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006.呪鬼の祖は神代に

 「なんで……なんで『アレ』が、ここにもいるのよ……」


 その夜、天乃三笠は一人ベッドに籠もり、体を震わせていた。


「だって、私が引っ越してきたのは、『アレ』から逃れるため、なのに……」


 その呟きは、家族にさえ届かず、もちろん双子の陰陽師にも届かないまま、布団に吸い込まれた――。



 ◇◆◇


 次の日の、約束の放課後。


 教室に三笠とハルとアキの三人が残る。それ以外誰もいなくなったのを確認して、ハルが口を開いた。


「ミカサ、残ってくれてありがとう」


どうも、と三笠は頭を下げる。その様子を見てアキが尋ねる。


「今日、部活……大丈夫だったのか?テニス部に入ったんだろ?」

「うん。ちょうど今日はオフで」

「そんな……貴重なオフを」


困り顔をするアキ。三笠は少し笑う。


「あは、いいのいいの。オフって言っても、遊んだりとか特別な約束してなかったし」


それよりさぁ、と身を乗り出す。 

「昨日の。なんだっけ、『呪鬼』?その話の方が気になるよ」


三笠がそう言うと、アキとハルは突然真剣な顔つきになった。

「ミカサ……君さ、俺たちと『鬼退治』する覚悟はある?」

「ハル……?どういうこと?」

「実は俺たち、陰陽師なんだ」

「待って。わかるように説明して」


 三笠はいったん、深呼吸した。鬼退治だの、陰陽師だの、話が飛躍しすぎている。

 もう一度しゃべり始めようとしたハルを、アキが制した。

「待て、僕から話す」

「なんでだよ、俺が」

「少なくとも僕はハルよりうまく話せる自信がある」


 ふてくされて黙ってしまったハルをよそに、アキは三笠の目を見て話し始めた。

「いいか、これは夢の中の話じゃない。現実だ。それを忘れずに、聞いてくれ」


アキが三笠に語った内容は、次の通りだった。


 はるか昔、ヤマトタケルノミコトが、クマソという、天皇に刃向かった一族を討伐した折のこと——。ヤマトタケルは、クマソを油断させるために、女のなりをして館へ潜入し、見事クマソを討ち取った。そのとき、クマソは、世を呪う言葉を吐きながら死んでいった。彼の呪いは天まで届き、その当時の日本中の負の感情を巻き込んで天空を占拠した。それを祓うために遣わされた神官が祈禱するも、呪の力が強大すぎて断念。神官は、それらをすべて自分の中に封じ込めることで解決しようとする。しかしそれはうまくいくはずもなく、負の感情の塊は、人の形となって「哀楽」と名乗った。これが一体目の『呪鬼』。


「このようにして偶然にもできてしまった闇の者『呪鬼』は、仲間を増やし続け、今もなお日本に住み着いている——って話なんだけど、どうだ?」


 三笠は、率直な思いを口にする。


「ごめん。ついていけてない」


だよなあ……と頭を抱えるアキ。そのスキに話へ入りこんできたのは、ハル。


「難しい話は後にしようぜ。とにかく、その『呪鬼』ってのが、この世の裏を跋扈してるんだ。で、そいつらがいると負の感情が湧き出てきて、よろしくないから退治しようっていうんで。そこで活躍し始めたのが俺たち『陰陽師』。平安時代のころの『安倍晴明』とか有名だろ?」

「私、その人の漫画持ってる」

「そうそう、現代でも人気だよな」

「でも、ここでまたややこしい話が入る」

アキが小さく手を挙げた。三笠とハルが怪訝そうな目で彼を見る。

「僕らのような『陰陽師』と安倍晴明は少し違うんだ」


安倍晴明がやっていたのは、方角占いとか星占い、貴族のおかかえ陰陽師だ。だけど、僕らは違う。どっちかというと、体を張って戦うんだ。『呪鬼』を殲滅するためにね。


 そう言ったアキを、三笠が尊敬のまなざしで見つめる。


「ハルとアキ、戦えるんだ……かっこいい」

「まあな」

得意げになるハル。

「ほら、昨日のあれが『呪鬼』。だから俺たちが駆けつけて倒しただろ?感謝しろよな」


「う、うん……」


三笠は伏し目がちにつぶやいた。


「二人とも、助けてくれてありがと」


『どういたしまして』


返事がそろって聞こえた。さすが双子、というべきか。


「で」


三笠が話を戻す。


「呪鬼については大体わかった。ヤマトタケル……神話時代ってことよね、で、その時に一体目の呪鬼が出現した。そして、それは仲間を増やしていた……あれ、仲間って、どうやって増やしてるの?」

「とりつくんだよ」

「憑く?」

「そ。天乃三笠も取りつかれかけてたじゃないか」


アキの言葉にはっとする三笠。


「確かに……アイツ、『取りついて殺す』って言いながら私に近づいてきてた」

「そうなんだよ。取りつかれると、その人は死んでしまう。しかし、あの世へは行かない。その体は自身の負の感情に乗っ取られ、『呪鬼』になるんだ」


三笠は、自分が呪鬼になっていたら……という想像をして、一人体を震わせた。


「やだ、そんなの。アキとハルが来てくれてよかった」


「へへん、だろ」


と、再び得意げになるハルの頭を、アキがパコンとたたいてつづけた。

「本当に、あのときは危なかったんだ。僕たちが天乃三笠と呪鬼を見つけた時の、距離。すごく離れていて、走っても間に合わないと思った。だけどね、ハルの札が間に合ったんだ。なぜだと思う?」


アキに聞かれた三笠は困った。


「どうしてだと思うって聞かれても……。走っても間に合わない距離だったけど、間に合ったってことよね」


「答えはこうだ、ミカサ」

ハルの目が煌めいた。


「ミカサが、『やめて、来ないで』と言ったから」

「は?私がやめてって言ったから、呪鬼が聞き分けてくれたってこと?」

「違う違う。さっきの言葉は少し語弊があったね」

「……?」

「正確には、ミカサがしゃべることに意味があるんだ」


ますますわからなくなり、アキに助けを求める。

助けを求められたメガネ男子は、軽く咳払いをして三笠を見た。


「まあ、つまり、天乃三笠」


ハルも三笠を見る。


「お前の声には、呪鬼の動きを制す、特別な力があるってことだ」



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