――十分後。昨日のすべてを話し終えた三笠が口を閉ざすと、三人が座るテーブルの上には、沈黙が落ちた。
ハルもアキもそれぞれ何かを思案している様子で、誰も口を開こうとしない。三笠は耐えかねて、双子に聞いた。
「……って、感じなんだけど、どうですか」
三笠の顔をちらりと見やって話し出したのは、アキ。
「なんか……色々あったんだな」
情けのような憐れみのような目線で、彼らは三笠を見た。
「い、色々あったよ!色々ありすぎて……もう、今でも何がなんだかわからなくて」
「そうだよなー」
ハルが大きく伸びをしながら言った。
「まあでも、舞桜とシュンさんとも出会えたみたいでよかったじゃん?」
「ああ、うん。二人に助けてもらっちゃって……」
三笠は頬を搔きながら言った。
「舞桜くんも、シュンさんも本当にかっこよくて、舞桜くんは途中で大変だったけど、それもシュンさんが治してくれて……とにかく、すごかった!」
頷くアキ。
「じゃあ、桜咲舞桜の術式も見たってことだよな」
「うん。あの、なんだっけ、『桜刀』……?」
急にハルが両手をかざして、真似をし始めた。
「和歌呪法・しのぶれど。呪鬼滅殺・桜刀!」
「そう、それ!」
三笠の頭の中に、あのときの情景が思い浮かんだ。絶望の淵に立たされていた時に、助けに来てくれた舞桜……その背中が、とても心強く見えたのを今でも覚えている。
「あと、佐々木峻佑とも会ったってことは、『陰陽療呪法』も見たってことか」
アキの呟きに、首をかしげる三笠。
「療呪法?」
「ありゃ、それは見てないのか」
ハルが説明してくれる。
「呪鬼に呪いをかけられたとき……つまり、負の感情に支配されかけたとき、その人の中の呪いを祓う専用の術式だよ。千葉だったら、使えるのはシュンさんと華白さんくらい」
「カハクさん?」
「あっ、ミカサには話してなかったか」
ハルが口元を手で押さえた。
「夜鑑華白(よかがみ かはく)さん。千葉県の、『流』なんだけど……」
アキが続けた。
「華白さんは、とにかくすごい人だ。まあ、会えばわかる。そろそろ時期的に、県内会合っていう顔合わせみたいなのが開かれるはずだから、楽しみに待っとけ」
三笠は驚いてアキを見た。いつもは冷たいもの言いをするアキが、人のことをフルネームで呼ぶアキが、「さん付け」でべた褒めするとは……どれだけ、すごい人なんだろう。しばしアキのことを見つめていると、彼は冷酷なまなざしで三笠を刺した。
「なんだその目」
「いや、なんでも」
次は、三笠が質問する番だった。
「あのさ、その、呪鬼を滅したあとに……『巴』が来てさ」
そこまで言った瞬間。
「なに!?」
「巴が来たの!?」
双子が一斉に立ち上がった。
「え、そうだけど」
三笠がきょとんとして言うと、ハルが盛大なため息をついた。
「どーして、そういう大切なこと、早く言わないかなぁ」
「え、でも、来たのはほんの少しの間だったし。戦いの話の方が大事なんじゃないの?」
すると、アキもハルそっくりに息を吐いた。
「天乃三笠、巴っていうのはな、全国で三人しかいない最強の陰陽師なんだぞ? 平陰陽師の僕らにとっては、年に一度の『祓会』で見るか見ないかの話なのに……お前は、そのうちの一人と、会ったってことだよな」
「うん」
「うん、じゃねーんだよ、まったく」
アキが聞いた。
「ちなみに、誰だったんだ?」
三笠は彼の名前を思い出そうとする。グレーの髪色で、青い目が特徴的な、華奢な少年……その名は。
「古闇真白、さんだった」
するとやはり、アキもハルも知っているそぶりを見せた。
「ああ……十一歳で陰陽師になって、わずか一年で『巴』まで上り詰めた天才、か」
「経験年数的には俺らの方が先輩なのに、実力は凄い差なんだよな。あれは才能だよ」
なんだかよくわからないけど、すごい人のようだ。
(……って、当たり前か。『巴』なんだもんね。)
「んで、聞きたいことって何?」
ハルが思い出して聞いてくれた。
「あ、そう、それで古闇さんが来てさ……こう言ったんだよね。『大呪四天王の眷属が現れたと聞いたから派遣されたけど……オレは、いらなかったみたいだね』って」
三笠はアキとハルの目を見つめた。
「大呪四天王って、なに?」
しばし、沈黙が落ちた。ハルとアキは互いに顔を見合わせていたが、ここは兄の方が話すことになったらしい。三笠に顔を向けて、アキが口を開いた。
「『除の声主』であるお前には、いずれ話そうと思っていたんだが……呪鬼にも、実は序列がある」
――序列、がある……?
「呪鬼の祖が『哀楽』という名であることは、すでに話したが、彼を一番上だとしよう。そうすると、その下の呪鬼たちは三段階に分かれるんだ」
アキの白く長い指が、すっと伸びた。
「まず、『大呪四天王』と呼ばれる階級……これは、『哀楽』を含む最強の呪鬼のことだ。たぶん僕らが目の前にいたら、次の瞬間には殺されている。そんな、強さを持つやつらのこと」
殺されている、という強い響きに三笠は思わず首をすくめる。
「そんなのが、哀楽さんのほかに三体もいるわけ……?」
「そうだよ」
ハルが頷いた。
「奴らは『四天王』と称し、それぞれが『四神』の名を冠しているんだ」
「四神?」
「そう――古代中国の想像上の動物たち。よく、都を守護するとか言われているけどね。ほら、日本にも古墳の壁画なんかに書かれているのが有名だろ」
アキがぼそりと呟いた。
「玄武、青龍、白虎、そして朱雀――」
「呪鬼だって、陰陽師に手の内は知られたくないからね、四天王について分かっていることは少ないんだ……。ただ、その座を占めていた呪鬼が死ぬと、どうやら強さ順に新四天王が決められるらしい」
「とりあえず、今わかっていることだけ共有すると、主に二つだね。まず『四天王・朱雀』は呪鬼の祖・哀楽だということ」
「哀楽が、大呪四天王の朱雀……」
「あと、『白虎』の名前が『西京明石(さいきょう あかし)』だということ」
アキが言った。
「『白虎』は哀楽の次に強い呪鬼なんだそうだ……これは、シュンさんに聞いた方がいいと思うけどね。まあ、今はその話じゃない」
(なんでここでシュンさんの名前が出てくるの?)
三笠は聞きたかったが、アキの口調が聞いてはいけない雰囲気を醸し出していたため、やめた。
「以上が『大呪四天王』についてわかっていることだ」
アキはそこまで言い切ると、カフェオレに口をつけた。
「じゃあ、次。俺から、『眷属』について話すね」
三笠は、明るく話し出したハルの方を向く。