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32.大呪四天王

 ――十分後。昨日のすべてを話し終えた三笠が口を閉ざすと、三人が座るテーブルの上には、沈黙が落ちた。


 ハルもアキもそれぞれ何かを思案している様子で、誰も口を開こうとしない。三笠は耐えかねて、双子に聞いた。


「……って、感じなんだけど、どうですか」


 三笠の顔をちらりと見やって話し出したのは、アキ。


「なんか……色々あったんだな」


 情けのような憐れみのような目線で、彼らは三笠を見た。


「い、色々あったよ!色々ありすぎて……もう、今でも何がなんだかわからなくて」


「そうだよなー」


ハルが大きく伸びをしながら言った。


「まあでも、舞桜とシュンさんとも出会えたみたいでよかったじゃん?」

「ああ、うん。二人に助けてもらっちゃって……」

 三笠は頬を搔きながら言った。

「舞桜くんも、シュンさんも本当にかっこよくて、舞桜くんは途中で大変だったけど、それもシュンさんが治してくれて……とにかく、すごかった!」


 頷くアキ。

「じゃあ、桜咲舞桜の術式も見たってことだよな」

「うん。あの、なんだっけ、『桜刀』……?」

 急にハルが両手をかざして、真似をし始めた。

「和歌呪法・しのぶれど。呪鬼滅殺・桜刀!」

「そう、それ!」

 三笠の頭の中に、あのときの情景が思い浮かんだ。絶望の淵に立たされていた時に、助けに来てくれた舞桜……その背中が、とても心強く見えたのを今でも覚えている。


「あと、佐々木峻佑とも会ったってことは、『陰陽療呪法』も見たってことか」

 アキの呟きに、首をかしげる三笠。

「療呪法?」

「ありゃ、それは見てないのか」

 ハルが説明してくれる。

「呪鬼に呪いをかけられたとき……つまり、負の感情に支配されかけたとき、その人の中の呪いを祓う専用の術式だよ。千葉だったら、使えるのはシュンさんと華白さんくらい」

「カハクさん?」

「あっ、ミカサには話してなかったか」

 ハルが口元を手で押さえた。

「夜鑑華白(よかがみ かはく)さん。千葉県の、『流』なんだけど……」

 アキが続けた。

「華白さんは、とにかくすごい人だ。まあ、会えばわかる。そろそろ時期的に、県内会合っていう顔合わせみたいなのが開かれるはずだから、楽しみに待っとけ」


 三笠は驚いてアキを見た。いつもは冷たいもの言いをするアキが、人のことをフルネームで呼ぶアキが、「さん付け」でべた褒めするとは……どれだけ、すごい人なんだろう。しばしアキのことを見つめていると、彼は冷酷なまなざしで三笠を刺した。


「なんだその目」

「いや、なんでも」


 次は、三笠が質問する番だった。

「あのさ、その、呪鬼を滅したあとに……『巴』が来てさ」


 そこまで言った瞬間。

「なに!?」

「巴が来たの!?」

 双子が一斉に立ち上がった。

「え、そうだけど」

 三笠がきょとんとして言うと、ハルが盛大なため息をついた。

「どーして、そういう大切なこと、早く言わないかなぁ」

「え、でも、来たのはほんの少しの間だったし。戦いの話の方が大事なんじゃないの?」

 すると、アキもハルそっくりに息を吐いた。

「天乃三笠、巴っていうのはな、全国で三人しかいない最強の陰陽師なんだぞ? 平陰陽師の僕らにとっては、年に一度の『祓会』で見るか見ないかの話なのに……お前は、そのうちの一人と、会ったってことだよな」

「うん」

「うん、じゃねーんだよ、まったく」

 アキが聞いた。

「ちなみに、誰だったんだ?」


 三笠は彼の名前を思い出そうとする。グレーの髪色で、青い目が特徴的な、華奢な少年……その名は。


「古闇真白、さんだった」


 するとやはり、アキもハルも知っているそぶりを見せた。

「ああ……十一歳で陰陽師になって、わずか一年で『巴』まで上り詰めた天才、か」

「経験年数的には俺らの方が先輩なのに、実力は凄い差なんだよな。あれは才能だよ」


 なんだかよくわからないけど、すごい人のようだ。

(……って、当たり前か。『巴』なんだもんね。)


「んで、聞きたいことって何?」

 ハルが思い出して聞いてくれた。

「あ、そう、それで古闇さんが来てさ……こう言ったんだよね。『大呪四天王の眷属が現れたと聞いたから派遣されたけど……オレは、いらなかったみたいだね』って」


 三笠はアキとハルの目を見つめた。


「大呪四天王って、なに?」


 しばし、沈黙が落ちた。ハルとアキは互いに顔を見合わせていたが、ここは兄の方が話すことになったらしい。三笠に顔を向けて、アキが口を開いた。


「『除の声主』であるお前には、いずれ話そうと思っていたんだが……呪鬼にも、実は序列がある」


 ――序列、がある……?


「呪鬼の祖が『哀楽』という名であることは、すでに話したが、彼を一番上だとしよう。そうすると、その下の呪鬼たちは三段階に分かれるんだ」


 アキの白く長い指が、すっと伸びた。


「まず、『大呪四天王』と呼ばれる階級……これは、『哀楽』を含む最強の呪鬼のことだ。たぶん僕らが目の前にいたら、次の瞬間には殺されている。そんな、強さを持つやつらのこと」


 殺されている、という強い響きに三笠は思わず首をすくめる。


「そんなのが、哀楽さんのほかに三体もいるわけ……?」

「そうだよ」


 ハルが頷いた。


「奴らは『四天王』と称し、それぞれが『四神』の名を冠しているんだ」

「四神?」

「そう――古代中国の想像上の動物たち。よく、都を守護するとか言われているけどね。ほら、日本にも古墳の壁画なんかに書かれているのが有名だろ」


 アキがぼそりと呟いた。


「玄武、青龍、白虎、そして朱雀――」


「呪鬼だって、陰陽師に手の内は知られたくないからね、四天王について分かっていることは少ないんだ……。ただ、その座を占めていた呪鬼が死ぬと、どうやら強さ順に新四天王が決められるらしい」

「とりあえず、今わかっていることだけ共有すると、主に二つだね。まず『四天王・朱雀』は呪鬼の祖・哀楽だということ」

「哀楽が、大呪四天王の朱雀……」

「あと、『白虎』の名前が『西京明石(さいきょう あかし)』だということ」


 アキが言った。


「『白虎』は哀楽の次に強い呪鬼なんだそうだ……これは、シュンさんに聞いた方がいいと思うけどね。まあ、今はその話じゃない」


(なんでここでシュンさんの名前が出てくるの?)


 三笠は聞きたかったが、アキの口調が聞いてはいけない雰囲気を醸し出していたため、やめた。


「以上が『大呪四天王』についてわかっていることだ」


 アキはそこまで言い切ると、カフェオレに口をつけた。


「じゃあ、次。俺から、『眷属』について話すね」


 三笠は、明るく話し出したハルの方を向く。


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