「のう、マモリちゃんや」
「は、はい」
不意に信作じいさんが、僕を呼んだ。
僕は迫り来るジェット機の姿を映す配信動画に集中していたので、返事の声が少し大きくなってしまった。
「うむ、驚かせてしまったかのう」
「はい……いいえ、それより何ですか?」
驚かされたわけではなく勝手に僕が驚いただけなので、僕はそれを否定して信作じいさんがここで何を言いたいのか興味を持って質問した。
「マーシー君を、ここに連れてきてくれんかのう」
「えっ!? マーシーさんを??」
信作じいさんの返事は、また意外なものだった。
ここで、マーシーさんに何の用事があるのだろうか。
「ふむ。ここはもう、女子校は今日で廃校じゃ。男が入っても大丈夫じゃ。それと、マーシー君には、動画配信の用意をしてきてもらいたい」
「はい。それは良いのですが何をする予定なのですか?」
「ふむ。テレビが放送しないなら、非力じゃが、わしが動画で避難を呼びかけたいのじゃ」
「なるほど。わかりました。すぐに呼んで来ます」
信作じいさんは、一人、国民の心配をしていたようだ。
確かに、自衛隊の攻撃が終われば侵略軍の攻撃がはじまる。
今のうちに避難をしなくてはいけない。
「うおーーっと!!!! ここは、まるで天国のようだーー!!」
「きゃーーっ!! マモリ様とまちがえたーー!!」
マーシーさんと僕とアシスタントで島津ヒサシさんが部室に戻ると、マーシーさんの両腕にエイリとノブコが抱きついた。
僕と間違えて抱きついたようだ。
二人はパッと飛んで離れると、僕の腕に抱きついた。
その両目に涙が流れ出しそうなほどにたまっている。
「こ、ここは、まるで天国のようですね。はぁあぁぁぁーーーっ、美女ばかりだ」
マーシーさんは、長いため息をつくと、部屋にいるエイリとノブコ、ユウキと吉田先生、そして僕の顔を見ました。
「さっそくじゃが、配信の準備を頼みたいのじゃが」
「お任せください。三分で終わらせます」
マーシーさんが配信の準備を始めました。
エイリが、僕にモニターを見るように涙目でアイコンタクトをしてきました。
モニターには、燃える高層ビルの映像が映っている。
ジェット機が突っ込んだ為なのか、ミサイルがあたったのか、それともその両方なのか?
国会議事堂のまわりの、いくつものビルが盛大に壊れ炎上している。
ビルは燃えているが、侵略軍には何も被害がないようだ。
侵略軍の司令官が笑っている映像を映し出す、ライブ動画もあった。
「昔、見ました怪獣映画では、自衛隊は国民の安全第一に攻撃をしていましたのに、今回の攻撃は国民の避難もさせずにいたしましたわ」
エイリが声を出した。
口を動かしたためか、涙がとうとうあふれてしまった。
高層ビルにはこの侵略行為を知らずに普通に仕事をしている人もいたかもしれない。
テレビの地上波では、いまだに何事も無いように普段の放送をしている。
「ふふふ、今の腐敗した政府は、国民の生活の安定や安全などは考えておらんからのう。国民を苦しめる政策は大臣の一存で決めるくせに、国民の苦しみの声は何もできんとこたえおる。一、国会議員として国民の苦しみを考えると腹を切りたい気持ちじゃ」
ノブコのお爺さん、信作じいさんは、すでにここで自分は国民の為に働いて、死んでもいいと考えているように、僕には聞こえました。
僕は、炎上するビルを映す動画をじっと見つめた。
「準備できました。旧仲先生、このカメラの前の映像が映し出されます」
静寂をやぶってマーシーさんが声をかけました。
マーシーさんは、部室の隅に緑の布を天井から垂らし、その前に高そうなカメラをセットしました。
「うむ、わかった」
信作じいさんが大きくうなずいた。
「マーシーの幻覚チャンネル。緊急ライブ配信をはじめます」
マーシーさんがいつになく、重い雰囲気で番組タイトルを言いました。
「す、すごい。閲覧者が次々に増えています」
ユウキとノブコが言った。
「では、旧仲信作先生どうぞ」
「うむ、国民の皆さん国会議員、フルナカシンサクです。いま、日本は他国の侵略をうけています。首相が宣戦布告を受領していますので、正式には戦争状態と言ってもいいでしょう。このような重要な事を、こともあろうに政府は隠蔽しています。私は国会議員生命をかけて申し上げます。まずは都民の皆さん、生命の安全を第一に考え、家族と協力して避難をして下さい。直ちに命を守る行動を開始して下さい!! 家族や友人が都内におられる方は連絡をして避難を呼びかけて下さい!! 繰り返します……」
信作じいさんは、カメラの前で必死に呼びかけます。
「ここは、すごいですね。作戦司令室のようです」
マーシーさんが、ずらっと並ぶテレビとパソコンモニターを交互に見ていいました。
「全軍、日本の軍隊に我らの力を見せてやれ!!」
パソコンモニターの動画が一斉に侵略軍の司令官を映しだしました。
そして、映像は侵略軍の歩兵隊、騎馬隊の進軍を映し出します。
国会議事堂を囲む自衛隊に、侵略軍が襲いかかります。
自衛隊も反撃をしますが、それは全く効果がありません。
侵略軍はすでに五年という歳月をかけてこの国を、いいえこの世界を調査しています。
凄惨な光景が一瞬映し出されます。
動画は、すべて司令官の方に向きが替えられました。
「うぎゃあああぁぁぁーーーー!!!!」
大勢の悲鳴が一つになり、司令官の不気味な笑顔の後ろに聞こえてきます。
「さて、自衛隊の始末が終わったら、進軍を開始する。そう言えば第二旅団の団長が見あたらないがまだ戻らないのか?」
「はっ、ガンネスの所へ行ってから音信不通です」
「なにっ?? ……いったい何があったというのだ?」
「あ、あの」
報道という腕章をした司令官の横にいた女性が声をかけました。
「どうした」
「これを見てください」
女性は四角い携帯端末を司令官に見せました。
「なにっ!! なんだ、このデェスという巨乳の女は?」
「おおーーっと。こ、これは、まっ、まさかの私の動画を司令官が見ているのかーー」
マーシーさんが僕の耳元で大声を出しました。耳が痛いです。
でも、たぶんそうでしょう。
デェスが旅団長を倒した動画のはずです。
その後、動画にはしていませんが、僕が全員地獄送りにしました。
だからいつまで待っても帰って来ませんよ。
その時、地上波のテレビ画面がすべて切り替わりました。
その画面には、首相の姿が映りました。
ここで緊急放送をするつもりのようです。
「えーっ……国民の皆さん、首相の岸破茂雄です。国会議事堂がテロリストに占拠されました。テロの首謀者は、こともあろうに国会議員の旧仲信作と判明しました。政府はテロリスト旧仲信作を全国指名手配すると共に、10億円の懸賞金をかける事にしました。テロリスト旧仲信作の言うことに惑わされず、落ち着いて冷静な行動をして下さい。日本政府は、テロリストには断じて屈しませんので安心して下さい」
そして、画面に国会中継の映像が流れました。
「あんたを暫定政権の元首と認めよう」
侵略軍の司令官が信作じいさんに言ったこの部分の映像を切り抜いて流した。
ここだけをくどいぐらい、何度も流した。
ここだけを見たテレビ視聴者は、信作じいさんがテロの首謀者と思うに違いない。
そして、テレビ画面に燃える国会議事堂の周辺の映像を映し出した。
これでは、信作じいさんがビルを燃やした犯人としか思えない。