉に、ライラは頷いた。
夕暮れの日差しがリリカとライラの影を長く伸ばしていく。その影はミオを包んでいた。泣きじゃくるミオにライラが駆け寄り、しゃがみ込んで肩を抱きながら声をかけた。
リリカはそんな二人の様子をしばらく見ていた後にカバンから何かを取り出した。それはタブレットPCだった。
時空の歪みは直したが、こうなると食料や水で問題は起きてしまうことになる。ミオをこの街に置いていくわけにはいかなかった。
「ちょっと本部に連絡する」
とリリカは言った。背を向けているライラに聞こえたのかはわからなかった。
位置情報、日時、対応した内容、そしてミオの存在を示し、預けたい旨を簡単にまとめ、そして特記事項欄に「才能アリ」と記載して「送信」ボタンを押下した。
送信完了のメッセージと共に、メッセージが表示された。
これはただの定型文で、いつどの報告を送っても表示されるものだった。
「Thank you for your report. Your efforts and Your action will one day save the world. 」
メッセージの最後にスマイルを表す絵文字を見て、リリカは苛立ちを覚え、小さく舌打ちをした。
「何が『貴方の努力と行動がいつか世界を救う』だよ……目の前の女の子一人も救えないのに。」
タブレットが一瞬ノイズを放ち、定型文が揺らいだ。
しばらくして画面は切り替わり「Continue your journey until the next command.」(次の指令まで旅を続けよ)と表示され、感謝の文字は表示から消えた。
「言われなくても……私たちは旅をするしかないけどね」
そんな独り言をつぶやいてからリリカは、まだ何か声をかけているライラと少し落ち着きはじめて顔をあげているミオを横目で見た。本部に預けるにしても、今夜はこの街に泊まろうと心の中で決めた。
リリカの旅の終着点まで、あと1082キロ。