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スナイパー
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太刀山いめ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月09日
公開日
3,045字
連載中
代官のゲスラーが落馬しておかしくなったらしい。 そんな風聞が流れた。 そんな中触れが出る。 『開拓農民よ、鳥を狩れ』

鳥を狩れ

 とある風聞が流れた。

 あの憎き代官のゲスラーが落馬して生死の境を彷徨っているらしい…と。






「羽毛布団…欲しいなぁ」

 藁布団に横になりながら昏睡から目覚めた代官ゲスラーは言った。


「閣下、羽毛布団…とは?」

 側近の騎士が聞き返す。


「こう、なんだ…鳥の羽で出来た布団でね。こう、柔らかくて軽いんだよ。無いの?羽毛布団」


「閣下、何やら話し方が…」


「あー、別に閣下とかも要らないよ。名前で十分。呼んでみて」


「あー…ゲスラー…様?」


(そうか、俺はゲスラーって言うのか)

 ゲスラーはほくそ笑む。皆して閣下、閣下って言うものだから名前が分からなかったのだ。


 そう。彼は俗に言う異世界転生者と呼ばれる人間。今回は特にチートが有るわけではないが、言語に関しては融通が利いている様だ。


「俺って落馬して死にかけたんだよね?

で、まだ回復していない。やっぱり怪我には羽毛布団でしょう」


「そうなのですか…かっ…ゲスラー様」


「そうなのそうなの。この俺が動けないなんて損失よ?」


「はぁ…」


 ゲスラーは未だ鏡を見ていない…





 とある開拓村。酒場。


「残念だ。ゲスラーの奴ピンピンしてるってよ」


「なんだか風の噂では俺が動けないのは国家の損失〜なんてのたまったらしいぜ」


「ぷっ、水鏡見てないのか」


 ワイワイガヤガヤ。

 酒場はゲスラーからの圧政から一時解放された開拓農民達で溢れていた。

 皆水増しした蜂蜜酒を呑んでいる。たまにリンゴ酒なんて奴も。


「皆!…触れが出たぞ!」

 入口に恰幅の良い農民が入ってきて言った。


「ちっ、またゲスラーの無理難題か」


「村長、奴はまたなんて?」


「酔いが覚めちまう…」


「ああ、うん触れは…」

 恰幅の良い農民。村長は続けた。



「開拓農民よ。鳥を狩れ…だ」


「何だって?」

 皆頭に「?」が浮いていた。





 あれから数日後。


 一人の男がクロスボウに矢を継がえ、獲物を狙っていた。

 標的は水鳥。

 男は狩人だった。


 狙いを群れから逸れた一羽に定める。


 バン!


 シュルルルル………バスン!


 バサバサバサバサ…群れが飛び立つ。


 男は水鳥を手に入れた。


 男は憤っていた。

 ゲスラーは何でも鳥の羽で空でも飛びたいらしい。あのでっぷりした代官の頭の中を疑ってはいたが、落馬によってまさしくおかしくなったらしい。


 何でも羽根は税と同じく納めよ。肉はとっても構わない…

 まあ以前のゲスラーなら肉まで徴収したただろうから何かおかしくなったと言う風聞に拍車をかけた。


「今日は此処までだ」

 男は早めに切り上げる事にした。何せ沢山仕留めてもこれから「毛毟り」だ。肉を解体もせねばならない。


 村への道を急ぐ。肩には三羽の水鳥がかけられている。




「テルが戻ったぞ」


「ああ、ただいま」


「流石テルだ。見事に太った獲物だな」


「運が良かっただけだ」

 男…テルは謙遜するでもなく応えた。

 テルは水鳥を仲間に渡すとクロスボウの手入れを始める。


「肉は酒場に売れば良いんだな?」


「済まないが頼む」


「良いってことよ」




「♬〜♬〜」

 仲間達は歌いながら「毛毟り」をする。モリモリっと毛の山が築かれる。


「♫〜♫〜」

 ダン…ダン…ダン

 丸裸になった鳥達の頭をリズミカルに料理人が落としていく。

 逆さに吊り下げて少しでも血を抜く。


「ふふっ」

 テルは笑いが込み上げた。まるでこの共同作業は「ダンス」の様だ。税の取り立てである毛毟りだが、肉は自分達の腹に収まる。

 その単純な喜びが仲間達に「歌」を歌わせ、軽やかに「舞わせて」いた。

 ゲスラーは気に食わないが、この一時ばかりは…


「頭のおかしい代官に!」

 仲間達が言う。


「ああ、代官に」

 テルも返して手入れに没頭した。






「何、ついに完成したか!」

 ゲスラーは飛び跳ねんばかりに喜んだ。


「はっ、かっ…ゲスラー様。只今運ばせております」

 側近の騎士が答える。


「この世界唯一の羽毛布団…」

 ゲスラーは前世で使っていたダウンの羽毛布団に想いをはせた。


「到着致しました」


「うむ…これは中々」

 ゲスラーの審美眼が光る。自身の指示通りにちゃんと縫製されている様に見える。羽毛の偏りも見当たらない。敷き布団に掛け布団、更に枕まで付いていた。何という贅沢。一式揃える事に成功した。

 勿論ゲスラーはこれにどれだけの労力が注がれているか分かっていない。


 使用人が藁布団の代わりに羽毛布団を敷いて用意をしてくれる。

(閣下と呼ばれる位だからやはりこの世界の俺は「偉い」らしい…)


「準備整いました」

 側近の騎士が使用人をはけさせて言う。


「うむ…では早速」





 開拓村、酒場


 羽根の納品も終わり、酒場では新鮮な内臓を使ったスープが出ていた。豆のスープではない。肉だ。それに黒パン。それに水増し蜂蜜酒。

「一番の稼ぎ頭のテルに乾杯!」


「乾杯!」

 仲間達がジョッキを傾けて一気に蜂蜜酒をあおる。勿論テルも例外ではない。


「はいよ、鳥の串焼きお待ち」


「待ってました」

 仲間達は熱々の串焼きを頬張る。

「今回は毛毟りだけで済んでよかったな」


「ああ、全くだ。肉は我等に」


「頭のおかしい代官に」


「ああ、代官に」



「大変だ!触れがまた出たぞ!」


 ガヤガヤ…


「今度は何だい村長。代官と一緒に空でも飛べってか」


「いや…」


「じゃあ今更肉が欲しくなったって?」


「……反乱罪だ」



『何だって!?』



 理由はこうだ。

 代官は「羽毛布団」なるものを作らせていた。空を飛ぶためでは無い。眠るためだ。


 そして意気揚々とその羽毛布団なる物に身体を預けたのだが…


「いてててて!」

 代官の身体を刺す物があった。


 そう。羽根の芯である。芯が布を突き破り正に剣山の如くに襲い掛かったのだ。

 羽根はペン等にも使われる。芯は「硬い」のだ。

 異世界転生者と言えどもそこは素人。産毛であるダウンを使わず育ちきった大羽根と混合して布に閉じてしまった。


 故に「事故」が起こる。


「ヒィ」

 枕からも芯が飛び出し瞼を掠めた…

 代官は危うく失明しかける事になる。

 烈火の如く怒った代官は使用人にまず疑いを掛けて処刑。


 遂には羽毛を集めた開拓村にその怒りの矛先を向けるに至った…




「もう代官の使いがテルの息子を縛り付けよった」


「何だって?」

 テルは耳を疑った。


「一番羽毛を集めたのがテル…お前だったからだ…」


「畜生…」

 テルは家に戻りクロスボウを持って息子の所に駆け付けた。



「お前はクロスボウを使わせたら天下無双だそうだな」 

 馬上に、頭に大袈裟に包帯を巻いたゲスラーが居た。


 テルはゲスラーにクロスボウを向けた。


「やはり反乱か?それとも違うのか?」


「言い掛かりだ!」


「ではあれを見よ」

 ゲスラーは最愛の息子を指差す。そこには木に縄をうたれ縛られた息子が居た。

 兵士が息子の頭に「リンゴ」を乗せた。


「腕を見せてみよ。息子の頭上のリンゴを射よ」


「なんてことを…」


「お前ができねばこの村は焼き討ちにする。俺の命を狙ったのだ…ただでは済まさん」

 ゲスラーは本来この様な男なのだ。落馬したとて本性は変わるまい。

(偉い俺に逆らう虫けらが…)

 ゲスラーは権力に酔っていた。


「俺がリンゴを射抜いたらどうなる?」


「それは見事と、褒美に反乱罪は取り下げよう。俺はお前が息子を射抜くに金貨を賭けよう」

 (憎いからかスラスラ台詞が出てくる。俺を殺そうとしたと側近は言っていた。なんて奴だ。許せん)


「はー…っ。分かった。やろう」

 テルは集中した。クロスボウに矢を継がえる。


 そして息子の頭上のリンゴに向けて


 狙いを定めた



 テル…ウィリアム・テル。スイス解放の父と呼ばれる天下無双の狩人。


 彼の矢は迷うこと無く「リンゴ」を射抜くだろう。


 そして憎き代官ゲスラーの首にもその矢を届かせる…


 これはウィリアム・テルの前日譚。


 解放の前日譚である。




 終わり












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